桃の花の祈り「今日は麻里が主役の日だからな。前に住んでた家の近くにあったケーキ屋さんのいちごショート好きだったろ?売り切れる前に買えて良かったよ」
「わ、ホントだ美味しそう!ありがとうお兄ちゃん!」
私がお礼を言う前からどこか嬉しそうなお兄ちゃんの顔はさらに喜色満面になった。目の前のテーブルの前にはひな祭りだからとそれ相応のメニューが並ぶ。
先述したケーキにおまけのプリン、ちらし寿司は錦糸卵と桜でんぶがとても綺麗に盛り付けられていて。まだ封の開いていないひなあられは兄も好物なのを私は知っている。
元から持っていた雛人形は火事で焼けてしまったのをまだ買い直せないでいて、「ごめんね」と言う兄に「気にしないで」と何度返しただろうか。買って置いたところで仕舞うのに躊躇するくせに…とはあえて言わなかったけれど。
「なんだなんだ。ずいぶん豪勢だな今日は」
後ろから掛けられた声に私は振り向く。そこにはKKさんが居て、食卓に並んだひな祭りのお祝いに目を細めて笑っていた。
「でしょ〜?」
「幸せもんだなお前は」
「えへへ」
KKさんからの素直な言葉に私も頬も思わず緩む。お兄ちゃんが私のために全部用意してくれた、それだけでも最高に幸せなのだ。
「麻里」
優しい声が私を呼ぶ。
「……喜んでくれてるかな」
お兄ちゃんはそう言って、頬に一筋の涙を流した。
私は触れられないその頬に指を当てがって笑う。
「当たり前だよ。毎年毎年、ありがとうお兄ちゃん」
お正月も私の誕生日もクリスマスもこうして私の好きな物をたくさん並べてくれる。話しかけてくれる、その度に強く思ってくれてる。
それだけで充分すぎるのに。
「ずっと大好きだよ、お兄ちゃん」
だから幸せに生きてね。
テーブルに置かれた私の写真を見て涙を流す兄を抱き締めて囁いた。昔より少しだけ目元の皺が増えた兄が愛しくなって、私は笑う。
──みんなで待ってるから。どうか歩く速度でゆっくり追いついてきて。
そんな細やかな願いが叶いますように。
横を見ればKKさんは優しく笑って私達を見下ろしていた。
「…帰るぞ」
「うん」
バイバイまたね、お兄ちゃん。
それだけを呟いて麻里は見えずとも兄に手を振り踵を返した。
「………ぇ?」
ふわりとほのかに甘い匂いがして暁人は顔を上げる。しかしそこには何も無い、何も見えないのだけど。
「まさか…ね」
涙の跡を手で拭い暁人は笑う。不思議と胸に灯った暖かさに気持ちが安らいでいく。
「──よし。明日からも頑張ろう」
目の前の写真に映る麻里の笑顔がいつもより穏やかに見えたのはきっと、気のせいではない。
なんとなくそんな風に思えて暁人はくしゃりと笑いながら目の前の食事に手を合わせたのだった。
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