「ちん!クッキー!」
クッキーの匂いに、いつものように床下から飛び出たヒナイチを迎えたのはテーブルに載せられた山盛りのクッキーだった。しかし、それを置いたであろうはずのドラルクの姿はどこにもない。
「……?クッキーをもらうぞ?」
ひと口かじればバターがたっぷりと使われたクッキーは上品な甘さで文字通り無限に食べれそうだ。
「しかし、ロナルドもドラルクもどこへ行ったのだ。事務所は営業中だろう」
ひとりごちながらサクサクとクッキーを胃に収めていると、テーブルの下からなにやら黒い影が這い出てきた。
「ちん!?」
「にゃあ」
「なんだ猫か。うーん?なんだかドラルクに似ているな…新しい使い魔か?」
小さな黒目をsドラルクに似た耳の大きな黒猫の頭の上には、小さなマジロまで乗っている。
「ヌン!ヌヌヌヌヌン!ヌヌヌン!」
「小さいけど…ジョンなのか?」
「ヌン!」
小さなジョンはヒナイチの問いに必死な様子でうなずいた。
ドラルクに似た猫は猫にしては少し不器用にソファーの上に上ると、ヒナイチの隣で香箱座りになった。
「うにゃああ」
「みゃぎゃっ」
突然激しい猫の鳴き声のあとに開けっぱなしになっていたドアの向こう、居住スペースから二匹の猫が飛び出てきた。
追いかけられている一匹はふわふわの毛並みが真っ白な猫、追いかけている方は鋭い金目の黒猫だ。ヒナイチの隣に座っている痩せた黒猫と違って、こっちは黒豹をちっちゃくしたような体格をしている。
その白と黒の二匹が大騒ぎしながら大運動会を繰り広げるものだから、落ち着いてクッキーに集中することもできない。
目まぐるしく駆け回る二匹が虎だったらバターになってしまっただろう。白と黒だからミルクチョコレートになればいいのに。
そんなことを思いながら、皿に載った最後の一枚を平らげると、隣の黒猫がにゃあにゃあ言いながら前足でちょいちょいと膝をつついてきた。
「ちーん…ねこ語が分からない…」
せっかくなので人差し指でぷにぷにの肉球をつついてみる。
「みゃお!にゃあ!」
「ヌヌヌンヌン!ヌヌヌーン!」
にゃあにゃあヌンヌン鳴き続ける黒猫とマジロに、ヒナイチは首をかしげる。
「ドラルクと似ている…ねこ…吸血鬼…ねこ…吸血鬼ねこの奴隷!!?お前!ドラルクなのか!?」
「にゃあ!」
「ヌン!」
「じゃあ、あの二匹は……半田とロナルド!?」
さっきまで追いかけっこをしていた二匹は、いつのまにかロナルドの事務机の上の横になっていた。追いかけられていた白い猫を黒猫はジッと見つめながら前足でつついていたかと思うと、ペロペロと相手の毛づくろいを始めた。すっかり寝入っているらしい白猫は気持ちよさそうに喉をゴロゴロ鳴らしている。
「……なんだかこのままでいい気がするな」
ヒナイチの言葉に猫の姿のドラルクは同意するようににゃあと鳴いた。
「でも!ドラルクがこのままなのは困るぞ!!!クッキーを焼くひとがいなくなってしまう!!!大変だ!!!そうだVRCならなにか分かるかもしれない!行くぞドラルク!!!」
痩せた黒猫を小脇に抱えてドアを勢いよく開けてヒナイチは事務所を出ていく。あとに残されたのは驚いた猫の悲鳴に近い大きな鳴き声とバタンとドアの閉まる音。
それを見ていたもう一匹の黒猫は大きな牙の目立つ口でふわあとあくびをして、それからふわふわの白猫に身体を寄せて目を閉じた。