リナリア妖精の集落にある森の奥。悪魔が少なく今や希少となった動物達が密かに住まうこの場所はフィンのお気に入りの場所だった。
小鳥の囀り、木々のせせらぎ、遠くに聴こえる動物の駆ける音に、昔森を駆け回っていたことを思い出す。
「…フィ」
その森の開けた場所に朽ちた家があり、周りには色とりどりの花が咲いていた。僅かな月の光の元で必死に咲いている元にそろりと近付けば、蜜を求め集まっていた蝶達が舞い上がる。
首を下ろし匂いを嗅げば少し青い花の甘い香りに胸が踊った。
ツツジやポピー、少し高い所にはミモザもある。ここに住んでいた住人が植えたものなのだろう。もう手入れをするヒトは居ないというのに、雑草にまみれながらも力強く咲き誇っている。
花々を見て回っているとその中に白く可憐な花を見つけた。ふんわりと広がった花弁に愛しい我が王の姿が思い浮かぶ。
『確か花言葉は』
かつて森で暮らしていた時に育ての親が教えてくれた。いつか使う日が来るのだろうかと、当時は不思議に思っていたが今役立つ時が来たようだ。
フィンは口を伸ばすと、愛しい我が王を想いながらその花を優しく摘み取った。
「フィンー」
ターミナルから妖精の集落にやってきた少年は従者を探し呼び掛けていた。いつもなら直ぐ様やってくる筈なのに、今日は中々現れない。
何かあったのだろうかと思うも、彼の強さであれば魔神だろうが引けを取らないだらうと考え直す。ましてやここは中立の土地、そう安易に踏み込んで妖精王の怒りを買うという愚かな行いを起こす者は居ない。
「ミィー」
「…いた」
小川の向こう側から鳴きながら駆けてくる従者の姿が見えてほっと胸を撫で下ろす。颯爽と駆けて来た彼は短い尻尾を振り頭を下げた。
「フィ」
顔を上げれば、口元に小さな白い花を一束咥えているのが見えた。それを少年へ向けて差し出す。
「…俺に?」
「フィーン」
「ありがとう。可愛い花だね」
中々姿を見せなかったのはこの花を摘んでいたからか、と理解しその口元から花束を受け取るとフィンの鬣を優しく撫でた。
「…」
愛しい少年の手に撫でられながらフィンは目を細める。色とりどりの花があった中でその白く小さな花を選んだのには理由がある。
『それを、貴方は知っているだろうか』
伝われば良い、と願いながらフィンは恋鳴きをひとつしてみせた。
フィンから貰った花束を寮の自室に生けた。折角彼から貰ったのだからと医科学研究所からの帰り道、花屋に寄って少し良い花瓶を買って。
ガラス作りの花瓶に、白く可憐な花は良く映える。
「何なんだろう、この花…見たこと無いな」
あのフィンが手ずから摘んできてくれた花なのだから何か意味があるのかもしれない。
机に置いていたスマートフォンを花に向けて写真を撮り、画像検索をかける。
暫くして表示された検索結果に少年は目を瞬かせ、次いで頬を熱くさせた。
「フィン…っ!」
密かにフィンへ想いを寄せていた少年にとってはとんでもない事だ。まさか彼が自分をそう想っているなんて思ってもみなかったことだった。
一人きりの部屋で暫く悶絶した後に熱い頬を冷ますようベッドの冷たいシーツへと顔を埋め、もう一度検索結果を見た。
「明日、どんな顔でお前に会えばいいんだよ…」
何度見たって表示は変わらない。
【リナリア 花言葉:この恋に気付いて】