エスコートはいりませんお酒が飲める年齢になって参加することが多くなったけど、社交の場は未だになれない。
「よければこの後一緒に抜けない?」
露骨な夜の誘いに苦笑いを浮かべる。
隣にいたルリナさんはもっと露骨に眉間にしわを寄せ、口元を大きくゆがめていた。残念ながら私にはそれができるほどの度量はない。
男達はルリナさんの冷たい表情に気づいているのかいないのか、楽しそうに笑いながら、持っていたシャンパングラスを私たちに押しつける。淡いピンク色のお酒は、炭酸がはじける度に甘いチェリーの香りがした。
「すみませんが、私たち仕事で」
やんわり断りの言葉を紡ごうとしていたら、ルリナさんに口を塞がれる。
もごもごと、塞がれた口でルリナさんに何するのと抗議するが、細くて長い指が離れることはなかった。
「ルリナ、ユウリ、リーグ委員長が紹介したい人がいるみたいだ」
私たちの間に入ってきたのは、意外な人物だった。
「カブさん、ありがとう」
ルリナさんは優雅に笑うと、私の手を引いてその場を去った。
「失礼、お話中だったようだね」
「おい、あんた一体何様のつもり?」
彼はこのガラルでは小柄な部類だ。男達は露骨に威圧していた。それに対して嫌な顔をするわけでもなく、彼はただ真面目な顔で彼らを見返している。
「ルリナさん、カブさんが」
こんな場所で騒動を起こす人じゃないとは思うけど、
「大丈夫よ、あ、いないと思ったらテラス席にいたのね」
ルリナさんは私の手を引きながらどんどん歩いて行く。テラス席でネズさんとマリィとヤローさんが話していた。私たちも席に入れてもらおうと椅子を用意しているときに、カブさんがやってきた。特に騒ぎが起きた様子もないし、彼も普段と変わらない様子なので安心した。
「アレ?ダンデはどこにいったんだい?」
「キバナを探しにどっか行きやがりました」
全員がもう戻って来れないとため息をつく。
私も、緊張していたのだろう、渇いた喉を潤そうともっていたグラスに口をつけようとする。
「だめだよ」
グラスを厚い手のひらで遮られる。唇がその手のひらに触れるか触れないかの瀬戸際だった。
「知らない異性からもらったものは簡単に口にしてはいけない」
顔を上げれば、カブさんが真面目な顔をして私を見ていた。そのままグラスを取り上げられる。ルリナさんは当たり前のようにカブさんにグラスを明け渡す。その所作に大人の余裕を感じて、うらやましく思う。
二つのグラスの中身を何の躊躇もなく、外に捨てると、私たちに向かって笑いかけた。
「おいしいの持ってきてあげるよ。あそこのバーテンダーくん、ぼくがガラルに来たときからの知り合いなんだ」
楽しそうに向かって行く背中は、バトルの後に見送るものと変わらない。凜と伸びた背筋が、なんだか夜の社交界に似合わなくて思わず笑みがこぼれてしまう。
「はい、どうぞ」
ルリナさんには、オレンジ色のグラデーションの入った飲み物。細くて形のいい指が上品にグラスを握り、少し笑みを浮かべた口元がお酒を飲む様を見ているとやっぱりルリナさんは綺麗だなぁと改めて思う。
そして、私に渡されたのは、シュワシュワと音を立てている透明なグラス。
「わぁ」
ふふっと、彼が笑う。
「ピカチュウですね」
氷の上に載せられたレモンの皮がピカチュウの顔の形に切り取られていた。
かわいい、と思わず笑ってしまうと、彼も同じように目を細めていた。
「飲みやすいけど、お酒だからゆっくり飲むんだよ・・・僕は用事ができたから席を外すけど何かあったら呼んでね」
「みて、ユウリ」
ルリナさんがこっそり目線で知らせる。その先にいるのは、先ほどの男達。そして、カブさんが一緒にバーのカウンター席で並んでいた。ついさっき険悪なムードだったのに、何が起きたか分からなかった。
「おいたをする子には、ちゃんと躾をするんだって」
フフと笑って、ルリナさんはカブさんから目をそらし、ネズさんと談笑を始めた。
私は気になって、ずっとその様子を眺めていた。
わいわいと騒いでいた若い男が徐々に何も言わなくなり、いつしかテーブルに突っ伏していた。
残っていたウイスキーをくっと飲み干すと、バーテンダーと拳を付き合わす。
自信に満ちたその表情に、なぜか心が舞い上がる。
「ね、私たちのほのおのジムリーダーはかっこいいのよ」
ルリナさんの明るい声。
あ、これは、分かる。胸がドキドキ言っている。
「かっこいいです」
パーティーも終盤を迎え、人もまばらになってきた。知り合いも少なくなってきた。今日エスコートを申し出てくれたダンデさんはとうの昔に姿を見なくなった。
「あれ・・・」
ふと視線をずらせば、廊下に人影が見えた。明かりの少ない場所で壁を手にうなだれている姿に、
ペットボトルを差し出すと、
「異性からもらったものは簡単に口にしてはいけないんですよ」
ふふっと私の笑い声が小さく響いた。
「ユウリ君・・・これは一本取られた」
本当に驚いているようで、彼は目を見開いている。
「恥ずかしいところを見せてしまったね」
「無茶しすぎですよ。でも、ありがとうございます」
「何のことだい?」
本当に何も思っていないのか、誤魔化しているのか、分からない人だ。
「そろそろ帰ってもいい頃だと思います」
「うん。今日はよく頑張っていたね。スポンサーとの挨拶もよくできていたよ」
褒めてほしくて話を振ったわけじゃないけれど、どうにもくすぐったい。
「カブさんもです。帰りましょう?」
わがままなふりして、手を引く。
「本音を言えば、ずっと前から帰りたいって思っていました」
「ははっ、それは・・・」
ぼくもだ、とは口には出さなかったけれども、なんとなく分かった。
「ルリナさんはヤローさんがついていますし、マリィはネズさんが早々に連れて帰りました。ビートはとうの昔に帰りました。ダンデさんはもう一時間は姿を見ていないんで、ここにはいないと思います」
だから、貴方の心配の種は私ひとりなんですよ。
「よろしければ、エスコートさせてもらえませんか」
えっ!!といってたじろく彼に笑顔で伝える。
「レディにエスコートしてもらうことになるとは思わなかったな」
なんだか申し訳ないなぁ、とヘニャリと眉を下げる姿に、頬が緩む。
「じゃあ、次のパーティーはカブさんがエスコートしてくださいね」
「分かった。全身全霊をかけてエスコートするよ」
「とびっきり素敵なエスコートを期待しています」