Fragileその日も昨日と変わらず、嫌気がさすくらいの真夏日だった。
テスト前最後の授業が終わり、教室の中はそれぞれまばらに行動をとっていた。
クーラーの効いた教室でだらだらと駄弁る者、足早に帰る支度をする者といる中で、浮奇もまた帰宅への準備を進め、イヤホンを取り出していた。
「浮奇ー」
自分を呼ぶ声が聞こえ、振り向くと、鮮やかな黄色の男が廊下で手を振っていた。
「サニー、どうしたの」
「数Ⅱの対策プリントって持ってたりしない?昨日配られたやつ」
失くしちゃって、と申し訳なさそうにサニーは笑う。
「あー、ちょっと待って…確かあるはず」
鞄の中身を探り、ノートに挟まれたプリントを取り出す。帰宅後に解こうとしていたので、丁度真っ白の状態だ。
「これ?」
「あぁそれそれ!コピー取っていい?」
プリントを手渡すと、サニーはすぐ戻るから!と持ち前の俊足でコピー機のある職員室へと消えていった。
犬みたいだ、と浮奇は笑みを零し、冷気を吐き出す教室の扉を閉めた。
「ありがと〜、助かった…」
五分もしないうちに太陽のような男は帰ってきた。
「おかえり。」
差し出してきたプリントの原紙を受け取り、ノートに戻す。じわりと額に汗が滲み、腕で雑に拭うと、サニーは目をぱちくりとさせた。
「あれ?そういえば何で廊下で待ってるの?」
「ん?……あれ、確かに」
何故か律儀に「すぐ戻る」という言葉を受け取り、同じ場所で待ってしまった。室内とは言えエアコンも何も無い廊下で待つ必要など本来無かったのだ。
「暑かったでしょ、ごめん」
「いいよ別に。大した時間じゃないし」
じゃあ、と別れようとすると、ふと腕を掴まれた。
─熱い目だ。
サニーの視線がしっかり自分と交わる。あぁ、次に言われる言葉はもう分かっている。
「浮奇、一緒に帰ろう」
三階、屋上へつながる階段の手前の踊り場。
サニーと隠れてキスをする合図。
それが『一緒に帰ろう』という言葉。
いつからか、きっかけは何だったかなんてもう覚えていない。
拒むこともなく、かと言って先に進むでもなく浮奇はこの行為を受け入れていた。
サニーは熱で揺れたアメジストの瞳で浮奇を見つめ、頬に手を添える。
「うき、」
ちゅ、と鼻先に軽くキスをしてから唇にキスを落とす。
しばらく啄むような軽いキスが続くと、浮奇は焦れったくなったのか薄く唇を開き、赤い舌を覗かせる。
サニーはそれに導かれるように、自らの舌を絡ませた。
「っん、」
キスをしているとき、浮奇は極力声を出したくなかった。恥もあったが、こんなときに〝友達〟という関係性を一層強く感じてしまうからだ。
だが、サニーは毎回それをゆっくり懐柔するように長い、長いキスをする。
サニーの舌先が口蓋をなぞり、浮奇はびくりと身体を揺らす。
「ふっ、ぅ」
良い子、とでも言うようにサニーは目を細めて笑み、浮奇の頭をがっしりと掴んで離さない。
茹だるような夏の温度と、溶けそうなくらい甘い、長いキス。
二つの熱に浮奇は酸欠寸前だった。
「さ、にー…んぅ、」
胸元を軽く叩くと、気付いたのかゆっくり唇が離れる。
唾液が弧を描いてぷつりと途切れ、互いの口元を汚す。
「はっ……ぁ…」
熱い吐息が踊り場に響く。
普段は涼しげな顔で、汗一つかかないような浮奇の肌にも、汗が滴り落ち、頬は真っ赤に染まっていた。
肩で熱い息を吐くと、潤んだバイオレットの瞳から涙が零れる。
ぞく、とサニーの背中に不思議な感情が走る。
「…浮奇、可愛いね」
「何言って、んんっ、ぅ」
再び唇を重ね、舌を重ねる。まだ呼吸が整っていない、と浮奇はサニーの肩を掴んで剥がそうとするが、体格差のせいでびくともしない。
頭がクラクラしてきた頃に、唇がまた離れる。身体の軸があらゆる熱量に耐えきれず、浮奇は壁沿いにずるずると座り込む。サニーもそれを支えるようにしゃがみ、浮奇を覆い隠すような形になる。
レモンイエローの髪が肩をくすぐり、汗ばむ首元に舌を這わせる。
「っサニー、だめ、」
それは、キスじゃないから。
〝友達〟の境界線なんかとっくに越えているのに、言葉だけが引っかかっている。
だが、溶けた瞳で紡がれる拒否など、無力に等しい。
やっぱり、欲しいな。サニーの心の中で独占欲が膨れ上がる。
「…俺の前でしかそんな顔見せちゃ駄目だよ」
苦しい、熱い、気持ちいい。ごちゃまぜの感情を隠すように、また唇が塞がれた。