ホットチョコレート「カレーとコーヒー以外にも 何か出さないの?」
廃棄前のアイスコーヒーを出してやったら、さっきまで黙ってマンガを読んでいた樹果に、いきなりそんなことを聞かれた。
「メニュー増やしたら、デートの時間がなくなるやろ」
「向上心がなーい」
頬を膨らませた樹果が不平を口にした。やっと文句が他人に言えるようになったのは、多少は心を開いているからか。
「甘いものとか出せばいいじゃん。ホットチョコレートとか」
「ほい、甘いもん」
目の前に砂糖壺を出してやる。
「そういうんじゃねーし!」
「すんまへんな」
カウンターにガムシロップのポーションを二個置いてやると、樹果は黙ってこっちを睨みながらもアイスコーヒーに二個とも入れて、かき混ぜもせずに飲み始めた。
「ひょっとして、甘いもの嫌い?」
アイスコーヒーを半分ほど飲んで一息ついた樹果に、そう聞かれた。
嫌いも好きも、生きるのにぎりぎりの餌だけ撒かれて暮らしてきたから、うまいもまずいもどうでもよかった。ただ話を合わすためだけに薄っぺらい味の知識を喋れれば、それでよかった。無理矢理覚えさせられた強い酒の味より先に知っておくべきだった甘ったるい味のことは、正直よくわからなかった。だから話題を変えた。
「喫茶店は世を忍ぶ仮の姿。おれらの仕事は、愛著集めやん?」
樹果はぎくりと肩を引きつらせ、下を向いた。今更のようにストローでアイスコーヒーをかき混ぜはじめた。
「喫茶店でうまいもの出して、愛著も稼げばよくない?」
「面倒やなあ。それよりワイの甘い言葉とマスクで稼いだほうが……」
この子は、年相応の甘い味を知っているのかと思うと、なぜだか心が落ち着いた。もう自分には決して手に入れられない甘さを。