甘いクッキー 「これであとは焼き上がるのを待つだけ」
「クッキーって思ったより作るの大変なんだね……」
「慣れればそんなことないよ」
「そうかなぁ」
二人で生地から作り、型を抜いてアーモンドやジャムを乗せたものを慎重にオーブンに入れたところでようやくシュウは一息つけたようだった。俺は菓子作りの経験がシュウよりは多くあるからなんてことはなかったけれど。そもそも二人で菓子を作ることになったきっかけはシュウだった。
「今度皆に会うことになったんだけど、お菓子を作って持っていってみたいんだ。でもお菓子作りってしたことないし不安だから……浮奇、見守っててくれない……?」
そんな風に恋人に頼まれて断る男がいると思う?いると思うなら君が出会った男達は随分甲斐性が無いよ。
シュウが俺に負担をかけさせたくなくて「見守ってて」何て言ったのはわかってるけど、折角なら最大限力になりたかった。材料の買い出しに付き添ってアドバイスをし、必要な道具は全部俺が持っていたから戸棚から引っ張り出してきて、良さそうなレシピを一緒にいくつか見繕ってシュウに決めさせ、そして今日は一から見守りながら一緒に作業を終えた。
一緒に料理をしたことは何度かあったけど、俺自身最近はあまり菓子作りをしていなかったのもあって二人での菓子作りは初めてだった。それにしては上手くいった方だと思う。シュウ自身色々調べていたんだと思うけど、行程や道具の特殊な単語も説明する必要がなかったのが大きくて割とスムーズに進んだ。
「多分大丈夫だとは思うけど割れたりするのもあるかも」
「初めてだし上手くいくとは思ってないよ。浮奇に手伝ってもらってこんなこと言うのはちょっと失礼かもだけど……」
「悪気があって言ってる訳じゃないのはわかってるよ」
「ふふ、ありがとう」
「……疲れたでしょ、座って待ってよ」
付き合ってしばらく経つけど相変わらずシュウの笑顔には弱い自覚がある。疲れも毒気も不安も寂寥も何もかも忘れさせてくれることに気づいたのが、この気持ちに気づいたきっかけの一つだったな、なんて思い出した。この笑顔がみられるならなんだってしてあげる、そう言いたくなるけど、「え、自分で出来ることは自分でやるからいいよ」なんて断られるのを想像するのは容易かった。まぁ、そういうところにも惚れたんだけど。
いつもの定位置。リビングのモニターの前にある二人がけのソファへシュウが左、俺が右側に腰かける。ローテーブルに置いてあったリモコンを取ってから背もたれにもたれかかって、何か手頃なコンテンツがないかザッピングし始めた辺りで左肩に暖かさを感じた。
「なに、シュウ甘えたくなったの?」
まだ照れくさいのか自分から甘えてきたりスキンシップしてきたりすることの少ないシュウの滅多と無い行動につい気持ちが昂る。シュウは今どんな顔してるのかな、照れて赤くなってたりして。そう思って覗き込んだのだが──
「……寝てる?」
うんともすんとも言わない。どうやらこのほんの数秒のうちに眠りに落ちてしまったらしかった。慣れないことをして俺が思っていた以上に疲れてたのかな。昨日はそんなに激しくした覚えはないし……。
「……すー……すー……」
本格的に眠りに落ちたのか、シュウから聞き馴染みのある寝息が静かに聞こえ始めた。
「ふふ」
あーあ、幸せだなぁ。