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    こはく

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    こはく

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    PsyBorg。🐑を失ってしまった🔮のお話。
    このお話自体はだいぶ前に書いていたのですが、SSの後の時空として楽しんでいただくこともできると思います。
    お楽しみいただけると幸いです。

    #PsyBorg

    欠片に縋る、濡れた夜休日が、大嫌いだ。
    切ない孤独を噛み締める時間なんて。
    今はもうない愛しい人を想って泣く時間なんて。
    「はー、」
    もううんざりだった。
    とても寒くて、体を震わせた。
    そっと、自分の体を両腕で抱き締めた。
    生きているとは思えないほど酷く冷たいそれに少しの恐怖を覚えながら、襲い続ける、心臓を貫くような痛みに唇をかみしめて耐える。
    どうせそれしかできないのだから。
    恋人が、この世を去って、早2年。
    一体幾つ夜を越えれば、忘れられるのだろう。
    ぼぅっと視線を宙にやった。今日は本当になにもない日だった。
    激しい雨音が鳴り響く外は、生憎の曇天である。
    暫くしてふと視線をおろした。
    そこにある小さなテーブルには、カクテルの入ったグラスがふたつ。
    ふーふーちゃんが、一番気に入ってくれてたやつ。
    思わずふふ、と微笑んでから数秒、我に返った。
    僕は、自分がすっかりどうかしてしまったのだということを、1年かけてようやく理解したのだ。
    それにしても、最初の1年は酷いものだった。
    光のない虚ろな目で、息をするのがようやっと。
    こうやってまともに働けるようになったのだって、つい3ヶ月前くらいのことだ。
    割れるように痛い頭もそのままに泣き喚いた日々。
    凍える体をひとり抱きしめることしかできなかった日々。
    何もない空間を虚ろに見つめてはただ、時が経つのを待っていた日々。
    色んな感情をやり過ごして、なんとかここまでやってきたのだ。
    ふ、と息をつく。
    知らないうちに震えるそれを、虚しく嘲笑った。
    ゆっくりと時間をかけて立ち上がって、ひとつの決意を胸にその足を寝室へと向けた。
    今日僕は、2年間ずっと怖くて開けられなかった、
    あの箱を開けようと思う。
    しかし2年もろくに働かせなかったその体がそう思い通りに動いてくれるはずもなく、体はふらふらと左右に軸をずらしてしまう。
    壁を伝って倒れ込んだ。
    息が浅くなり、軽く過呼吸を起こした。かひゅ、という嫌な音が喉から鳴る。
    じわじわと、心が負の感情に染まっていく。
    怖い。そして。
    とても、悲しい。
    そのまま僕は1年ぶりくらいに声を上げて泣いた。
    嘔吐くような泣き声が、冷たい廊下に響き渡る。
    それに交じって小さな言葉が漏れ始めた。
    「忘れ、たいな、」
    それは切れ切れに、まるで自分の心が零れたように。
    「忘れ、られたら、よか、ったな、」
    頭の割けるような痛みは、心の痛みの前にはもうなんの存在もなさなかった。
    激しい慟哭を赦しながらも、心は酷く乾いていた。
    はは、とひとつ嘲笑しながら、僕は喚くように叫んだ。
    「神様、本当にいるならさぁ、ふーふーちゃんを、返してよ、」
    喉は血と涙の味がして、咽せながら乱雑な息を吐いた。胃の上あたりが、凄く痛い。
    「忘れられるわけ、ないんだよな、」
    馬鹿みたいに笑ってみると、少しだけ気が楽になった気がして勢いのまま立ち上がり、今度は自分を過信せず壁を這うようにして歩いた。
    噛み締めるように一歩一歩踏み出し、なんとか目的地に辿り着く。
    そっと、その冷たいドアノブを回した。
    まず、一番最初に目に入ったのは白い大きなベッドだった。
    心が酷くざわめいた。逆撫でるようなそれに、卒倒しそうなほどの大きな感情が何度も巡る。
    あのベッドで、僕らは何度も、愛を誓ったから。
    再度過呼吸を起こしそうになる体をなんとかセーブしながらその場所に足を踏み入れた。
    この憎らしい目は、すぐに枕元に置かれた大きめのダンボールを捉えた。
    その瞬間、思考すら放棄してひたすら息を荒くして駆け寄った。
    その箱を持ち上げると、無理な動きが祟ってそのまま床に倒れ込む。
    じっとして、心を鎮める。激しい感情の波が凪いでくれるのをゆっくりと待った。
    呼吸が一定のリズムを刻み始めたのを確認してからそっと、壊れ物に触れるようにして蓋を開けた。
    頭が覚醒した。体中を急激に血が駆け巡った。
    くらっとして気を失いそうになるのをすんでのところで踏みとどまった。
    そこにあったのは、赤い、機械でできた腕と脚。
    僕はそれを抱き抱えた瞬間に、なりふり構わず大声を上げて泣いた。
    喉の割けるような、あまりに悲しい金切り声。
    他人から見れば、一体どれほど歪で、異質な光景だろうと思う。
    でももう何でも良かった。
    彼さえいれば、ここが地獄でも、天国でも。
    ずっと、そうして生きていた。生きていたかった。
    「ふー、ふーちゃん、好き、好きだよ、どうしたら、僕、僕はどうしたらいいんだよ、」
    涙がカーペットに染みを作った。
    こんな汚い嗚咽すら、きっと笑って愛してくれた彼。
    2年間、縋りたかった、縋りたくてたまらなかった腕が、脚が、彼の身体が、今ここにあった。
    この腕に抱いている。
    その事実がたまらなく苦しくて、肺が圧迫されるくらいに強く抱き締めた。
    とても冷たくて、とても愛しい。
    最後の繋がりを決して離しはしまいとするその姿は、頼りのない子どものようで。
    忘れたくて。忘れられなくて。
    侘しくて、寂しくて、悲しい夜ばかりだった。
    心臓が今も尚、夜を引き裂くように鳴っていた。
    その灼けるように痛い心の内で彼は、
    ひっそりとその愛に、2度目の永遠を誓った。
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