「シマボシ隊長!! 調査報告書を……あっ!」
ギンガ団庁舎で歩いていたシマボシの元に、ショウは駆け寄った。そして、近づく直前に、ふらりとわざとバランスを崩した。
目の前にいる部下が転びそうになったシマボシは慌てて助けようとして腕を伸ばす。その腕の中にショウは収まり、まるで抱き着くような体勢になる。
「す、すみません」
そう言いながらも離れようとしないショウを、シマボシは肩を優しく持ち、助け起こした。
「大丈夫か」
「はい、ありがとうございます。おかげで怪我せずにすみました」
笑顔でショウが答えると、シマボシは、気を付けるように、と小さく忠告をして、その場を離れた。
しばらく彼女の後姿を見送っていたショウは、彼女が見えなくなったのを見送り、後ろを不意に振り向いた。舌をべ、と突き出し、勝ち誇った顔で見てやると、その視線の先にいる青年……ウォロは、あからさまに嫌そうな顔をして舌打ちをした。
「と、まあ、あんな風に、私は同性なので、抱きついても怒られません」
「はいはいそうですか」
「貴方なら、ああはいかないですよね」
得意げに述べ続けるショウから忌々しげに目を逸らしつつ、ウォロは適当に相槌を打つ。
ショウは知っていた。あの後元気になった隊長に近づくタイミングをうっかり逃した彼は、あれ以来個人的な案件ではシマボシと会話していない。助けた時、何かしら仲が進展した、とか偉そうに言っていたのに、今はそんな状況であるため、最近は常に機嫌が悪い。それが愉快だった。
「あのですね、でも、ワタクシに出来てアナタには出来ないこともあるんですからね」
「へえそれは何ですか」
ショウがにやにやと笑いながら言うと、ウォロはふっと小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、少女を見た。
「結婚ですよ」
「……は?」
「だから、ワタクシ男なので、あなたとは違ってあの人と合法的に結婚できるんです」
得意げに告げたウォロを見て、堪えきれずショウは吹き出した。
「何笑ってるんですか」
「ふっ、だ、だって、付き合ってもないどころか片思いしかしてないくせに、結婚だなんて……っ、」
肩を震わせ続けるショウを睨みつけてウォロは言った。
「あのですねえ、ワタクシ、『アナタが好きです』ってあの人に言ったんですよ⁈ で、断られなかった。これはもう相思相愛なんですから諦めてください」
「……は?」
本日二回目の「……は?」をショウは発した。
「言ってませんでしたっけ? 一つずつ教えてあげますよ。あの後、アナタと分かれたワタクシは……」
そう言ってウォロは、あの後、助け出した彼女との間にあったことを一つ一つ語った。
聞いてない。ショウは、呆然として青年を見上げる。
「だからさっさと……」
でも、そう簡単に諦めるわけにはいかない。
「……隊長、一言も貴方のこと話してませんよ」
「……どう言う意味ですか」
「貴方に告白されたなら、話題にするなり、貴方に話しにいくなりすればいいですよね。してませんよ」
「ごちゃごちゃ言ってないで、早く結論言ってください」
焦らすように話し続けたせいか、痺れを切らしたウォロが詰め寄る。
「つまり、隊長は優しいから、貴方の告白を断らなかった。でも、現実にはそんなこと、思ってな……」
「黙れ何も言うんじゃねえ‼︎」
「いーえ言います言います、良い加減認めてくださいよ」
ウォロの口調が荒くなる。図星だったのだろう。
「何が結婚ですか、ほんとに。変な人ですねえ」
「……絶対、シマボシさんを振り向かせますから」
「どうなるでしょうね」
余裕を崩さないショウを、ウォロは睨みつけた。
「……二人とも、まだ居たのか」
突然、背後から話しかけられて、青年と少女は弾かれたように振り向いた。
「た、隊長⁈」
「シマボシさん⁈」
同時に声を上げた二人を不思議そうな顔で見て、シマボシは調査依頼書をショウに手渡した。
「これをキミに」
「ありがとうございます」
「それとウォロ、少し時間を貰えるか。話さなければいけないことがある」
先ほどの話の流れから見て、この前のことだろうか、とは、ショウにも予想できた。
嬉しそうに、はい、と返事をしたウォロのは一瞬だけ得意げにショウに向かって口角を上げ、シマボシに問いかける。
「何の話ですか? ショウの前で言いづらかったら良いんですけ……」
「ショウからこの前聞いた。また、無茶なことをして彼女に助けられたそうだな。そのことに関する反省文を書いてもらう」
実際に、それは先週起こった出来事であった。怒られるから隊長には言わないでほしいとウォロには頼まれていたものの、ショウはその約束を守らなかった。あんな同僚を助けるような隊員であることを隊長に知ってほしかったのが約束を守らなかった動機だった。
「……あの時のこと言いましたね⁈ 言うなって念を押したのに‼︎」
ショウの方を振り向いてウォロは大きな声で叫んだが、彼女は黙って勝ち誇ったような表情で手を振り、その場を後にした。
しばらくしてから、シマボシに先導されてとぼとぼと後ろをついて歩くウォロを振り返る。
「ウォロさんだってずっと嘘ついてたんですから、これでおあいこですね」
その後ろ姿に声を掛け、少女は上機嫌にその場を後にした。