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    ドラコルル長官と副官の小説④

    ・出会いの話
    ・友情色強め
    ・副官が暗い
    ・全3話予定

    #ドラコルル
    dracol
    #長官
    #副官
    adjutant

    その名を忌む   -副官-入学式の日。
    自分の名が呼ばれたとき、会場内の空気が変わったのを幼いながら少年は感じた。おそらく同級生は気づいていない。みな、無邪気な笑顔を見せながら、自分の名前が呼ばれるのを待っていた。手をあげ、元気よく返事をする同級生に習い、少年も満面の笑みで返事をした。

    2年生になったとき。
    生活科の授業で自身の名前の由来を調べることになった。
    「父ちゃん、俺の名前って誰がつけたの?」
    「お母さんだよ」
    少年は亡き母の遺影を見つめた。

    4年生のとき。
    学校でいちばんの秀才が少年を指差して、こう告げた。
    「あいつ、悪いことしたんだぜ」
    それをきっかけに、冷たい視線が少年に注がれるようになった。教師はクラス内の雰囲気をすぐに感じ取り、少年を守った。まるで、そうなることを予期していたかのように。

    6年生のとき。
    歴史の授業で200年前におきた、ピリカ史上最大の戦争について学習した。その戦争の引き金となった人物の名を少年は自分以外で、初めて見た。

    成長とともに優秀な成績を修めた少年は幹部候補生として、空軍に配属となった。








    「中尉、聞いてます?」
    隊員の問いかけに、男は慌てて答えた。
    「あ…、すまん」
    「またボーっとして。中尉ってオンとオフ、がらりと変わりますよね。勤務中はビシッとしてるのに」
    笑いながら、隊員が男の背中を叩く。部下のこんな振る舞いがとても嬉しい。自分に親しみをもってくれているのだろう。
    「すまん、何の話だった?」
    「こいつの子どもについてですよ。もうすぐパパになるんだから、いい名前考えてやらなきゃ」
    ああ、そうだった。名前の話題になると、いつも自分はこうだ。何で母親は俺にこんな名前をつけたのか。思考が過去にいってしまう。
    せっかくの飲みの席で、しかもおめでたい話題に自分が水を差してしまったようで、男は気まずそうに笑みを浮かべた。



    「そろそろお開きにしますか」
    一人の隊員が中尉に声をかけた。
    「そうだな、お勘定を…」
    ふと、カウンター席に目をやると、一人の男がカウンターに伏せて眠っていた。自分たちと同じ制服を着ている。軍の人間だ。
    時刻は午後11時を回っている。店の客はすでに自分たちと、カウンターのその男だけになっていた。
    「…悪いが俺はあいつを起こしてから帰るよ。これで支払いは済ませておいてくれ」
    中尉は、財布から札を出すと、隊員に手渡した。
    「相変わらず優しいんですね」
    一人の隊員が札を受け取る。
    「こちらは気楽な独り身だからな。お前らは早く奥さんのところに帰ってやれ」
    中尉が微笑む。隊員たちは、中尉に礼を言ったのち、店を後にした。


    「大丈夫か?」
    中尉が声をかけた。うつ伏せに眠っていた男が、ゆっくりと体を起こす。年齢は自分と同じくらいだなと思っていたのも束の間、その胸元の階級章を見て中尉はギョッとした。自分より上の人間だ。
    「…すまん、寝ていたか」
    低い声で男が答えた。サングラスをしているが、端正な顔立ちが見てとれた。
    「だいぶ飲まれたようですね。水をもらいましょう。宿舎までお送りしますよ」
    大急ぎで敬語に直す。中尉は店員から水を受け取ると男に手渡した。




    「いや、先ほどは助かった。ありがとう」
    宿舎への帰り道、男は中尉に礼を言った。酔い潰れていたかと思ったがそうではないらしい。歩く姿は姿勢よく、その足取りもしっかりしていた。
    「いえ、お疲れだったのですね」
    「心労というやつだ。たまに全てを投げ出して飲み明かしたくなる。一種の現実逃避さ」
    男は笑いながら答えた。

    ー現実逃避…。
    自分もつい先ほど、部下たちの話そっちのけで、思考を過去に遡らせていたことを思い出す。

    「君、名前は何という?」
    ふいに男に問われた。自分がこの世で最も答えたくない質問だ。
    「自分は、第9連隊の…」
    続く声が小さくなる。わずかな沈黙ののち、中尉は小さな声で自身の名を答えた。
    「私はドラコルルという。中尉、今日はありがとう。また会おう」
    中尉はわずかな違和感を感じた。あんな小さな声で言ったのに、聞き取れたのか?だいたい他の人間は、再度聞いてくるというのに。それに、何で階級を知ってる?ああ、胸元のこれか。

    いつのまにか宿舎の入り口に着いていた。2人はそれぞれの棟へ向かうため、挨拶を交わすと、その場を後にした。






    「中尉」
    訓練を終え、廊下を歩いているとあの声に呼び止められた。
    「ドラコルル…さん?」
    振り返ると、ドラコルルはちょうど部屋から出てきたところだった。その部屋の名前に中尉の目が止まった。
    「諜報部の方だったのですね…」
    「ああ、自己紹介が不十分だったな。ここの室長をしている。3日前は、ありがとう」
    ドラコルルは中尉に頭を下げた。
    諜報部はその職務の特殊さと重要さゆえに、軍の中でも一線を画していた。この若さで室長とは、相当なエリートだ。だが、ドラコルルからは階級やその立場からくる傲慢さは微塵も感じられなかった。下の人間に当たり前のように頭を下げる姿に、むしろ謙虚な人柄を中尉は感じた。こういう人間が国防のトップに立つべきなのだろうなと、中尉は思った。
    「自分は、何も大したことはしていません。どうか頭をあげてください」
    慌てる中尉の言葉に、ドラコルルは頭をあげた。ドラコルルは、脇腹に何かをかかえている。
    「その資料、大統領選に向けてのものですね」
    中尉が問うた。
    「ああ、候補者たちをよく思わない人間もいる。詳しくは言えんが、あらゆる可能性を潰しておく必要があってな。まぁ、君達の手を煩わせるようなことはないだろうが」
    ドラコルルが答えた。
    1ヶ月後に控える大統領選では、3名の候補者がその席を争うことになっていた。
    うち1人は10歳の少年であった。いくらピリカが実力主義の国とはいえ、子どもは何があっても守るべき存在だ。派閥、反対勢力、演説場所、その地形など、あらゆる可能性を考慮して警護に臨まねばならない。
    「何かありましたら、おっしゃってください。俺も含め、第9連隊の奴らはなんでも協力しますよ」
    中尉の言葉にドラコルルは微笑んだ。その微笑みが、中尉にはひどく不自然に見えた。







    大統領選の投票日まであと10日をきっていた。中尉は部下と共に、昼食を食べていた。食堂のテレビには、今、まさに各候補者がピリカ各地で自身の主張を述べる姿が映し出されていた。
    「俺は、子どもが勝つとみた」
    1人の隊員が言った。
    「他の2人はなんかこう…、言ってることは分かるんだけど、それ実現できんの?みたいな」
    「分かる。子どものくせに、こいつは現実的なんだ。出来そうにないことは絶対に言わない。嘘をついてねぇ」
    「5日前、警護についたやつが言ってたぜ。あの子どもの言葉は、胸に刺さるんだと」
    「全く大したガキだぜ」
    部下たちの言葉を聞きながら、中尉もテレビに映る少年に目を向けた。画面の下部には少年の名前が大きく表示されていた。

    …俺がもし、あんな風にテレビに出たら、おっかないプロパガンダ放送になっちまうな。


    「中尉」
    突然、あの声に呼ばれた。声の方に目をやると、ドラコルルが立っていた。
    「ドラコルルさん…」
    「ご一緒しても?」
    大急ぎで立ち上がり、隣の席の椅子を引く。ドラコルルは中尉の隣に座ると、隊員たちを見渡した。
    「君達が第9連隊か。先ほどから見ていたが、ずいぶん仲がいいようだな」
    「そりゃ中尉の下にいますから。どんな軽口も許していただいております!」
    隊員の1人がにこやかに答えた。
    「この人、こんなに体でかいのに、繊細なんですよ。隊員に何かあればすぐに気づく。敏感に感じとるというか。キャリア組のくせに」
    「でも、たまにやっちまうんですよね。ほら今だって…」
    嫌な予感がして、手元を見た。皿にのったトンカツには醤油がかかっていた。
    「…お前ら言えよ」
    ゲラゲラ笑う部下たちを睨む。全くこいつらは。

    「君はずいぶん好かれているんだな」
    腕を組みながら、ドラコルルが言った。
    「まぁ、ここの連中には恵まれました。子どもの頃は…」
    ハッとして口をつぐむ。何を不幸な話をしようとしているんだ俺は。場がしらけるだけだろうに。

    「君が慕われているのは、君の人柄だろう」
    ドラコルルがつぶやいた。
    「人の痛みが分かるんだろうな、君は」
    その言葉に、思わず中尉はドラコルルを見つめた。先ほどまで組まれていた腕は、膝の上に置かれていた。







    大統領選の最終日、投票を終えた中尉は宿舎への道を歩いていた。
    「中尉」
    あの声に呼び止められた。
    「投票の帰りか。一緒に行こう」
    ドラコルルはそう言うと、中尉の隣を歩き始めた。中尉も少し緊張した面持ちで、歩みをドラコルルの歩幅に合わせた。
    「ピリカの歴史が変わるな。10歳の子どもが大統領になる日が来るとは」
    ドラコルルがつぶやいた。
    もはや大統領選の結果は明らかであった。数日前、他の2人の候補者のスキャンダルが発覚し、二転三転する説明に国民は辟易していた。
    「君はあの子どもをどう思う?」
    ドラコルルが中尉に問うた。
    「…正直なところ、眩しいです」
    中尉は続けた。
    「完全無欠すぎて。悪いところが何一つ見当たらない。ああいう人間は、たいてい博愛主義で、平和だの、軍縮だの、綺麗事を述べるものなのに、あの子どもはそうじゃなかった。きちんと俺たちにも配慮ができる人間だと思いました。ついつい、期待してしまいます」

    ーだから自分はあの少年に投票した。
    そこまでは言わなかったが。

    「眩しいか。…君らしい」
    その言葉に、中尉は決心した。ずっと心に引っかかっていた、この男への違和感。

    「ドラコルルさんはなぜ俺に近づいてくるんですか」

    ドラコルルが歩みを止めた。わずかな沈黙のあと、ドラコルルは口を開いた。
    「どういう意味だ?」
    「諜報部の室長まで務めておられる方が、たかが中尉の俺を、こう何度も呼び止める理由が分かりません」
    ドラコルルは黙って中尉の顔を見つめた。

    「君に興味がある。その名も含めてな」

    ドラコルルの言葉に中尉は目を見開いた。
    「これでも諜報部の人間だ。君の名はずっと前から知っていた。正直なところ、どんな悪人ヅラかと思っていたよ」
    ドラコルルは続けた。
    「ところが実際の君は、真面目で、朗らかで隊員たちに慕われていた。部下たちの心や行動の変化を敏感に感じとる。おそらくは私にも違和感を感じていただろう?その観察眼は見事なものだ」
    ドラコルルはさらに続けた。
    「その観察の目は、一朝一夕で身につくものではない。おそらくは過去に他人から向けられた好奇や冷たい眼差しから得られたものだろう。その点に関しては同情する」
    中尉は、黙ってドラコルルの言葉を聞いていた。
    「私は君を評価している。ぜひとも諜報部に来てほしい。その名ゆえに苦しいことも多かっただろうが、その名だからこそ君は類まれな観察の目を身につけることができたのだ。…まぁ、少々おっちょこちょいなところはあるようだが」
    いつの間にか、中尉の目には涙が浮かんでいた。
    「…この名前でほめられる日がくるとは思いませんでした」
    ドラコルルは微笑んだ。
    「もっと自分に自信を持つがいい。そうすれば心から笑える日も来るさ。いい返事を待っている」
    しばらくたつと、ドラコルルは再び歩き始めた。

    生まれてはじめて、その名を肯定された中尉は、これ以上涙がたまらないよう静かに目を閉じた。

    ぼやけた視界のせいで、ドラコルルの口元がわずかに歪んでいることに気づくことができなかった。







    つづく
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