チョコレートプレッツェルの誘惑「お兄ちゃーん!!」
無遠慮に開け放たれた扉に肩を跳ね上げる。慌てて荷物を机に置いて振り返ると、何故か満面の笑みを浮かべる麻里が顔を覗かせた。
「ノックぐらいしろよ!」
「あ、ごめんもう出かけちゃうと思って慌ててた」
今日明日はアジトに泊まりの予定なのだ。その荷物の準備が終わったところだったので、さっきまで出掛けていた麻里とは確かに行き違いになる可能性はあった。しかしノックはしてほしい。思春期は終わっているとはいえ男の子なので。
「はぁ…おかえり」
「ただいま!」
「それで?どうしたんだよ突然」
話しながら荷物と上着を手に玄関へ向かう。麻里は後ろから手を伸ばして鞄を開け、何か赤い箱を詰め込むとジッパーを閉めた。
「忘れ物してたから入れとくね」
「…え?いやお菓子は、」
「いるでしょ?」
「なんでまたそんな押しが強いんだ」
きょとんとした表情が得意気な表情に変わる。ポケットからスマホを取り出し操作すると、眼前に突きつけられた。
『11月11日はポッキーの日』なるほど。
「理由はわかった。でもなんで渡すんだよ自分で食べないのか?」
「食べるよ、でもお兄ちゃん使うでしょ?」
「使う?」
「KKさんとポッキーゲーム」
予想していなかった言葉に思わず咽る。なにを言っているんだこの妹は。最近麻里は何故か僕たちの睦み合いに協力的だ。曰く、「お兄ちゃんたちの乳繰り合いには興味はないんだけど、お兄ちゃんはKKさんとくっついてると幸せそうだから協力するね。お兄ちゃんもっと幸せになって!」とのこと。なんて思いやりのある優しい妹なんだろう、お前も幸せになってくれ。でも内心がバレバレで身内に察せられているのは気恥ずかしいので程々で頼むよ、と顔の熱を誤魔化すように言い募ったのはいつのことだったか。
「いや、KKは多分そういうのしないよ…」
「えっなんで?今回もポッキーの日にかこつけてイチャつくんじゃないの?」
「いちゃ…うん。麻里、あのな?そのイチャつくことはあるかもしれないけど、あの年代は流石にもうポッキーゲームとかはしないだろ」
「ええ…まぁ確かに…?…あ、なるほどわかったそういうことね!」
「なにがわかったの!?なんか碌でもないこと想像してない?」
うんうんと頷く麻里に頭を抱える。
「このポッキーはあげるから、ダメ元でチャレンジくらいはしてみたら?」
「麻里…」
「無茶しちゃだめだよ?帰ってきたら喉に優しいスープ作るね」
「麻里…?」
上着を羽織り荷物を持つと背中を押される。玄関先でたたらを踏み、振り返ると妙に優しげな表情を浮かべる麻里が手を降っていた。
雲ひとつない青空が眩しい。寒いと思っていた外気温は日の当たる場所は意外と暖かい。アジトに入るとパソコンの放熱もあってか暑いくらいだった。上着を脱いで荷物を置くと、KKが顔を出して声をかけた。
「おー、来たか。今ちょうどコーヒー淹れてるけど飲むか?」
「飲む!お邪魔します」
玄関に1つしか靴がない。どうやらまだKK以外誰もいないようだ。
廊下をぬけ、リビングに入る。ふわりとコーヒーの香りが鼻をくすぐった。この間の皆既月食の夜に飲んだ缶コーヒーも香りが良かったが、やはり淹れたてには敵わないな、と受け取ったマグカップを両手で持ち香りを堪能する。
ソファに座って口に含むと思ったより強い苦味と酸味が広がった。横から差し出されるミルクを受け取って溶かす。マイルドな口当たりになったコーヒーに安堵の息を溢した。
隣で座ったKKはブラックのままコーヒーを飲んでいる。
「暁人くんはまだブラックは早かったか?」
「そんなことないよ、缶コーヒーならブラックだって飲むし。美味しいけどこれ濃すぎなんじゃない?」
「そうか?」
口に含んでは首を傾げる姿に、恐らく濃い味を飲みすぎて味覚が鈍くなっているんだろうな、と考える。そのときふと、鞄の中の赤い箱の存在を思い出した。これだけ苦ければちょうどいいかもしれない。
「これ食べる?」
「ん?…これポッキーか」
「ポッキー食べればコーヒーがどれだけ苦いかわかるよ」
パッケージを開けて一本食べ、箱を差し出す。KKは受け取りはしたが食べようとはせず箱の裏を読んでいる。そういえば麻里はチャレンジしてみろと言っていたな、ともう一本KKの手元から抜き取ると口に咥えて近づいた。
「ん、へぇへぇ」
「…はは、そういうことか」
KKはニヤリと笑うと、顔を近づけポッキーに齧りつく…かと思ったら、スッとポッキーを口から引き抜かれ唇に噛みつかれる。ふにふにと唇を甘噛みし離れていくKKが、僕の驚いて開いた口にポッキーを差し込んだせいで思わず噛み砕いて全て飲み込んでしまう。
ぺろりと自身の唇を舐め、KKがコーヒーを飲み干した。
「オマエは唇も甘いな」
「、ポッキー食べたからだよ!」
思わぬ反撃に心臓が弾けそうになりながらも平静を装い同じ様にコーヒーに口を付ける。
おかわりを注ぎに行ったKKが置いていったポッキーの箱の裏を見てみると、『11月11日はポッキーの日!楽しんでね!』と手書きで書かれていた。
「ま…麻里…!」
僕の声が聞こえたのか、台所から堪えきれず吹き出すような笑い声が聞こえてくる。先程とは違う意味で熱くなる顔を両手で隠し、ソファで丸くなった。
その夜、麻里の言っていた喉に優しいスープを作るねの意味がわかって羞恥の悲鳴を上げることになるが、このとき僕はまだ気づいていなかった。
KK言ってることがおっさんくさいよ!!