赤縄繋足 外気に輪郭が融けて、思考が拡散してゆく。細かな細かな粒子になって、俺の存在は大気に四散する。
カチリ。
悲しみと恐怖に握り込んだ手の中で、小さく悲鳴を上げた金属音がここに居ると叫んで自分を取り戻す。
目一杯開けてもだらだらと固まり落ちる水流のシャワーを浴びて、ミスタ・リアスは汗と悪夢を洗い流した。
グレイッシュピンクの柔らかな髪を乱雑にタオルで擦って、シャツを羽織ると認識票の付いたチョーカーを締める。
指輪と、最近入手した艶光りするオニキスのブレスレットを付けて、俺を固定する。
アクセサリーの緩い拘束感が好きだ。
挨拶をする為にボイス・チャットに繋いだリストに、アイツが居ない。
「おっはよーぉ!」
皆に挨拶しながら、無意識にブレスレットを噛んでいた。
毎日やる事が明確化されて、俺のコミュニティや、大事な友人と会話する充実した日々。
いつの間にか忘れていた夢を久し振りに見た理由は、恐らくアイツのせい。
お前はココに居て良いなんて、優しい言葉を掛けるから。危なっかしいと度々見守ったりするから。温かい手で抱き締めるから。
少し見えないだけで不安になってしまうんだ。
「おはよう?」
後ろから伸びた手がマイクをミュートにしながら、スピーカーから鳴るのを期待していた重低音が俺の耳元に響いた。
「はぁ?は?はぁぁぁあ?」
予期しない出来事に思考が停止して、言葉さえ出て来ない。
「用事が片付いたから、カワイイ恋人に会いに飛んで来た私に、ご褒美は無いのか?」
笑顔の黒髪の美丈夫は、そっと俺の手に自分の手を重ねると、薬指に唇を載せた。
今朝、俺を呼び戻したのは、サンドブラスト加工も美しい白金の上品に光るリングだった。
ムズムズする喜びが、ずっと続きます様に。
「ヴォックス、いらっしゃい」
俺の存在を認めてくれてありがとう。