報恩休暇 露女の投げキッスはいつもながら痛い。怨念の火の玉で焼かれた腕がじくじく疼く。
何人も行方不明者が出ているという廃ビルの地下で、壊れたエレベーターから湧き出てきたマレビトたちを蹴散らして、今。非常口からビルを出た暁人は、あまりの日差しに思わず呻いた。
カンカン照りだ。まだ梅雨にもならないのに、蝉の声さえ聞こえてきそうな強烈な太陽光線。先程まで薄暗くジメジメした地下に親しんでいた目が、くらりと眩む。
「はぁーーーーー…」
体力も気力もエーテルも消耗した。カラカラの体をさらに苛めるような、理不尽なくらいの猛暑だ。近頃の暑さときたら、どうかしてる。暁人はアジトへ帰還すべく、とぼとぼ歩き出した。
今回の依頼内容は、曰く付きの廃ビルの浄霊。問題なく達成したが、どうにも気分は優れない。戦いの立ち回りも自己採点は微妙。大した数でもなかったのに、一撃をもらってしまった。
じりじりと地表を炙る日光は今の暁人には優しくない。太陽の光と熱は、暗がりに蟠る穢れや瘴気を退けてくれるが、度が過ぎれば生きた人間にだって意地悪だ。今も腕に絡みつく怨念を祓ってくれるどころか、加減の無い熱でさらに悪化させている気さえする。
調子は出ないし外は猛暑。さらに言うと、頼れる相棒が側にいない。テンションを上げられない。
とにかく回復をとボディバッグからお茶を取り出した。ちゃぷりと手に伝わる感触はぬるい。凍らせてくるんだった、と肩を落とした。欲を言うなら、キンキンに冷えたラムネが飲みたいところだった。
世の中で新年度が始まって二か月弱。とにかく忙しかった。人の動きが活発になると、マレビトも噂も穢れも増える。暁人もKKも、毎日のように外へ出ずっぱりだった。
二人は無二の相棒だ。だが悲しいかな、同じ能力を有する人材がふたりもいれば、いつも一緒という訳にはいかない。忙しさが増すにつれ、各々で業務を担当することも増えた。
一人で仕事を任されるのは嬉しいことだ。自信が持てるし成長にもなる。経験を積んでいけば、それだけ次のためのレベルアップができる。だから脇目もふらず邁進したいという気持ちはもちろんある。
だが実際、絵に描いたようにスムーズにはいかない。どれだけ心身に気を遣っていても、疲労と鬱憤は着実に蓄積していく。まだ仕事に支障は出ていない。若干の負傷はありつつも、確実に仕事はこなせている。だが、だが、どうしても忙しいと心は摩耗していくし――――何より、恋人と恋人らしい時間が持てない。
はぁ、とまたため息した。一言で恋人、と称するにはややこしすぎる間柄の男。相棒、でもあるKKは現在県外出張中。週末まで帰ってこない。
何も四六時中一緒にいたい、とまでは言わない。けれど、せっかく数奇な出会いを経て繋がりを深め、心にまで触れ合った仲なのだ。頓に忙しい日々が続くと、ゆっくり二人の時間を持ちたい、と思うのは普通なことだろう。
連絡はこまめに取り合っている。だが疲れて返事が遅れてしまうこともある。KKも同様だ。
KKが隣にいれば、この暑さだって暑いね、と苦笑いなんかして、さっさと歩いていけるのに。寂れた駐車場にはぽつぽつと雑草が生え、ヒビの入ったアスファルトからは茹だるような熱気が立ち上っている。こんな野ざらしの場所からはすぐに退散したい。
「……あ、そうだ」
暁人はボディバッグを探る。底から取り出したのは折り畳み式の日傘だ。数日前、妹の麻里に持たされたものだった。
あまり日傘を差す習慣は無かったが、油断してると倒れちゃうよ、との言葉と共に半ば強引に携帯させられた。ここ数日の猛暑を思えば彼女の言うとおりだ。そして今こそ正しく使うべき時である。日差しは強く水はぬるく、これからしばらく歩かなければならない。
パッと傘を開いた拍子に、ふと暁人の視界に青いものが映った。
「お地蔵さんだ」
駐車場の隅、壊れかけたフェンスの端に、雑草に隠れるようにしてお地蔵様が立っていた。『厄除地蔵尊』の青い提灯が無ければ、気付かずに去ってしまっていただろう。
KKと出会った霧の夜、渋谷各所の地蔵尊には本当にお世話になった。あの夜以来、暁人は街で見かけたお地蔵様には欠かさず手を合わせるようにしている。
ビルと土地が半ば放棄されてもなお、お地蔵様は変わらず柔らかな微笑みを湛えてそこに立っている。砂埃にまみれ、理不尽な日差しの岩の肌を焼かれても、なお穏やかだ。
「………」
暁人は少し逡巡した後、開いた日傘を提灯台に立てかけた。そして僅かな影で日差しを避けつつ、腰を屈めて雑草を抜き始める。よく見てみれば、青い前掛けは汚れてほつれがあって、側の提灯はとことどころ破れていた。かなり前から、参る人がいないのだろう。
周りをきれいにして、砂埃を手で払う。暁人ができるのはせいぜいこれくらいだ。それでも手を合わせると、お地蔵様は暁人を見てにこりと笑ってくれた。石の体から青くきらめく水の力が溢れ、暁人にするりと流れ込んでくる。
「ありがとうございます」
体を巡る水の力は、この暑さの中ではなんとも快い。腕の穢れも弱まったようだった。この様子ならそのうち消えてくれるだろう。
しかし、と暁人は申し訳なくなる。今はお供えできるものもない。前掛けも提灯もこの場では修繕できない。この場でできることなど、今は…。
「………」
暁人は開いたままの日傘を見る。妹からもらった大事なものだ。だがどんな道具にも、一番に使うべき時と場所がある。暁人はすぐに移動できるが、お地蔵様は動けない。
「しばらく置いておきますね。…不要かもしれないけど」
傘の柄を提灯台に沿わせ、フードから抜き取った紐で結んで固定した。これで大体は日光を遮れるだろう。ふうと一息つくと、頬を汗が伝った。気付けば、炎天下に長居をしてしまった。これでは暁人の方が熱中症になってしまうかもしれない。
ひとつ会釈をして、暁人は足早にその場を去る。仕事の報告もあるし、涼しいところに戻って休みたい。
その背を追うように、お地蔵様の錫杖がちりりと鳴った。
その翌日から、暁人は日傘要らずになった。
「すごい、いいなぁ」
「どういう仕組みなんだか。さっぱりだわ」
羨ましげな麻里はじとりと兄を睨み、やれやれと頭を振る凛子は面白そうだ。
この日もやはり快晴の真夏日。街に降り注ぐ日差しは遍くアスファルトを焼いていく。
しかし、日向に立つ暁人の姿は暗い。周囲は明るいのに、暁人だけ暗い。まるで景色をそのまま画像編集して、日陰にいる人間の姿を、無理やり日向に当てはめたかのようだ。
「暑くない?」
「暑いは暑いけど、日差しは感じない」
「いいなぁ」
足元を見ると、暁人の周りにだけ、ぽかりと丸い影が広がっている。見上げても手を伸ばしても何も無いが、確かに暁人の頭上にだけ、視えない傘が開かれているようだった。
「お地蔵さんの恩返しでしょうね」
「そうですか…」
それ以外に考えられない。なんとも不思議なことだが、あの地蔵尊は、日傘のなくなった暁人を気にかけてくれたらしい。
「いつかは消えるでしょうけど、随分粋な労いね。そのお地蔵さんについては、自治体に連絡してみるわ」
「ありがとうございます」
えいっと麻里が身を寄せてくる。すると麻里も影の内に入れたようで、ここだけ涼しい!とはしゃいだ声を上げた。
普通の人間には影は見えず、暁人の姿も周囲と同様に見えるらしい。日常生活になんら支障はない。しばらくは熱中症の心配も減りそうだった。
今日の仕事を終え、帰宅する。寝支度を整えているところで、スマホにメッセージ通知がきた。
――『明日には片付く。明後日戻る』
『わかった。お土産ある?』
瞳をうるうるさせたスタンプを送る。
――『生意気なやつだな』
――『菓子くらいしかねぇぞ』
諸手を挙げて喜ぶスタンプ。
『楽しみにしてるね』
――『そっちはどうだ』
『ちょっと面白いことがあったよ』
すぐに既読がついて、しばらく間が空く。たった今、KKも遠くで同じ画面を見ている。同じ時間を共有していることが嬉しい。
――『厄介事じゃないだろうな』
『面白いことだってば』
『見たらわかるよ』
含み笑いをしているスタンプを送る。KKの方からスタンプが送られてきたことは、今のところ一度も無い。
――『何をやらかしたんだか』
――『楽しみにしとくよ』
「うん」
思わず小さく返事をした。
それから、KKが戻ってからの予定や今入っている仕事のスケジュールなどを確認する。やはりしばらくはゆっくりできそうもなくて、画面越しに互いに労い合った。『おやすみ』を送って布団に潜る。
相棒のあの髭面を見て、軽口をたたき合うのが待ち遠しい。できれば夢でも会いたいが、いくらエーテルの適合者とはいえ夢の操作まではできない。
実際に見たのはプールで遊ぶ夢だった。あまりに日中の暑さが厳しいから、涼みたい気持ちが現れたのかもしれない。
広くてきれいなプールを独り占め。真っ青な空から降り注ぐ陽光を、屋根のように大きな日傘が遮ってくれていた。ぷかぷかと桶が漂ってきたかと思えば、中にはラムネの瓶が氷水に浸されてキンキンに冷えていた。
熱がこもった体を存分に冷やして、人目も気にせず遊んで、けれどKKもここにいたらよかったなあと欲深くも願ってしまうのだった。
予定通り、KKは土曜の午前に帰路についた。暁人は午前の仕事をさっさと終わらせて、渋谷駅に出迎えに行く。この日もやはり猛暑で、人々がごった返す駅前は、とんでもない熱気に溢れていた。
しかし暁人はといえば、周りの人々よりも幾分か気分は楽だ。視えない傘が暁人を日差しから守ってくれている。
そのうえ、影の中は微弱ながらもより低い気温が保たれているらしい。水のエーテルは凝縮すると冷気を生む。あのお地蔵様は水の力を持っていたから、これも仏の慈悲なのかもしれない。
改札口のすぐ側で相棒を待つ。合流したら一緒に昼食を取ろう。樹海そばで冷たいお蕎麦なんか、KKは喜ぶだろう。それとも暑いときこそ天鼎飯でがっつり中華か。ラーメンも良い。女郎ラーメンはKKには重いから、麺処亮の醬油ラーメンとか。
半分凍らせてきたお茶を飲みつつ、今日のこれからを考える。残念ながら暁人は午後からも業務がある。出張上がりのKKは休みになっているが、暁人が仕事だと知ると自分もついていくとごねていた。そこは素直に休んでほしい。
六月、いや七月になれば、時間も取れるだろう。それまでは辛抱だ。
しゃりしゃりの氷を噛み砕いて一息ついたところで、改札の方から声が聞こえた。
「暁人!」
見れば、こちらに向かってはにかむ相棒の顔。やはり暑いのか、見慣れたジャケットは腕にかけて、まっさらな白シャツ姿でバッグやらお土産の袋やらを提げている。
「KK!」
会えるのは数日ぶりだ。手を振りながら駆け寄っていくと、KKはさっそく暁人がくっつけている影に気づいたようだった。近づいてくる髭面が呆れ顔に変わる。
「お疲れ様。大変だったね」
「大したことねぇよ。それよりオマエ、なんだそりゃ」
「これだろ?まあ、ご飯食べながらでも、ゆっくり…」
あと数歩の距離に近付いたところで、唐突にKKの姿が暗くなった。
気だるげな目がまんまるに見開かれて、パッと頭上を振り仰ぐ。二人の上にあるのは、抜けるような青天井だけ。雲一つない快晴だ。
「あ?」
「え?」
翻って足元を見れば、丸い影。暁人一人分だけの大きさだったそれが、今は円の中にKKも収めている。ちょうど、大きな傘に二人で入っているような。
「これ…」
顔を上げた瞬間、辺りが透明になる。
足元の影を起点として、幕を張り替えるように、景色が別の場所へ切り替わっていく。人々のざわめき、明るさ、熱気、目の前の光景の全てが遠のき、二人だけが残される。こういった現象には覚えがある。どうやら異空間へ誘われたようだ。
KKがすぐに右手を構えた。あまりに唐突で戸惑いは隠せないが、暁人もすぐに火のエーテルを構え、マレビトの襲撃に備えた。適合者が行き来できる異空間には様々あるが、入った瞬間にマレビトの群れに襲われる場合もある。
白んでいた景色が徐々に形を成していき、二人は警戒を強めた。
――ちゃぷちゃぷと、涼やかな水音。
先程までの茹だるような熱気が嘘のような、爽やかなそよ風。
二人の前に広がったのは、柔らかく水面を揺らすプールだった。人の姿はなく、清潔で、静かで、快い水の匂いがした。
「……こりゃなんだ?」
警戒を解いたKKが腕組みをした。とりあえず、マレビトの気配は無さそうだった。
戸惑いが抜けきらないまま、暁人はプールの水を触ってみた。程よく冷たくて、学校のプールのようにきつい塩素の匂いがしたり、虫が浮いていたりはしない。澄んだきれいな水だ。この中で泳いだらさぞ気持ち良いだろう。
深さはおそらく暁人の腰程度。底は一面がディスプレイになっていて、爽やかな水色の光がプールに模様を描いている。随分と凝った造りだ。
立ち尽くす暁人とKKの側には、ちょうど二人分のデッキチェアが置かれている。休憩室のような小屋に、周囲の景色を展望するためのガラスフェンス。まるで人をもてなすために誂えたような空間だ。
あ、と思い出した。
「ここ、あそこに似てるよ。ほら、カゲリエの隣の屋上プール」
「あ――…確かに、言われてみればそうだな」
一度目に訪れたのは、あの霧の夜だ。街の探索中に、カゲリエから飛び降りてグライドして侵入した。下りた瞬間に、照法師二体と大量の虚牢に集中砲火されてえらい目に遭った。
あの夜は暁人しか生きた人間が居らず、どこにでも入れる状態だったとはいえ、本来ならホテルに宿泊している真っ当な客しか利用できない場所だ。
もちろん、あの夜が明けて一般市民として真っ当に生活している今、暁人とKKにはほとんど縁のない場所である。
「現実じゃない…よな?」
「それは間違いないな。どこ、と聞かれてもさっぱりだが」
ガラスフェンスからプールの外側を見渡せば、どこまでも果てしなく、凪いだ水面が続いている。あの世やあの世に近い異空間ではよく見る光景だ。
異空間にぽつりと浮かぶプール。危険は無さそうだが、何故いきなりこの場所に飛ばされたかが全くわからない。
辺りを物色していたKKが、休憩室を覗いて声を上げた。
「おい、なんかあるぞ」
中のベンチに置かれていたらしい。KKが手に取って見せると、暁人はぽかんとした。
「それ…」
きちんと畳まれた折り畳み傘。間違いなく暁人の物だった。先日の仕事の際に、お地蔵様のところに置いていった日傘。
慌てて周囲を確認してみると、プールサイドの端に明らかに場違いなものがあった。これは現実の屋上プールには無かった筈だ。こんなところにある訳がない。
古びた提灯台と、青い提灯。『厄除地蔵尊』の文字。
KKが暁人を見る。
「オマエ、またお地蔵さんに何かしたのか」
「えっと…」
あのお地蔵様の仕業らしいが、何故?日傘を置いたことで、日除けの御利益があるのはわかる。しかし何故唐突に、現実のホテルのプールを模した空間に連れてこられたのか。あの時、何を考え、願っていたか。
――ゆっくり、二人の時間が持ちたい。
思わず黙りこくってしまう。手を合わせた時は純粋にお祈りの気持ちだけだった…と思う。
けれどあの時は気持ちが倦んでいて、あまりに暑かったし、周囲には誰もいなかったので、気持ちが抑えられていた自信は無い。もしそんな願いも見透かされていたのだとしたら。
あまりに気恥ずかしい。
「おい?」
KKが顔を覗き込んでくる。暁人はがっとその肩を掴み、ぐいぐいと引っ張る。
「お、おい、暁人?」
アウターを脱ぎ捨て、バッグも靴も靴下も放る。シャツと下履きだけになって、今度はKKの服に手をかけた。
「おいおいおい待て待て待て!いきなりなんだ!」
「アンタも脱げよ」
「はぁ⁉…わかったから、離せ!剥ぐな!」
訳が分からないという顔をしながらも、KKは服を脱ぎ捨てて下履きだけになった。暁人はその手を強く引いて、もろともにプールへ身を投げた。
ばしゃんと大きな水音。優しい冷たさと水の感触。恋人の素肌。
濡れそぼった髪を掻き上げて、暁人は思わず笑ってしまった。肩にこつんと何かがあたる。漂ってきたのは、冷たいラムネの入った桶。ああ、夢は叶ったらしい。暁人はこれ以上無いくらいにお地蔵様に感謝した。
「…お暁人くーん?」
呼ばれて振り返ると、ばっと襲いかかってきたKKに押し倒され、全身が水に沈んだ。
すぐに起き上がって顔を拭う。瞼を開けると、目の前に恋人がいた。暁人の肩を押さえるKKの顔は、怒っているのか、楽しんでいるのか。でも少なくとも、不快そうな顔ではなかった。
「とりあえず説明しろ。説明したら遊んでやる」
「お地蔵様がお休みをくれたんだよ、多分」
適当な説明だったが、KKはひとつため息して、「後で詳しく聞くからな」とお許しをくれた。それから、KKは自分で箍を外すことにしたらしい。強く暁人の身体を抱きしめて、キスをしかけてきた。
現実であれば、気にしなければならないたくさんのこと。例えば人の目であったり、時間であったり、お金であったり。だが時空の違う異空間においては、何一つ気にすることはない。
暁人たちの仕事は表に出るものではない。現実社会を生きる人々から感謝されることなど、殆ど無いと言っていい。けれど生きた人間の枠を越えて、あの世や神や妖怪の世界にも踏み込んで駆けまわっていると、思いがけないところから思いがけない形で感謝されることもある。
プールで思う存分水を掛け合って、はしゃいで、疲れたらデッキチェアでひと眠りする。一体どれくらいの時間だったのかはわからないが、とにかく満足するまで二人はそこにいた。
後日、改めて件のお地蔵様に会いに行くと、随分と様子が変わっていた。
ビルは取り壊し予定の看板が立ち、既に立ち入り禁止になっていた。暁人がマレビトを祓ったことで、ようやく工事が入れられるようになったらしい。荒れ放題の駐車場もそのうち生まれ変わるだろう。
そしてお地蔵様の周囲には、真新しい木組みが設けられていた。自治体の人々の手により、新しくお堂が建てられるのだ。
「立派なお堂になりそうじゃねぇか」
「これで日差しも気にならないね」
汚れていた前掛けも新調され、破れていた提灯は修繕されていた。金平糖をお供えして、KKと一緒に手を合わせると、お地蔵様はまたにこりと微笑んだ。
「おかげでゆっくりできました」
「プレゼントが休暇なんて、理解のあるお地蔵さんだぜ」
お地蔵様が用意するにはかなり意外な場所だったが、渋谷カゲリエに河童が住み着き、再開発エリアが天狗の縄張りになる時代だ。お地蔵様も、伊達に時代を越えて街を見守ってはいないのだろう。
今日もそれぞれ仕事がある。だが数日前に比べれば、心は洗われたように軽かった。
「KKも日傘差せば?後で選んであげるよ」
「いらねぇ…と言いたいが、こうも暑いとなぁ」
KKは傘が嫌いで雨の時でも差したがらないが、昨今の日差しといったら、強情を張るだけ無駄というものだ。
今日も真夏日。燦燦と降り注ぐ日光の下を、二人は一つの傘を分け合って歩いていった。