まちあわせ 僕が先に仕掛けたはずだった。
あのときは、何も知らない歩照瀬の顔を見たくなくて眼を伏せた。あのときは、僕のために泣いている火照瀬の涙を、驚かせて止めてやりたかっただけだ。子供が、誰かのしゃっくりを止める為に大声をいきなり出して驚かせるように。その程度の意味でしかない。
顔をあからめた焔を見て、やはりこいつはバカだな、と思った。深い意味なんてない。他にやるべきことがあるから、涙を止めて先を急いだだけのことだ。
生徒会室にいるが、とくにすることもない。書類は片付いているし、他の役員も夏休みに出てくるほど暇ではない。
人間との関わりを避けていた火照瀬も、最近は開き直ったのか、「体がなまる」と言って誘われた部活動に行ったり、行かなかったりしているらしい。あいつは、そういうあさはかな所がある。初めは人を避けていたくせに、ときどき妙に無防備なところを見せるから、イライラして落ち着かなくなる。よく、人間に隙を見せられるものだ。今まで、調子に乗った奴らにつけいられて、イヤな思いをしたことがないのか。
あいつは、誰にでもそうなんだ。だから思い上がってはいけない。あいつだって、僕と同じように涙を止めてやりたくて、ただ僕にその肩を貸しただけだ。そうに決まっている。
人気のなくなった放課後の廊下で、火照瀬に偶然のふりをして出くわす芝居をして、そのままお互い喋りもせず、生徒会室に向かう。
たいしたことじゃない。他の誰かにわざわざ触れ回ることでもない。だから火照瀬に聞くまでもないし、僕が言わなくてもいい。今このときを、僕がどれほど待ち焦がれていたか。