音楽は君と共に 二話それから数日が経ち、奏夜は梓と同じ学校に通うことになった。
同じクラスに編入して貰えたお陰で、二人は互いに退屈しない日々を過ごしている。
……が、やはり魔の手は差し迫っていた。
「お前、華月ん家の居候なんだってな」
「だからなんだよ」
学校に通って数ヶ月した日の放課後、梓が先生に呼ばれている間に屋上で暇を潰していた奏夜の元に梓をかつて苦しめてきたという男子たちが、わらわらとやって来る。
「聞いたぜぇ、お前ん家の事情」
「カワイソーになぁ! 兄貴と比べられてるんだって?」
「………………」
「お前の兄貴、めちゃくちゃ優秀だったらしいじゃん? でもよぉ……」
奏夜の一番聞きたくない言葉が、耳に届く。
「……黙れ」
「おっとぉ? トラウマですかぁ?」
「黙れって言ってんだろ」
「おいおい、そんな怒んなよ! 俺たちは仲良くしようってだけだって。華月から手を引けよ、いいな」
そうニタリと笑うリーダー格の男。
グッと拳を作って震える奏夜は、蔑みを込めて鼻で笑った。
「何が手を引けだよ、何もしてねぇっての」
「は?」
「お前、もしかして男のクセに梓のことが好きなのか? 確かにな、アイツちょっと髪伸ばせば美人にも見えるもんなァ」
「何言って……頭おかしいんじゃねぇか?」
たじろいでいる所に、追い討ちをかける。
「アイツはてめぇの物じゃねぇし、俺のモンでもないんだわ。てめぇが決めることじゃねぇよ」
「なっ……」
「分かったら俺は帰るぜ、梓から終わったって連絡来たから」
「待て!」
「待たない」
スタスタと屋上の扉から出ていく奏夜。それを彼らは呆然としながら見送った。
彼らが一体なんの目的でそんなことを言っていたのかは分からないが、下駄箱まで行くと例の彼が待っている。
「あ、奏夜……遅かったね」
「悪い悪い、屋上でウトウトしちまって」
「もう……明日は土曜日だし、今日は夜更かししないで寝るんだよ」
「何言ってんだよ、土曜日だからこそ夜更かししねぇと!」
そんな話をして笑い合う。ふと、奏夜は今日の彼らが梓を仇なす者であるのならば近付かせてはいけないと思った。
なぜそう思ったのだろう、と思うが首を横に振り一緒に家へと向かい始める。
夕暮れが綺麗で、ぼーっと眺めていると彼が奏夜を見つめていることに気づいた。
「……なんだ?」
「あ、ううん……奏夜のお父さんとお母さんってどんな人なのかなって……」
「それは……」
一気に表情が暗くなるのを、梓は慌てて手を振る。
「あ、ご……ごめん! 嫌ならいいんだ……僕は、知りたがりなところが……あるから」
頬をポリポリと搔く。親友である彼にも怒られたことがあった──だからこそ、相手の入ってはいけない領域があることを知った。
だが、奏夜は少ししてから口を開く。
…………。
…………俺には、一歳差の兄貴がいた。勉強ができて、誰にでも優しくて……運動が得意で……何をやらせても完璧で。
お父さんとお母さんは、そんな兄貴のことを誇らしく思ってた。
もちろん、俺にとっても自慢の兄だったさ。
勉強の合間に遊んでくれて……おやつも分けてくれたりな。
でも、それはいきなり起こったんだ。
俺は、小学校の帰り道で……兄貴が交通事故に遭うのを見た。
その時のことは、あんまり思い出せない。けど、気がついたら病院にいて……お父さんとお母さんが布に被せられた何かの前で、ずっと泣いてて……。
それで、兄貴にかかってた両親の期待って言うの?
そういうのとか、全部その日から俺にのしかかってきてよ。
………………すげぇ重かった。
兄貴は、毎日これに耐えながら俺のことを構ってくれてたんだってなって……。
俺は兄貴ほどに優秀ではなかったから、何をしても何をやってもダメダメでよ。
お父さんとお母さんからは失望された。
だからこそ、海外に行くのを嫌がったんだ。
でも、その先でお前と再会できたんだから悪い選択じゃなかったって思ってる。
俺、梓と一緒にいる運命なのかもな──。
…………。
それから、ハッとする奏夜は慌てて梓に向き直って弁解した。
「ち、違っ……そういう意味じゃなくて! なんか勝手に口から出た言葉って言うか! 別に意識して言ったわけじゃ……」
が、梓の顔は奏夜の予想とは違う。
顔を赤くして、俯いて照れている。それに釣られて奏夜も照れると家に着くまで、無言で歩いていった。
……………………。
しばらくした日、蝉の鳴き声がけたたましい放課後に奏夜はまた彼らに呼び出されていた。
「金田 界(かねだ かい)だったっけか? 今度はなんの用だよ。愛の告白か?」
ケラケラ笑う奏夜とは違って、自信満々の金田。
それに疑問を抱くがいつもの通り、梓からの連絡を待つ間あそんでやろうと思っていた……が。
「俺さぁ、知っちゃったんだぁ。お前の正体」
「俺の正体?」
「お前、優秀な兄貴が交通事故に遭ったんだろ?」
まさか、昨日の話を聞いていたのか──だが奏夜は「だから?」と返す。
「その交通事故の理由も知っちゃったんだよなぁ〜……両親の気を引きたくて、赤信号の横断歩道をお前が渡っちゃったんだろ」
「っ……」
ギクッと肩を揺らすと金田はペロリと舌を出し、唇を舐めると小声で「ビンゴ」と呟いた。
「で、それを見つけたお前の兄貴が」
「……やめろ」
「お前を庇って」
「やめろ」
「そしたら兄貴は死んじまったと!」
「やめろっ……」
「お前、人殺しだったのかよ!」
「やめろっ!!」
大声で叫ぶ奏夜。が、それを男子生徒たちはニヤニヤと笑って見ている。
「お前の両親は海外なんだって? 本当はお前捨てられたんじゃ」
「黙れ……殺すぞ」
今までに聞いたことのない、低い声に金田はビクッと身体を跳ねさせた。
そこで、携帯の着信音が鳴る。
用事が終わった梓がいつまでも降りてこない奏夜を心配し、電話をかけてきたようだ。
「…………」
「か、華月の隣はお前なんか相応しくないだろ」
「……ああ、その通りだな」
金田を押し退け、奏夜は歩いて行く。
更には、下駄箱で靴を履き替えた後に聞きたくなかった着信音が携帯に届き開いた。
『奏夜、そちらは暑いでしょう。こちらは涼しいです。あなたもこちらに来ませんか?』
『勉強は頑張っていますか? 今度のテストでは必ず一位をとるように』
『勉強だけでなくスポーツもしなさい、運動系の部活に入るようにすると』
『あなたもお父さんとお母さんの子なのだから、きっと何もかも上手くできます』
『"お兄さん"と同じようになりなさい』
『期待しているわ』
『できるわよね?』
ぐわっと肩に重たいものがのしかかった気がした奏夜は、その場から走って外へと出ていく。
「え、奏夜──……」
梓のことも置いてけぼりで、走っていく。
雨が降ってもお構いなしに奏夜はがむしゃらにどこかへ向かっていた。
続