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    so_annn

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    03/25のキスブラWebオンリー、「お迎えコールを今夜も鳴らして」の展示作品です。イベント終了後、一定期間後に再度公開します。
    ヤマもオチも意味もないしエロもないです。

    #キスブラ
    kissBra

    健全!推し活のすゝめ 生活空間、というのは結局その人の個性が一番あらわれる。というのがオレの持論だ。どこに住むかひとつとっても、タワーの外から通うヒーローもいれば、タワーに住み込みで働いているヒーローもいる。どちらが多い、少ないということは恐らくない。単純な個人の好みの問題だ。
     オレなんかは四六時中タワーにいたら息が詰まっちまうってことでルーキーを卒業して共同生活から解放されてすぐにイエローウエストにアパートを借りた。ディノは誰かと一緒に生活していた方が楽しいから、という理由でタワーに部屋を借りたし、効率重視のブラッドは意外なことにブルーノースに一部屋マンションを所有している。もっとも、ブラッドの場合は12期のメンターを務めることになったから、その部屋に住んでいたのは3年弱、といったところだろうか。今のこいつの家は、物置兼考え事をするための仕事部屋兼、宅呑みに最適な便利スペース、と言ったところだ。ブラッドの寝室とリビングは分けられているし、一人暮らしの家にはデカいソファはオレが寝転がっても十二分に余裕がある。何より日本文化に倒錯しているブラッドは、自宅を完全な土足厳禁にしているのだ。これによりディノが持ち込んだ寝袋を利用すれば床で眠ることも可能になり、ブラッド込みで3、4人であれば十二分に泊まっていくことも出来る。しかも実家のテレビを買い替えるときに譲られたというでかいテレビもある。ディノが借りてきたくだらないレンタル映画を見ながら酒を飲んでルーキー時代のようにバカ騒ぎすることも出来るというわけだ。当然、防音はしっかりしたマンションなので。
     そういうわけで、ブラッドの自宅は静かな仕事場であると同時にオレやディノが事あるごとに入り浸る溜まり場になっている、というわけなのだった。
     しかも、ブラッドの家でみんなで飲もう、と言えばブラッドが嫌がることは少ない。普通店に行くより客人を家に招く方が圧倒的に面倒ではないかと思うが、四六時中部屋を綺麗に保っている綺麗好きにはさしたる問題ではないのかもしれない。
     それに、ブラッドは寝室に小さなデスクと本棚を置いている。普段は読書をしたりちょっとした書き物をするのに利用しているとのことだが、オレが酒のつまみを作ったり、ディノがピザをデリバリーしている間、そこで雑務を片付けることも可能、というのもこいつが宅呑みに肯定的な理由のひとつなのかもしれなかった。

     
     そして今日も、いつも通りブラッドの家でディノとオレの3人で呑む予定だった。本当ならジェイも誘っていたのだが、息子さんと出掛ける予定を優先してもらって、結局3人だ。ブラッドは午後一の外部で行われる会議が終わった後に家に直行、オレはパトロール後に直行、ディノは一度タワーに戻って用を済ませてから来るらしい。
     恐らくお前が一番早いから、と預けられた合鍵をポケットに入れて、ここに来る途中で買った食料を抱えなおす。場所を提供してもらっている以上、つまみの類はオレとディノで用意する決まりだ。そしてディノに任せていたら酒のつまみがすべてピザになるのは火を見るよりも明らかなので、仕方なくオレが手料理を振舞う羽目になっている。この家のキッチンに揃っている調理器具は、オレがブラッドに言って買わせたものと、ディノがいつの間にか持ち込んだ便利グッズがほとんどだ。
    「おじゃましま~す……」
     タワーでも思うが、非接触型の鍵はこういう時に便利だ。つまり重たい荷物で片腕がふさがっているようなとき。
     部屋の中は薄暗く、まだ誰も到着していないことを示していた。ブラッドの会議は案の定長引いているらしい。
     カーテンを開け、換気システムのスイッチを入れる。電気をつけて食材をキッチンに並べる。今日の酒はブラッドチョイスの赤ワインがメインの予定だ。あとはビールやそのほか。
     ブラッドは明日の午前は休みだと言っていたので、多少飲ませすぎても大丈夫だろう。それに、ちょっと匂いがきついつまみでも。
     玉ねぎとマッシュルーム、牛肉を圧力鍋に入れて焼き色をつけ、コンソメや赤ワイン、その他諸々の調味料を入れて蓋をする。あとは飲み始めるころにはちょうどよく出来上がっているだろう。
     自分はプロテインバーばかり食べているくせにやたら栄養バランスにうるさいブラッドのためにサラダ用の野菜をちぎって冷蔵庫に。このキッチンを使うのもすっかり慣れたものだ。
     あとはニンニクをたっぷり入れたアヒージョ。材料の下拵えを終え、ふと顔をあげたオレはキッチンから見えるマホガニー色の扉が半開きになっていることに気が付いた。ブラッドの寝室へ続く扉だ。
     勿論、過去に共同生活をしていた相手とはいえ、寝室というのはトップレベルのプライベート空間だ。今日のように泊まりに来た時用の着替えを一式置かせてもらってはいるが、ブラッドが不在の時に寝室へ立ち入ったことはない。ブラッドから立ち入りを禁じられているわけではないが、ただのマナーというやつだ。
     だからオレがその寝室につながる扉へ近づいたのは、ただの親切心からだった。ニンニクをたっぷりオイルへ投入する前に、寝室の扉を閉めておいてやろうというレベルの。寝室がニンニク臭くなったらあの綺麗好きは嘆くに違いない。……いや、嘆くだけならまだしも見当違いの文句を言われてはかなわない。
     手を拭き、金色のドアノブに手をかける。と、その時ほんのわずかに開いた扉の向こうに見えるデスクの上に、小さな手帳のようなものが置きっぱなしになっていることに気が付いてしまった。
     いや、手帳というには分厚すぎる。あれはアルバム、と言った方がいいかもしれない。それが無造作に机の上に置きっぱなしになっている。
    「…………」
     この扉に近付いたのがただの親切心だったとしたら、その扉を閉めるのではなく開いてしまったのは魔が差した、としかいいようがないだろう。それか“好奇心”。無性に、そのアルバムの中身が気になってしまったのだ。
     以前リトルフェイスが来た時に、彼の実家から持ってきたのだというアルバムを見たことがある。大きな、アルバムと言われて想像するごく一般的なアルバムだったと記憶している。今テーブルの上にあるのはそれとは似ても似つかない小さめサイズだ。
     別になんだって構わない。彼の自身の写真が収められていても、家族の写真でも、いっそサウスセクターの4人の写真でも。そもそもアルバムでなくとも構わない。
     見たい。何故かと言われると分からないが、好奇心なんてそんなものだろう。
     誰もいないと分かっているのに後ろめたさからきょろきょろと周囲を見渡してそっと寝室に踏み入れる。柔軟剤や彼が使っている石鹸などが入り交じった寝室独特の香りがふっと香って、すぐに分からなくなった。
     そっとデスクに近付いて、恐る恐るそのアルバムらしき冊子を手に取る。
     手に持ってみて分かったが、やはりこれはアルバムらしい。普通の紙とは異なる、写真を入れる袋がたくさんついているのが分かる。革の背表紙にはラベルを入れるスペースがあり、そこにはそっけなく数字の7が書き入れられていた。7冊目、ということだろうか。結構な冊数がある。
     もう一度背後を振り返ってからそっとアルバムを開く。さて、いったい何の……
    「は?」
     アルバムの中身が例えばブラッド自身の写真であっても、彼の家族が写ったものであっても、彼のセクターのチームメイトが写ったものであっても、別に驚きはしなかっただろう。オレの知らない女とのツーショットが収められていたとしたら動揺はしたかもしれないが、あいつだってもう三十路だ。そういう相手がいたとしても全くおかしくはない。アルバムを作っているのは意外過ぎるが。
     しかし予想は大きく外れて、そのアルバムに収められていたのは、オレだった。ページを捲る。オレ。また捲る。オレ。
     捲っても捲ってもオレ、オレ、オレ、オレ。全部オレだ。
     オレが写っている写真が入っているとして、そこにブラッドやディノが一緒に写っていればまだ納得できる。こいつこんなアルバム作ってたのかよと少し気恥ずかしい思いをしただけで済んだだろう。しかし、これは、少々……というより大分事情が異なる。
     写真、と言っても例えば隠し撮りをされていてその写真が、というわけではない。誰かと撮った写真を切り抜かれているわけでもない。
     そこに収められていたのはいわゆる、エリオスから発売されている公式のブロマイド、というやつだった。
     オレだってヒーローを10年近くやっている以上、様々な仕事をしたことがある。街中に自分の顔のどでかい広告が出たこともある。最初は気恥ずかしく思っていたイベントに合わせたヒーロースーツを着ることも、カメラに向かってウインクすることも何なら投げキッスだってできるようになった。そういう姿を収めた写真、所謂ブロマイドがエリオス広報から発売されており、エリオスの収入源になっているということも当然知っている。ブロマイドだけではなくキーホルダーになったり、アクリルの板に印刷された謎のグッズになったり、最近はぬいぐるみになったりしているのも知っている。ブラッドのようなイケメンやジュニアのような子供ならともかく三十路男のぬいぐるみに人気が出るのかどうか全くの謎だったのだが、何故か完売して再販売したこともディノから聞いて知っている。
     だがそれが、同期で、腐れ縁の男の持ち物から出てくるとは誰が思うだろう。
     そのアルバムは最後の数ページ分を除いてすべての袋が埋まっており、その中に収められているすべてがこのオレ、キースマックスのブロマイド、もしくはオレが写った雑誌の切り抜きだった。最後のページには、1か月前にウエストの4人でインタビューを受けた際の雑誌のおまけについていたらしい、オレが上裸で写っている写真が収められ、その1ページ前には恐らく雑誌の切り抜きであろうものがご丁寧にブロマイドと同じ大きさの紙に張り付けられて保管されている。その前のページには折りたたまれた紙。これも見るにその雑誌のインタビュー部分だろう。
     その前には結婚式場で着たタキシード型のヒーロースーツのブロマイド。ポーズ違いと全身が写っているものとバストアップのものとオレのサインの形をした銀色の箔押しがされているもの……つまり全種類、が丁寧に収められている。ページを戻って、戻って、戻って……ルーキーの入所一周年の時のスーツ、定期的に撮りなおしているヒーロースーツ、ハロウィンのイベントで着た死神、夏のイベントで着た……と続き、そのアルバムに収められている写真がすべてオレのものだということを改めて確認する。一番初めのページに収められているのは、ディノが帰ってきてすぐのバレンタインの時の衣装だった。
     なんだこれ。いや、待てよ。これが№7だとしたら1~6もあるのか。いや、そうだよな。だってこれ1年分だもん。オレの勤務態度が最悪だったころはインタビューの類は一切なかったが、それでも季節のLOMばかりは逃げられなかったし……
    「そこで何をしている」
     オレが恐ろしい事実に気が付くのと、背後から恐ろしい声が聞こえてきたのは、完全に全く同時だった。
     はっとして振り返ると、制服の上からジャケットを羽織ったブラッドがこちらを怪訝そうに見ている。いつの間に帰ってきていたのか、全く気が付かなかった。
    「何か必要なものでも……」
     怪訝そうな顔のままオレの手元に視線を落としたブラッドが、オレが見ているものに気が付いて目を見開く。そのまま彼らしくもない仕草でオレの手元からアルバム(と言っていいのかは不明)をひったくったブラッドは、いつもの無表情のまま「見たのか」と低い声でオレに問いただした。
    「え、いや」
    「見たのか?」
    「いや、悪ぃ、ニンニク使おうと思ったらここのドア開いてて、閉めようと思ったらこれが置きっぱなしになってて、つい……」
    「見たのか」
    「見ました……」
     聞かれてもない言い訳をしていたが、逃げられない。最終的に目を目いっぱい逸らしながら頷いたオレに、ブラッドは「そうか……」と小さく呟いた。いや、どういう感情?
    「い、いや~……その、びっくりしたわ。それ、どうせディノとかオスカーのもあるんだろ? お前もマメだよな~もしかしてフェイスのもあったり? バレたら絶対微妙な顔されるから隠しとけよ~って、勝手に見たオレが言うのもなんだけど……」
    「いや、ない」
    「は?」
    「ディノのものも、オスカーのものも、フェイスのものもない」
    「え、あ、はい」
     ってことはオレのだけ? オレのブロマイドだけ収集してんの? なんで?
     思っただけのつもりだったが、口に出ていたらしい。視線をそらしながらオレの脇を抜けたブラッドが、キーケースから取り出した小さな鍵を使ってデスクの引き出しを開く。そこには今ブラッドが手にしているのとおなじ革張りの手帳サイズのアルバムが丁寧に収められていた。1~6のナンバリング済みだ。
    「趣味だ」
    「しゅ、しゅみ……?」
    「そうだ。いわゆる推し活というものだ」
    「オシカツ」
     何それ和食の名前か? なんかのフライにそんな名前があったよな。
     オレの方を一切見ずに再び引き出しに鍵をかけたブラッドは、まっすぐオレの方を向き直った。
    「忘れろ」
    「えっ」
    「今見たものは即刻忘れろ」
    「あ、はい……」
     ま、まぁこいつのプライベートスペースに勝手に入ったのはオレだし、うん。別に同期の男のブロマイドを集めるのは犯罪じゃないし、うん。ブロマイドなんて1枚数ドルで普通にショップで売られてるしな。何ならイベントの時はオレも手売りするしな、うん。おかしなことじゃないおかしなことじゃない。
    「いい匂いだ。今日のディナーは何なんだ? シェフ」
    「牛肉の赤ワイン煮込みとクレソンのサラダと、後はアヒージョと……」
    「美味そうだ」
     さっきの怖いくらいの無表情は夢か目の錯覚かと思うほどに穏やかな顔をしてブラッドが微笑む。薄暗い寝室からリビングへ戻った途端に、明るさに目がくらんだ。
     テーブルの上に置いていたスマートフォンが鳴っている。ディノからの今から向かうけれど、追加で必要なものはあるかというメッセージが、待ち受け画面に光っていた。
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