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    yota

    @yota_hana

    呪の五七・右七
    主に倉庫
    練習用 短文多めです
    ※CP雑多になりますのでご注意ください

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    yota

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    五七版夏の企画でツイに投稿したものです。
    お題「クチナシ」
    お付き合いしている五七です。
    ※途中から事変後の内容に触れています。ご注意ください。

    #五七
    Gonana

    五七版夏の企画「クチナシ」「ね、七海! あれたべたい!」
     つらつらと続いていた声のトーンが、ひときわ高いものになった。
     革張りのソファに投げ出された五条の長い脚が、ばたばたと上下に振れている。そのやかましい動きが、隣に座る七海の視界の隅に引っかかる。
    「あれ、とは?」
     七海は目線を上げることなく問いかけた。本は今まさに佳境に入ったところだ。ここで切り上げるという選択肢は、七海のなかに存在しない。
    「あれだよ! えーっと、あまくて黄色い、そう、オマエがお正月に作ってくれたやつ!」
    「もしかして、栗きんとんですか?」
    「そう、それそれ!」
     五条のつま先がぴん、と伸びた。彼が履いている紺色のスリッパのかかとも、そのつま先の動きと連動するかのように、床に向かって真っ直ぐに垂れている。
    「……アナタ、今の季節がわかっていますか?」
     長いため息をついてから、七海は読みかけの本を閉じた。先ほどまでは確かにみなぎっていたはずの読む気力が、みるみるうちに消え失せてしまった。
    「ん? 夏だね?」
    「そう、夏です。さつまいもならまだしも。アナタ、栗の収穫時期はさすがにご存じですよね?」
    「うーん、秋だねぇ」
    「そうです。秋です」
     五条はこてりと首を傾けるようにして、こちらを向いた。その表情から察せられるものに、七海はまたひとつ、ため息をついた。
    「秋まで待てないんですか?」
    「だって、今食べたい」
     五条はじつにあっけからんとしている。七海は指の腹で己のこめかみを揉んだ。
    「作るにしても、栗の甘露煮の冷凍ストックがないので、市販品を使用することになります。ですから、今年の正月に作ったものとは味が変わると思いますよ?」
    「それでもいいよ」
     よっと、という掛け声とともに、五条が反動をつけて上体を起こした。そうしてソファの上であぐらをかくと、真正面から七海の顔をぴたりと見据えてくる。
    「だって、オマエの作ったやつが食べたいからさ」
     五条は笑った。
     その笑顔は、最強の呪術師としての彼が見せる、挑発的なものではない。
     五条悟という名前の、ただのひとりの人間としての彼が見せる、屈託のない笑顔だった。
    「……わかりましたよ」
     七海はふっ、と小さく息をついた。この笑顔にだけは、昔からめっぽう弱い自覚がある。
     七海は膝に手をつき、ソファから立ち上がった。
    「その代わり、おつかいに行ってきてください」
    「えー。七海も一緒に行こうよ」
     すかさず五条が駄々をこねてくる。
    「暑いのでいやです」
     七海は窓のほうを見た。レースカーテン越しに透けて見えている窓ガラスは、刺されるのではと思わんばかりの、ぎらりとした輝きを放っている。
    「作るのは私なんですから。アナタもそれくらいの労働はしてください」
    「ちぇっ、わかったよ」
     五条はゆるく頭を振ると、ソファから腰を浮かせた。天井に向けて両腕を突きあげ、背中をしならせ大きく伸びている。その姿は、猫がこれから散歩に出かけようとする様にも似ていた。
    「なにを買ってきたらいいの?」
    「栗の甘露煮とさつまいも。あと、クチナシの実です」
    「クチナシの実?」
    「さつまいもを色づけるのに使うんです。栗の甘露煮を作る際にも使用しますが、今回は市販品なので」
    「へぇ、そうなんだ。じゃあ、行ってくるね」
     五条は会話もそこそこに、そそくさと玄関に続く廊下へ消えていった。
     いつもよりも格段に行動が早い。
     そんなに食べたかったのかと、七海はくつくつと喉の奥で笑った。
     真夏に食べる、季節はずれの栗きんとん。
     果たして栗きんとんにアイスコーヒーは合うのだろうか、などと考えながら、七海もまた支度に取りかかることにした。


     大きな入道雲が、高い空にぷかぷかと浮かんでいる。もこもことしていて形のはっきりとわかるそれは、手で掴めそうなほどに分厚い。
    「クチナシってさぁ、花は白いんだね。実があんな感じだからさ。僕、てっきり花も黄色いのかと思ってたよ」
     遠くから蝉の鳴き声が聞こえてくる。五条は木桶からひしゃくに水を掬った。
     水は夏のまぶしい陽の光を受けて、揺れ動くたびにきらきらととりとめのない反射を繰り返している。
    「あのとき、なぜだか無性に食べたくなっちゃったんだよね。でも、やっぱり作ってもらっといて良かったよ。オマエが作るやつがいちばん、おいしいから」
     少し開けた場所だからか、ここは幾分、風通しがいい。風は生ぬるい。しかし空気の流れがあるだけでも、体のなかから沸き起こるほてりが、わずかばかりマシになるような心地がする。
     五条はひしゃくをかかげると、つるりとした石のてっぺんから水をかけた。水は筋を生み、枝のように分かれ、下を目指しておりていく。
     水が地に染み込むまで、五条はその流れを見つめていた。
    「……いや、違うな。オマエが作ってくれるからこそ。いちばん、おいしかったんだろうな」
     五条は目の前に建つ石に手で触れた。そのまま片膝をつく。なめらかな石の側面に刻まれている彼の名を、指先で一文字ずつ、丁寧になぞっていく。
    「僕は幸せ者だよ」
     五条はそっと目を閉じた。
     彼と過ごした日々。その記憶を辿り、己の胸のなかでひとつひとつ、想い起こしていく。
     彼が居なくとも、自分は生きていく。
     それでもこの行為だけが、己を五条悟という名前の、ただのひとりの人間に戻してくれる。ひとりの人間であることを、思い出させてくれる。
     五条は閉じたときと同じように、ゆっくりとその目を開いた。
    「あれからさ、僕もまじめに料理ってやつをするようになったんだ。オマエが几帳面にレシピを残してくれてたおかげだね」
     五条は笑った。屈託のない笑顔だった。
    「オマエがいたときは、作ってもらってばっかりだったけど。次は僕がオマエに手料理をふるまうよ」
     もう一度、彼の名をなぞる。
    「だからさ、楽しみにしてて」
     石から手を離し、五条はひしゃくと木桶を手に取った。
    「じゃあまたね、七海」
     風がそよぐ。手前に供えた花が、穏やかに揺らいだような気がした。
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