初雪 そのギンガ団警備隊員の女とは、すれ違えば話をするくらいの間柄だった。女性と積極的に話すようにすれば、商売が上手くいくことをウォロは既に学習している。
「おや、今から警備ですか」
冬の近づいた新しい村の目貫通り。目の前に現れた赤い服に声をかけると、彼女は振り返る。
「今完了したところだ」
「そうでしたか、お疲れ様です」
にっこりと笑えば、警備隊員――シマボシは、ありがとう、と短く礼を言った。いつも表情の変わらない彼女らしく、淡々とした声だった。
彼女とは特に親しいわけではない。一言二言、世間話を交わした。
「では、また」
そう声をかけて、その場を離れようとした時、視界にふと白い小さな靄が見えた。手を伸ばして掌に乗せれば、体温ですっと溶けて消えていく。見上げれば、同じものが曇り空からいくつも舞い落ちてきている。
「もうそんな季節ですか」
この冬初めての雪だった。いつもより早い。
「随分と早いですね……」
独り言のように呟いて、隣を見やる。女は、ウォロの方を見ていなかった。
彼女は黙って、降ってくる雪を見つめていた。一見普段通りに見えたが、観察眼に長けているウォロには、青色の瞳に宿る抑えきれない好奇心と感動を見つけるのは容易い。
「そんなに珍しいですか」
思わず尋ねると、空を見つめたまま女はぽつりと呟いた。
「これが雪なのか。……初めて見た」
彼女の言葉に一瞬首を傾げかけるが、すぐに意味を理解した。今冬は、この村が興ってから最初の冬、つまりヒスイ地方に彼女が来てから最初の冬ということになる。きっと、冬も暖かい地方から彼女は来たのだろう。
「美しいな……」
シマボシは独り言のように呟いた。ウォロはしばらく彼女を見つめていたが、やがてくすりと笑った。声を聞いて振り返ったシマボシが、彼に訝しげな視線を向ける。
「何か変なことを言っただろうか」
「いえ、何も。アナタのような人が、何かに夢中になることがあるとは思わなかったので」
彼女のことはよく知っているつもりだった。表情も、感情の動きも、ほとんど無い実直すぎるほどの女だと信じて疑っていなかった。
「子どもっぽいとでも言いたいのか」
「違いますよ、貶すつもりはありませんって。ただ、何かに夢中になるアナタも可愛らしいと思っただけです」
「変なことを言って揶揄うんじゃない」
ほんの少しだけ強い口調で告げて、シマボシは顔を逸らした。彼女の耳が薄らと赤くなっているのは、きっと寒さのせいだけではないはずだ。
くだらない話をしている間にも、降ってくる雪は重さと冷たさをどんどん増していく。
「……ヒスイ地方では、雪は珍しいものでありません」
雪を受けるように掌を広げ、ウォロは呟いた。
「これから冬が来るので、嫌というほど見ることになりますよ。寒さは平気ですか?」
「少し苦手だ。しかしこの地方で生きていくからには、慣れなければ」
この地方で生きていく。はっきりと述べた女の言葉に、また心臓の底に黒い澱が溜まったような気を覚えたが、ウォロはにこりと笑顔を浮かべる。
「……そうですね」
「イチョウ商会では防寒具も取り扱っているのか」
「勿論です。なんなら今からご用意しましょうか」
「もう行かなければならないから、また今度頼む」
シマボシは律儀に別れの挨拶をし、小走りでその場を離れた。彼女を見送った後、ウォロも再び歩き始める。
生まれた時からヒスイ地方で生きてきたウォロにとって、雪は厳しい冬の象徴でしかない。それに美しさを見出したことは一度も無かった。
空を仰ぐ。曇り空の下で、しんと冷え切った空気の中を舞う無数の雪の粒を、じっと見つめる。冷たい風が青年の前髪を揺らした。
「……確かにアナタの言う通り、美しいのかもしれませんね」