彼らなりの祝福 ハンガーを通して壁に掛けられてある服一式を見て、降谷は首をかしげた。
「…何、志保さん入学式にでも出るの?」
「…この時期に何の入学式よ。でも、そうね。あながち間違いじゃないかも」
多少捻りの効いた聞き方をしてしまったが、志保は案外機嫌よく答えてきた。
「だって私今回は引率者だもの。あの子たちの。何かあった時、すぐ動ける服装じゃないと」
あの子たち。かつての少年探偵団。今はもう小学4年生にはなったか。とはいえもちろん、まだまだ子どもで保護者が必要な時期だ。
今回は正に少年探偵団の縁として、彼らはその場におよばれしている。かつての担任、そして少年探偵団の顧問を自称していた、小林澄子先生の、結婚披露宴。実はお相手も警視庁の白鳥警部という、探偵団たちにもお馴染みの人物であるから実現した参加でもある。
白鳥家は格式高い家柄である上に、本人も警察キャリアということで、式はそれなりの大掛かりで出席者も錚々たるメンバーが並ぶものになりそうだった。それを見越して小林先生側の交友関係に重きを置いたお祝い会は既に別途とり行われていて、そこに現担任をしている児童たちは、サプライズ登場を果たしていると聞いている。だからこその今回の探偵団たちの参加にもつながっていくのだが。
そして志保はその探偵団の子どもたちの、確かにまとめ役としての参加が決まっていた。志保と歩美、元太、光彦の関係は、阿笠博士や工藤新一を通して再びの関わりを果たし、そこで新たな親交を深め重ねていっていた。志保としても、探偵団とともにの参加が、とても嬉しいのだろう。保護者役に妙に張りきっている。元担任の式に、こうして出れることも含めて。
にしても。
まじまじと降谷はその洋服を見つめた。紺と白で纏められているそれは、いわゆるワンピーススーツ。中のワンピースは上品なAラインで程よくタックも入っていてお洒落なものだが、上から羽織るジャケットがフォーマルでかっちりとした物なので、堅苦しさは拭えない。まあ若い女性が好んでパーティーの場で着るものではない。色目だってそうだ。ワンピースの紺がどちらかと言うとネイビーブルー寄りの明るめではあるが。
黙ってる降谷に不安になったのか、コーヒーの入ったマグを二つ持ってきて隣に座った志保が、見当違いな心配をしてくる。
「え?、結婚式に不相応ではないわよね? 礼装でしょ。適してるわよね」
「…うん。全然不適当ではない。でも君若いのに。せっかくのこんな機会、もっと華やかな格好をしたいだろ」
真面目くさって言ったからか、志保は急にヘソを曲げてしまった。
「何よ、子ども扱いしないでよね」
違うだろ、と思ったが、変に保護者役に意欲的だったので、癇に触ってしまったのかもしれない。隣を伺うと、拗ねてそっぽを向く志保がやけに可愛く見えて、降谷の悪戯心をくすぐった。
「子ども扱いなんて、してないだろ」
目の前にある愛らしい耳に吹き込むように囁き、華奢な腰に手を伸ばそうとしたら。思いっきり、クッションで押し返されてしまった。
「誤魔化さないで!」
ツンツンして言われるが、本気で怒ってはなさそうだ。赤い顔でマグカップに手を伸ばす志保を見ながら降谷は眉を下げる。真意が伝わりきれなかった部分はあるが、考えてみればそんな公の場で志保の魅力を見せつける必要もないし、色んな面で心配は減るかもしれない、とも思い返す。でもまてよ。彼女はこの清楚系というかクラシカルな服も着こなすから、却って目立つとかあり得るのではないか…
そんなことを考えていたら、コーヒーを一口含んだ志保が、その柔らかなブラウンの髪を首をかしげることで揺らしながら、聞いてきた。
「と言うより。あなたは出ないの? 白鳥警部が出席を望んでるって、聞いたわよ」
それは志保同様子どもたちの引率を兼ねて出席する大学生探偵、工藤新一からの情報だろうか。降谷は一つ息をつき、コーヒーに手を伸ばした。
「それは望んではいる、ってだけで。白鳥も実際には難しいことだって、分かってるよ」
降谷と白鳥警部は。件の組織の後処理の過程で、当時の黒田管理官を通して顔を合わせ、業務を共にしている。その段階で、白鳥警部に一目置かれ、親交を築いたのは確かだった。降谷の方ももちろん、律儀で筋が良い白鳥との交友を大事にしている。
「……黒田さんは出られるのにね。残念よね…」
黒田は今は公安へと戻りそこでの役職についているが、式へは元上司としての出席が決まっている。現在の立場は明かさないとはいえ、公安も上へと登り詰めるとその道も開く。
そんなことを思っていると、違う懸念が胸を過り、降谷は腕を組んだ。
「いや…黒田さんが出席するのは別の面でも安心だ。式自体の規模の大きさもあるから、通常レベルでの警戒はもちろん必要だが、白鳥の家では妹さんの時のこともあるからな…」
白鳥警部の妹の沙羅さんの式で。あの時はそれこそお祝い会ではあったが、銃撃事件勃発という事態に陥ってしまった。それは当時警察官連続射殺事件のさ中でもあり、犯人も個人的な動機に起因した、テロ等とは無関係なものではあったが。式に参加する顔ぶれを踏まえ、その時狙われた佐藤刑事も参列しているとなると、どうしても嫌な予感や過剰な警戒は抱いてしまう。
哀の時に当時を経験しているらしい志保がいたたまれない表情を見せたが。ふとそれを和らげ、どこか軽やかな調子を含ませて言ってきた。
「心配ならあなたも参加したらいいわ。子どもたちや私も、その方が心強いし」
「………」
つい反応が遅れてしまう。自分を頼ってくれるような言い方をする志保が珍しくて、それに心とられた面もあるが。要するに。降谷も引率側、小林先生側で出席したらどうかと。
立場上表立って出席できない降谷に。友人のお祝いに顔を出す、という道を。作ろうとしてくれている、志保の気持ちが。
流れ込んで降谷に笑顔が浮かぶ。互いに不器用な気づかいだな、と思いつつ自分の本意も。志保にはちゃんと伝わっていたように思えた。
降谷の笑顔に何よ、とバツが悪そうに頬を膨らませている志保に向かって、口を開く。
「そうだな。白鳥からも結婚報告を受けた時、俺の相手にもいつか会わせてほしいって言われていたから。それも果たせそうだし」
「なっ、」
虚を突かれたのか真っ赤になる志保が可愛くて、降谷はその頭を優しく包み込む。表立って紹介し合えない状況が多い自分たちにも、貴重な機会。
探偵団の引率としてなら久々に安室透の出番か。小林先生とも安室の時に面識はあるから不自然ではないし、警視庁の面々ともうまく立ち回れる自信はあるからその心配はない。新郎である白鳥にいらぬ心労は掛けそうだが。
阿笠博士顔負けの発想につい苦笑しながら、大人しく腕の中にいる志保の頭を撫でる。それでも白鳥警部にはきちんと自分と志保の関係性は伝わり、そしてお祝いに駆けつけたことにも。純粋に喜んでくれるだろう。
あとは、とうーん、と降谷は考え込んだ。
「では俺も志保に倣って。スーツの略礼装で行こうかな」
「楽しみね」
朗らかに、志保が笑った。
いつもとは違う志保に何だか照れてしまう。フォーマルスーツに身を包んだ志保は、結婚式向けに髪はアップにして華やかにセットしていることもあり、軽やかで可愛らしくて、彩度や華美さを抑えて際立つ美しさもあるということを、降谷は実感していた。
「…あなたもいつもと違うわよ」
そう言う志保もどこかはにかんでいる。警察官としてのスーツ姿とはやはり違うらしい。ベスト着用もない礼服だが。安室になるため、と思うと複雑だが、生身の降谷自身としての姿でもある、と思うとちょっと嬉しい。
「エスコートするよ」
どこか得意気に。腕を差し伸べる降谷に志保が呆れたように眉を寄せた。
「何言ってるのよ。今日は私とあなたはただの子どもの保護者役。ただの顔見知り。今日は成り行き上一緒にいるだけ」
何をそこまで強調するのかと思ったが。曲がりなりにも安室と自分に深い繋がりがあると思われない為だろう。警察関係者に顔が知れた安室、という立場を思いやってくれているのが分かる。
「僕は僕の存在が、志保さんに近づく男たちへの抑止力になるなら嬉しいな」
含みを持たせつつそう言うと。さらに呆れの色を濃くした表情を志保は見せてきたが、フッ、とそれを緩めた。
「どうせ今の私とあなたが並んでも、恋人同士には見えないわよ」
「そんなことないだろ。白鳥でなくても、そう感じる人は少なからずいる」
「嘘~。どこからどう見ても、子どもたちの付き添いでしかないわよ」
どうしてもそこにはこだわりたいらしい。やっぱり可愛らしくて、降谷はハハッと眉を下げて笑った。
志保の目論見が歩美に会ってすぐの、
「志保お姉さん綺麗~! 安室さんもかっこいいー! すっごくお似合い!!」
という言葉にあっという間に挫かれ。
降谷に気づいた白鳥が表情を輝かせ、志保を見て嬉しそうに笑ってくれたのと。
探偵団からのお祝いも滞りなく行え、小林先生がとても喜んでくれたことも。
小林のウェディングドレス姿に祝福と憧れの眼差しを向けている志保の姿を、目に焼きつけられたことも。
奇跡的に事件が起こらなかったことも。
全て含め、本当に素晴らしい式を、時間を、過ごせた日となった。