なかやすみ「ただいまあ」
いつにもなく暗い樹果の声を聞きとがめて、洗い物をしているふりを止めた。
「おかえり樹果くん、みんなは?」
一人で帰ってきていたので、大体の想像はついていたが、触れないのもわざとらしく思えたので訊いてみた。
「蘭丸はまた行方不明。焔とうるうくんとで一緒に帰ってたけど、またくだらない言い合いで揉めて、焔はどっか行っちゃったし、うるうくんは『画材を見に行くから、先に帰っていてくれないか』って言うから」
空気を読んで、一人で帰ってきたというわけか。
カウンターのスツールに座った樹果に、おしぼりと水を出してやる。
「寂しくなったん?」
「別に」
水を一気に飲み干して、一息ついてから樹果は話し始めた。
「蘭丸は愛著を集め済みだし、焔も俺には怖いけど、クライアントのこと気にしてるみたいだから、本当は優しいんだと思う。うるうくんだって、罰は受けたけど、愛著は取れてた」
言いたいことがわかってきた。樹果が、愛著集めに出遅れたことに劣等感を持っていたのは、以前より言葉の端々にうかがえていたものの、面と向かって言われたことなどなかった。
「まあまあ、愛著取れへんものどうし、二人で仲良くせぇへん?」
睨まれた。
「俺は、みんなと仲良くしたいの! っていうか寶と仲良くしたら、買い出し押し付けられそうだからやだ」
「そら残念やな」
樹果は空になったグラスをしばらく見つめていたが、思い直したように口を開いた。
「やっぱ、行ってやってもいいよ。ニンゲンの体の使い方に慣れれば、愛著集めも捗るかもしれないし」
なかなか殊勝な心がけじゃないか。おれとは違って。
「そこの角の八百屋でじゃがいも一箱引き取って、請求書忘れずに貰ろてきてや〜」
返事がわりに背中を見せて立ち上がった樹果に手を降ってやった。
「あ、そうだ」
出ていこうとしていた樹果が、不服そうな顔つきをしている。
「愛著集め、別に俺のこと待ってなくていいから。チャンスが来たら、さっさと仕事済ませちゃえよ」
きみのことは待たへんけど、長いこと儲けたくて仕事をトロくさくしてたのはほんまやな。言えないかわりに舌を出してみせたが、店を出ていった樹果はきっと見ていなかっただろう。