【曦澄】クリスマスまで7日【腐向け】「澄……」
父親の声が聞こえて、江晩吟は体を震えさせた。
藍曦臣の手が退かされるが、肩を抑えられて動くことができない。
「これはどう言うことだ」
「父さん……」
「久々のパーティーで、食事が合わなかったようで」
藍曦臣が、事情を説明をしようとしたが江楓眠は息子の腕を引っ張り抱き寄せた。
これまで彼の腕は、義兄の物であった。それなのに、どうしてこんなふうに抱きしめられているのだろう。
「私は、君を信頼してこの子を預けていたんだ。
啓仁もいるからと妻の反対も押し切って、澄の望みのままに外に出した。
それなのに、こんな……」
ああ、先ほどの口づけを見られていたのだろう。
父が他人にこんな風に怒るのは、初めて見たかもしれない。
どうして江楓眠がこんなに怒っているのか、江晩吟には解らなかった。
「父さん、離してくれ。どうしたんだよ」
「どうした?どうしただって?息子が、男に手を出されているのを見過ごせと?」
「あんなのただの気休めの呪いのような物だろう?」
親が、子供にするようなものだ。
江晩吟は、それを両親からされた覚えはほとんどないけれど……。
いきなり現れて、こんな風に怒るなんてどうかしている。
「無羨には、そんなふうに言わなかっただろ?」
「お前は、江家の跡取りで私たちの息子だぞ」
「それがなんだ。無羨だって、貴方の息子だろ?母さんの反対を押し切って、養子にしただろ」
父が、何を言っているのか本当にわからない。
跡取りだから?愛情を注いでくれている藍曦臣に対して、こんな風に怒っているのか?
「曦臣さんは、俺の事を気遣ってくれて介抱してくれていただけ…っ」
感情が高まっていたのか、胃がムカムカとしてきてうっと口元を押さえて体をかがめる。
そういえば、胃薬を飲んでいなかった。
今まで黙っていた藍曦臣が、慌てて立ち上がって手を伸ばす。
しかし江楓眠が、その手を弾いた。
「息子に触るな」
「っつ!」
江楓眠は、息子を連れて会場から連れ出していく。
誰かに電話をしながら、姚家から出ると車が回されており父の秘書が気遣わしげに駆けつけてくる。
「澄に、水と胃薬を。それから、今から家に帰る」
「わかりました」
黒塗りの車に無理やり乗せられて、ぐったりと背もたれに寄りかかる。
もう少しでの振動でも、気持ちが悪い。秘書から、胃薬をもらって飲み込む。
今から実家に帰るのかと思うと、憂鬱な気分でしかない。
隣にいる父に寄りかかる気分にもなれずに、扉に身を委ねる。
流れる夜景が、窓ガラスに映される自分の姿越しに見えた。行きにきた風景と、やはり違う。
「はぁ…」と深いため息が聞こえて、江晩吟は体を強張らせてしまう。
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江楓眠は、困惑している息子に対してどう言えばいいのかと考えていた。
藍曦臣が、同性愛者だという噂を聞いた事がある。
それに今夜の江晩吟の姿は、家を出て行った養子の魏無羨に重なって見えたのだ。
いつもは黒と赤を基調にした濃い色の服をしていたのに、白の上着を着ていた長子。
魏無羨と藍忘機が、同棲をするに至って恋人同士だとカミングアウトされた時には驚いた。
あの時の顔は、互いに想い合っており愛しむような表情だった。
それ故に、藍曦臣の行為と表情からただの友人として江晩吟を見ているとは思えなかったのだ。
跡取りという以前に、大切な愛しい息子だから故に彼らの言葉も聞けずに連れ帰ってしまった。
帰りの車の中で、藍曦臣には身を委ねていた江晩吟は、こちらに身を委ねようとはしなかった。
家に帰ると、あらかじめ呼び出していた江晩吟の友人が待っていた。
「おかえりなさいませ、社長」
「夜間にすまないね」
「いえ、晩吟のためならば」
この青年は、使用人の子供だ。
幼い頃から、一緒に置いて育ったからなのか江晩吟の事を第一に考えてくれている。
最初から、彼に任せておけば良かったのかもしれない。
「大丈夫ですか」
「観世?」
「はい」
「……」
泣きそうな顔を江晩吟はしたけれど、あっさりと身を委ねて部屋へと戻っていく。
使用人が毎日のように掃除をしている息子の部屋は、すぐに帰ってきてもいいようにしてある。
美しく江氏のドレスを着飾った妻と娘にも、連絡をしなければならない。
江楓眠は、大きくため息をついてからスマホを手に取る。
『お前達、家族は言葉が足らなさすぎる。子供を思っての夫婦の諍いにどれだけ、あの子が苦しんでいるのか考えたことがあるのか』
藍啓仁の言葉が、脳裏によぎり手が止まる。
もしかしたら、子供達が家に寄り付かないのは自分達夫婦のせいなのかもしれない。
魏無羨を連れてきてから、妻との会話といえば諍いばかりだった。
それを聞いていた子供達は、どうしていたのだろう?
そんなことも解らないのか、本当に藍啓仁の方が父親らしいではないか……。
気休めの呪い…江晩吟が、幼い頃に眠った後にしていた行為だ。
仕事が忙しくて、なかなか子供達が起きている時間に帰ることはできなかった。
キャリアウーマンで合った妻を、家の中に入れてしまい子育てを任せきりだった。
その為に、苛烈な性格だった彼女はストレスを溜めており自分に愚痴を聞かせていた。
それの合間にある子供達の可愛らしい話だけに返事をしていたのも、彼女には不満だったのだろう。
そして養子だからと魏無羨には自由にして、実子である江晩吟に対して厳しく接してしまっていた。
『姉さんや無羨のように、外に出てみたい』
そう言ってきたのは、今年の梅雨頃だった。
江厭離は、半同棲のような物だった。
魏無羨は、二人の決意に根負けしてしまったのだ。その姿が、彼の両親に重なった。
けれど、江晩吟は一人で外に出たところでどうするのだという考えがよぎった。
今まで家事をしてきた様子もなく、使用人に頼って生きてきた。
無論バイトをするのを許可していないために、働いたことすらない。
だが、姉が出かけていくのを見送るその視線はまるで置いて行かれた子供のように見えた。
今夜の車の中ですら、親子の信頼というのがないのかもと思った。少し手を伸ばせば、届く距離を伸ばさない。
『信頼のおける人の所で、ルームシェアはどうでしょうか』
そう提案してきたのは、息子と少ししか変わらないが藍家当主として働いていた藍曦臣だった。
消去法で選んでだであろう藍家は、同級生の藍啓仁もいるため安心して預けられた。
しかし、江晩吟の友人が微妙な顔をしていたのを思い出す。
『藍家は、安全だと思いますけど……ある意味で危険かもしれませんね』と、言っていた。
何が危険なのかは、彼は言わなかったがとっくに藍曦臣が同性愛者だという確信を持っていたのだろう。
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クリスマスまであと一週間となった朝、江晩吟は大きくため息をついていた。
「何が不満なんですか」
「何がって、お前は車の免許あるだろ」
「晩吟を送り迎えするにはやぶさかではないんですけど、私の学校に高級車で乗り付けたら騒ぎになるでしょう」
何が不満って、友人の背中に引っ付いて大学に行かねばならなくなった事だ。
家政夫の丁寧な運転や食事がこの一晩で、ものすごく恋しい。
「冬は寒いんだよ」
「駐車場の問題もあるんですよ」
友人は、カバンからマフラーを取り出して江晩吟に引っ掛ける。
同じ大学に通っている魏無羨も車を持っているが、今住んでいるところからでは遠回りになった。
それ故に、義兄か友人かを選ぶと母が毛嫌いをしている魏無羨よりも友人を頼った方が家庭内も平和だ。
「はい、温かくして」
「うん」
こうして甘やかす幼馴染に、ため息しか出ない。
家政夫と藍曦臣も似たような事をするけれど、彼らの場合は自分のことは自分でさせてそれでもダメなら手を貸すという方式だ。
こんなふうに、手放しに甘やかさない。されるがままにしていると、ぐいっと引っ張られた。
「おはよう、随分と仲がいいんだね」
「おはようございます。使用人なもので、主人の世話をするのは当たり前かと思いますよ」
背後に降りかかった声は、藍曦臣である。
友人に抱きしめられる形の江晩吟は、振り返ることが出来ない。
「使用人は、主人に対してこんな事はしないんじゃないんですか?」
腕を引っ張られて体が後ろに倒れ込むと、藍曦臣の胸に体を預ける形になる。
「こんな事?友人に対して、行ってらっしゃいのハグくらいしてもいいでしょう?
藍さんは、晩吟にキスをしたそうじゃないですか」
「……」
昨日の夜に、江晩吟は友人に相談したのだ。
額にキスをされて、それが父の逆鱗に触れたのだと。どうしてなのか、わからないのだと。
しかしなぜか藍曦臣からの視線が痛くて、顔をそちらに向けられない。
「それに、晩吟とは戯れ合って抱きしめあったり肩を抱き合ったりしますよ」
ライダースーツの腰に手を添えながら、友人はまるで挑発するように告げる。
「なんなら、猥談やら好みのタイプとかも話します。
遊びでキスだって何度もしましたよ」
「お前!!」
それは子供の頃で、ほほや額だったろう。
わざと何時どこにと話していない事に、江晩吟は気付けていない。
掴まれた腕に、力が入る。
「友人にしては、少々行き過ぎているんじゃ無いですか?ましてや、この子は貴方の主人でしょう」
「使用人と主人だからって、今時は対等な立場でしょう?藍さん所は、どうやら時代錯誤のようだ」
穏やかに笑っているが、明らかに友人は藍曦臣に対して何かを仕掛けている。
止めようかとしたが、ゆっくりと二人の間に手が挟まれる。
「はいはい、ストップ。校門で、何を喧嘩しておりますの。
あと、梓の坊ちゃんの言いたいことはわかりますけど、うちの当主に対しての態度は改めてもらえんか?
でなけりゃ、私が相手をせんとならんよ?」
家政夫の登場に、江晩吟は安堵した。
友人は、素直に腰から手を下ろして恭しく頭を下げた。
「藍さん、失礼しました」
「いや、こちらこそ」
未だに掴まれた腕から力が抜けたのに気づいて、藍曦臣の感情も静まったのだと確信する。
頭を上げた友人は、いつもの穏やかな笑みを浮かべていた。
「晩吟の荷物を撮りに行くには時間がかかりそうなので、
しばらくの間は何があっても預かっていてもらえませんか」
「ええよぉ。いつでも、おいで。梓の坊ちゃんも学業と送り迎えで忙しいやろ。
坊ちゃんが来るまでは、誰にも渡したりせんからな。ご苦労さん」
家政夫が、ぽんぽんと友人の頭を撫でる。
それから、江晩吟と藍曦臣は彼に促されて校内へと入っていく。見送ったからなのか、バイクの音が遠のいた。
「二人が知り合いだなんて、初めて知ったんですけど?」
「そうか?坊ちゃんを預かる際に、梓の坊ちゃんからアクセスがあったんですよ。
坊ちゃんの緊急連絡先に、自分も加えて欲しいってね」
「そうなんですか?」
「そやよ。坊ちゃんがお姉さんやお兄さんを頼れない時の駆け込み寺は自分だからってね。
それから、ちょっとした家庭教師もしとるんよ」
使用人の鑑やね。と、家政夫はくすくすと笑う。
「それに、さっきだって友人としてなら、ハグやらキスやらするのは可笑しゅうないって遠回しに伝えとったやない」
「そうなの?喧嘩を売られていたように感じたけど?」
「それは、欲目が曦臣にあるからですよ」
呆れたように再従兄に言えば、拗ねたような顔をして藍曦臣は視線をずらした。
欲目?欲目ってなんだ?江晩吟が、首を傾げる。
「江の坊ちゃんの荷物はそのままにしておいて欲しいって言ってたから、
きっと江社長を説得してくれるんやないんですか?」
それで、二人はどうしたいんです?と、家政夫は、二人に問いかける。
このままでは、クリスマスどころか、このまま江晩吟は藍家に帰ることはできない。