D4温泉旅 車の調達に成功したデスペラード四人衆が向かったのは鄙びた温泉街。
戦争前は賑わっていたのだろうが復興に汗水流している一般市民に余暇など取れなくなった。政権が変わろうが男女比が変わるわけでもなく大きな働き手になりうる男性への課税が大幅に上がったため独り身の女性以外には今の政府からの恩恵などほとんどなくむしろ困窮世帯が増えたのではと批判すら上がり始めていた。その皺寄せは観光業に大きく影響し、カップルや家族連れで楽しむ温泉地は閑散としていた。
「廃墟とはいわねえけど人いねえな。」
「いい温泉が湧いてるんですけどね。」
「人がいないほうが都合がいいですよ。」
「なあ、宿はどうするんだ。温泉に入るったってその辺から湧いてるわけじゃないんだろ。」
車の中でわいわい言いながら街を物色してまわる。景気の良かった頃を物語るように大きなホテルもあるし、外観がいかにも老舗を思わせるような旅館もある。当然大資本のところはちゃんとやっているのだがそういう所は中王区の息がかかっている。温泉好きな女が静かなところで休息を取るのに一役買っているからだ。
「デッケーホテルあんじゃん。」
「こんなとこには泊まれませんよ。」
「わかってるわ。」
「私の知ってるところに行きましょうか。今もあるかわかりませんが。」
そう時空院が切り出し運転手の有馬のナビをし始めた。
「時空院さんこんなところに来たことあるんですか。」
「幼い頃から毎年家族旅行で来ていたんです。私こうみえてお坊ちゃんなんですよ。」
時空院がどんな家の出なのかなんて一ミリも興味のない三人は誰も突っ込まない。そのままスルーし、ナビの時だけ言う通りに進んだ結果乗用車が数台停まることのできるくらいの駐車場についた。傍には建物もある。
「おい、ここかよ。」
「一応旅館っぽい、ですかね。」
古く趣のある建物。看板もあるにはあるが宿の名前も見えないくらい緑色の蔦に覆われている。その奥に少し見える庭は小綺麗に手入れをされているのでどうやら人は居るようだ。しかしどう見ても営業はしていなさそうな気配だ。時空院は「聞いてきます」と車を降りる。
「ちょっと!有馬さん煙草は外で吸ってくださいよ。」
「あ?俺ばっか運転させやがって文句言ってんな。」
「燐童は自分も吸うくせに人の煙草には厳しいな。」
「車内のにおいがこの匂いになるの嫌なんですよ。」
「谷ケ崎、燐童側の窓全開にしてやれよ。」
「窓?割ればいいのか。」
谷ケ崎が拳を握る。
「ちょ!自分で開けますよ‼︎」
車の中で三人がふざけているところに時空院が戻って車内をじっと見ていた。有馬がそれに気付き窓を開けると
「あれ、伊吹が燐童くんを殴るのを楽しみに見てたんですけど、しないんですか?」
「別に燐童をなぐろうとしてたわけじゃない。」
「そうなんですか。残念です。……あ、今旅館としてはやってないそうですが部屋は貸してくれるそうです。もちろん温泉も。」
営業していないなら好都合とばかりに車から降りる。窮屈な車内から解放され三人ともぐっと体を伸ばす。
ひと息ついてから旅館の玄関へ行くと小さなおばあさんが綺麗な着物で出迎えてくれた。
「おや、着替えたんですね。お綺麗ですよ。」
「丞武坊ちゃんのお友達がいらっしゃるのにおかしな格好はできないでしょう。」
親し気に女将に話しかける時空院と柔らかな笑顔で応える女将は微笑ましい。
「「「よろしくお願いします。」」」
女将のにこやかな表情に三人は思わず好青年のように挨拶をする。
「こちらこそ何もおもてなしできませんけどゆっくりしていってくださいね。」
と微笑み会釈を返す。
女将に案内された部屋は四人には少し広めの和室。客は取っていないと言っていたが掃除は行き届いていてとても綺麗だ。窓の外には自然の生み出す緑の芸術が広がっている。
有馬と谷ケ崎は躊躇もせず室内に入って行く。谷ケ崎は窓からの眺めに目をキラキラさせ有馬は茶菓子を物色している。
「へえ……いいお部屋ですね。」
燐童は部屋の戸口で室内をぐるっと見回している。
「ふふ、燐童君、なにかありますか。」
時空院が尋ねるが「べつに」と言うとやっと室内に入りスマホを取り出して何やらやり出した。
(さすが。警戒心強いですね。)
一見すれば普通の離れにある広い部屋。ただ少しコンセントの数が多い。通信環境も完備されている。そうした穴は壁と同化させたカバーが付いているので壁にしか見えないが。
子供の頃からこの部屋に何度も来ている時空院の親もまた機密を抱えていた軍人だった。家族サービスと称して隠密行動を取っていたと知ったのは時空院が成長してからだがこの部屋には面白い仕掛けが沢山あったことは子供の頃から知っていた。
「なるほど。時空院さん、ここは機材の貸し出しはあるんですかね。ホテルとかにはあるでしょう、ゲームとか。」
燐童はニコニコしながら時空院に尋ねる。
「聞いてきます。」
有馬が「燐童ゲームすんのか?俺と勝負しようぜ‼︎」と乗ってきた。「ゲーム、兄さんがいる時は結構やってたから俺も上手いぞ。」と谷ケ崎も食いつく。
「まあいいですよ。僕の方が強いですけどね。」
そんなやりとりを後ろに時空院は部屋を出る。
手にして帰ってきたのは最新のテレビゲーム。有馬と谷ケ崎は早速テレビに繋げている。
「はい。燐童君の好きそうなモノの鍵です。見つけたらいただけるそうですよ。」
と一枚のカードを二人の見ていないところで渡す。
「これを……どう?」
「宝探しです。」
にっこり微笑む。
「……わかりました。」
「おい!繋いだぞ‼︎」と燐童を呼ぶ声に「はいはい」と力なく答えながらテレビの前に座る。
「丞武もやろう。」
谷ケ崎が誘う。
「私は後ろでお菓子をいただきながら観戦してますよ。あ、余ってるの食べていいですか。」
好きにしろと有馬が時空院に吐き捨て谷ケ崎を急かす。
「有馬さんいつになくやる気ありますね。」
「ああ。ゲーム好きなんだよ。ぶち込まれてからは出来なかったから久しぶりだけどな。」
「得意なのは?」
「は?何でも出来んぞ。好きなのはFPSだけどな。」
ゲームがスタートする。
「……現実と一緒じゃないか?」
「まあな。どっちも強きゃいいだろ。撃つ音が好きだしな。」
「サイコパスですね。」
「テメーに言われたかねえよ。」
「時空院さんはゲームしないんですか。」
「ゲームはしないですね。映像使って索敵して撃つ擬似訓練はしてました。得意でしたよ。」
「それ、FPSだろ。」
「訓練ですよ。いつも一番でした。」
「時空院!こっち来い!やるぞ。」
谷ケ崎と有馬の対戦は続いている。谷ケ崎は画面に見入って話す余裕はなさそうだが、有馬は話しながらも戦況は優勢だ。
「あ!」
アイテムを逃した谷ケ崎が声を上げ、有馬の勝ちが決定。
「あーあ。」
「残念でしたね、伊吹。」
「余裕だな。ん?燐童なんだよそのカード。」
時空院からもらったカードをひらひらさせていたら思ったとおり食いつく。単純な有馬の習性を利用して全員にこのカードの挿し口を探させようと燐童は企んでいた。
「え?宝探しゲームですよ、リアルの。」
「宝探し?」
「宝ってなんだよ。」
「僕も何かはわかりませんが……有馬さんには宝ではないかもしれないですね。」
「は?」
「そうですね。有馬くんにはいらないものかもしれないです。」
「二人には宝なのか?」
「私も別に必要ないですね。燐童くんのオタカラです。」
「でもどこにあるかわからないんです。これの挿し口。」
「面白そうだな。」
身体を動かして探す方が向いている谷ケ崎はちょっと乗り気になっている。
「ハッ!バカバカしい。谷ケ崎はなんでも食いつくな。」
「なんでだ。謎は解きたくなるだろ。」
「謎は謎のまんまでいいだろ。」
「では有馬くんが負けたら一緒に探しましょう。」
とFPSのゲームを時空院が指差す。
「臨む所だ。」
「何で勝負します?キル数ですか?アシストも入れます?それともバトルロイヤルですか。」
「キルでいいわ。おっしゃ!狩るぞ‼︎」
有馬の目が爛々と輝く。
…………
結果は時空院の圧勝。
「なんでだ‼︎ナイフ狂に負けるのは納得いかねえ!」
「ナイフ投げても命中しますよ。有馬くんの銃捌きは雑ですからね。」
勝って当然と言わんばかりの煽りをかます。
「勝負に負けたんですから一緒に宝探ししましょうね、有馬さん。」
「ぐ……」
「そうだな。でも有馬も上手かったぞ。」
谷ケ崎の言ったことはお世辞ではなくバトルロイヤルの戦場は最後は二人になっていたのだから上手いのは確かだ。ただ時空院が異常なだけだ。
「クソ!あんな遠距離から100パー射抜くってどういうことだ‼︎」
「射程なんて関係ないでしょう。たまたま拾った武器がそれだっただけですよ。」
「さ、探してください。」
「探すってどこを。」
「ああ。この部屋のどこかです。」
「「「は?」」」
「なんだよ。燐童は知ってたんじゃないのか。」
「何も聞いてないですよ。」
「はい。何も聞かれなかったので言ってないですよ。でも割と難関ですよ、多分。」
にこやかに時空院が言う。
「本当に答え知ってんだろうな。」
「ええ。女将さんに聞いたのでバッチリですよ。」
何を探すのかはわからないがとにかくカードの入る穴を見つければいい。コンセントカバーを片っ端から開けていく有馬。燐童はじっくりと部屋を見回す。谷ケ崎は押し入れを開けて布団を出し始めた。
「ちょっと。なんで散らかすんですか。」
燐童の前に布団が山積みになっていく。出すのはいいがぐちゃぐちゃなのが気に入らない。
「突っ立って見てるお前に言われたくない。なにもないところに突っ立っててもあるわけがないだろ。」
「だからって……」
「当たり前だけどコンセントしかねえ。」
「んん?なんだこれ。」
何も無くなった押し入れの下の段で小さくなって収まっている谷ケ崎がなにかを見つけたらしい。三人で押し入れに集まる。押し入れの壁に僅かな隙間。上部に窪み。窪みに手を入れ引き出すと机になった。ライトも付いている。
「へえ。」
「じゃあ上にもなんかあんじゃねえか?この壁実は奥行きあるってことだろ。」
と有馬は言うが早いか上の段の布団をバサバサと引き落としだす。
「だから!一枚ずつ取り出せばいいでしよう‼︎」
「チッ。細けえこと言ってっからオンナどもに愛想尽かされたんだろ。」
「細かい思考がないとできないシゴトなんですよ!」
「有馬、何かあったか?」
「登って見ねえとわかんねえな。燐童、乗れよ。」
「はあ?なんで僕が。」
「登んのは楽勝だけど屈んで作業はキツいかんな。燐童なら余裕だろ。」
ニヤッと笑いながら燐童の上から下までを何も言わずに視線で確認する。
「……どういう意味ですかね。」
身長は若干気にしている燐童は引き攣った笑いを返しながら押入れの中板に手を掛ける。
「上まで抱き上げてやろうか?」
「結構です‼︎」
身軽に上段に乗っかると燐童は「え?」と小さく呟きそのまま立ち上がる。外から見た襖は標準サイズだった。部屋から見たら中も普通に思えたが上の天井は今燐童が立ち上がってもまだだいぶ余裕があるほど高い。目の前の壁のだいぶ上の方に小さなランプが点いている。その横にカードの差し込み口らしき穴。手を伸ばして見たものの届かない。背伸びしてギリギリ届くか届かないかのイヤな高さだ。
「有馬さん、谷ケ崎さん。」
「なんだよ。」
「……ちょっと手伝って下さい。」
有馬は上の段に登った燐童に興味はなく下にいた谷ケ崎と机の収納技術を二人で感心しながら弄っていた。二人呼ばれたが有馬は机の仕掛けに心奪われ生返事で終わり、仕方なく谷ケ崎が押し入れから外に出て上段を見ると燐童の肩より上が見えず一瞬ビクッとしたが
「立ち上がれるほど天井高いのか?」
と上段を覗き込む。
「はい。」
燐童は上を向いたまま返事をし、谷ケ崎が押し入れに登る。
「ああ。貸せ。」
燐童からカードを受け取り差し込み口に入れる。赤いランプが緑に変わった。
「クソッ!余裕で届いた。」
「?何がだ。」
「いえ。」
ピッと認証音がしてカチャッと何かの開く音がする。
「うお‼︎」
下段から驚きの声。
「なんか出てきた。PCか。」
「え?」
燐童が上段から覗き込む。
「うわ!何してんだ‼︎」
声の方に振り向いたら上下逆さまの燐童の顔があり有馬が驚く。
「ふふ。よく見つけましたね。燐童くんじゃ届かない所にスイッチがあるのでどうなるのかと思ってましたがね。」
「……届かないって。」
「言ったでしょ。私が子供の頃からこの部屋に来ていたって。コ・ド・モに届いたらマズイでしょう。」
「どういう意味ですかね。」
「さて。どういう意味でしょうね。とりあえずお宝ゲットですが、ちょっと見せてください。燐童くんも一緒に確認しましょう。」
と有馬が持っていたPCを時空院が取り上げる。宝探しが終わり有馬と谷ケ崎はまたゲームを始めた。
「「………………。」」
二人は静かにPCの検証を始める。女将が中王区のスパイである事も考えられる。与えられた物をそのまま言葉通りいただいてこちらの不利になる事は絶対に避けたい。ここにいるだけで存在通知はされているかもしれないからここからの足が着くのだけは避けたい。
「うわ!」
「クッソ!」
盗聴盗撮はされていないようだったが、万が一のカモフラージュとしてナチュラルにめいっぱい遊び倒してくれている二人の童心には内心感謝だ。もちろん二人にその認識は皆無なのだがそれがリアルで疑いを持たれることがないのはスパイ経験のある二人には好都合だ。
カチャカチャと色々調べ大丈夫そうだと二人は目を合わせ頷き同意する。
「いいお宝ゲットです。ちょうど欲しかったんですよね。小さな端末も有能なんですけどこれだけでは無理な事もありますから。」
燐童はPCの横にあったスマホを指差す。
「それは良かった。ちっちゃいのもいいですけど情報処理は複合させた方が効率的ですし、得意分野もちがいますしね。」
「……そうですね。」
「うおー‼︎負けたーー‼︎」
静かに話をしていた所に大声の有馬の声が部屋中に響いた。
「っし!」
これ見よがしにガッツポーズをする谷ケ崎。
「あちらは随分盛り上がってますね。」
「あんなに夢中になって何が楽しいんでしょうね。」
…………
星空を臨みながら四人で入る露天風呂。部屋風呂というには大きすぎるくらい立派な広さで風呂の周りには風情ある大きな岩と竹林。
「これで混浴なら言う事ねえんだけどな。」
「男同士水いらずもいいものですよ。ねえ、伊吹。」
「広い風呂はいいな。足も伸ばせるしな。」
「………………。」
「そうだな‼︎」
静かにポケーっと入っていた燐童に有馬が手で掬った湯をバシャッと顔面めがけて勢いよくかける。
「‼︎」
不意打ちにびっくりして「何すんだ‼︎」と声を荒げる。
「燐童の素のリアクション。珍しい。」
谷ケ崎の天然発言が飛び出すがイタズラした有馬は知らん顔だ。
「燐童くんはお風呂が好きなんですね。」
イラッとしている燐童に時空院がのんびりと話しかける。
「別に好きなわけではないですよ。身体が温まる感覚に無心にはなりますけど。」
「心までひえひえだからな、燐童は。あったまるのに時間かかるんじゃね?」
「有馬さんほど冷淡じゃないですけどね。あ、でも冷静さは皆無だからプラマイゼロですか。」
「?」
「ケンカしないで仲良く浸かりましょう。温泉なんて滅多に入れないんですから。」
「そうだぞ。なんか久しぶりにゆっくりだな。」
「そうですね。」
三人はほっこりとしているが有馬だけはそうでもないらしく「もう熱い!出る!」と一人風呂を出て行った。
「せっかちですね。」
「まあ性分だろ。」
「落ち着いてる有馬くんは気持ち悪いですしね。」
三人が部屋に戻ると有馬は一人で酒を飲み夕飯を突いていた。
「ちょっと、何勝手に食べてるんですか。」
「は?自分の分しか食ってねえ。」
「そういう問題じゃないですよ。」
「うるせえな。センコーかよ。」
燐童が注意しているそばから谷ケ崎も喉乾いたといいながらテーブルに置いてあった瓶のコーラを手に取りそのままゴクゴクと飲み始める。そしてお櫃からご飯をよそり一人勝手にいただきますと言って食べ出す。山盛りに盛られたご飯を片手に一口食べる毎に「うま!」と独り言を言っている。
クーっとなっている燐童の肩に時空院がポンと手を乗せ
「無駄ですよ。彼らは自由人ですから。さ、我々もいただきましょう。」
と座るよう促す。
美味しい料理と旨い酒は脱獄以来の至福で四人を上機嫌にさせる。
「伊吹も呑みますか?」
「いや。俺酒はいい。」
「呑めないんですか?」
「いや、兄さんが酔っ払ってたときにいい思い出がないから俺は呑みたくないんだ。コーラ美味いからこっちの方がいい。」
「にいさんにいさんてどんだけブラコンなんだよ。」
「有馬さん兄弟は?」
「わすれたわ。家族のことなんか。」
「一人が気楽でいいですよね。」
「居ても迷惑しか掛けないですからね、私たち。」
「そうそう。谷ケ崎も兄ちゃんより自分が生きてくことのがだいじたぞ。お前バカだから。」
「有馬に言われたくない。」
コンコンとドアが鳴る。時空院が出ると女将が立っていた。
「失礼します。お布団お引きしますね。」
とにこやかな顔で部屋に入ると酒盛り中の部屋を見てあらあらと言いながら少し座卓を端に寄せ
「これじゃ雑魚寝になってしまうわね。」
といいながら布団を敷いてくれた。敷きたての布団に有馬と谷ケ崎がゴロンと横になる。
「ふかふかー。」
「このまま寝れるのマジでしあわせ。」
とごろごろしながら呟いている。
布団を敷いて部屋から出ようとする女将に時空院がついていく。
「女将さん。挨拶せずに出て行っても嫌いにならないでくださいね。」
「ええ。いつでも待ってますよ。お風呂の電気は夜中じゅう点けときますね。」
「ありがとうございます。ご飯美味しかったですよ。」
女将は会釈をして部屋を出る。
「今の話、なんですか。」
立ち聞きしていた燐童が時空院に詰め寄る。
「窓の外見て下さい。」
真っ暗な景色が広がっている。
「昼間、あっちに高級ホテルがあったの覚えてます?」
「……ええ…………。」
その方向にも灯りひとつ点いていない不自然すぎる光景。勘の良い燐童は何かに気づく。
「僕らそんなに悪い事してないんですけどね。」
「中王区には高く評価していただいてるみたいですね。」
ピリッとした空気は寝そべっていた二人にも伝わる。さっきまでの時間が嘘のような緊張感に包まれる。
「まずは情報を仕入れましょう。」
燐童はそう言うと手に入れたばかりのPCを取り出す。時空院はポケットから小さな通信傍受の機械を取り出しイヤホンを耳に刺す。谷ケ崎が有馬にこの辺りの道を聞く。今まで運転していたのは有馬だが酒を飲んでいるため運転は谷ケ崎がする。有馬がこまかな道路情報を谷ケ崎に伝える。燐童所有の小型赤外線カメラをPCに繋げると一行は部屋を出る。露天風呂に続く戸口に四人の靴が丁寧に並べてある。それを履き時空院を先頭にして風呂の横を通り奥の竹林を進む。建物をぐるっと囲っている竹林には分かれ道がいくつかあったが時空院は迷わず進み、見覚えのある朽ちた看板の横から置きっぱなしの車に辿り着いた。
静かだが車の周りは囲まれている。赤外線ライトで様子を確かめながら作戦を遂行していく。こんな田舎の警察やらの包囲など振り切るのは容易だ。
静かに後部座席を開け、極力ドアを開けずに最初に谷ケ崎が運転席へ乗り込む。後部座席は本来二人掛けだが三人が後ろに乗り込んだ。勢いよくエンジンをかけ、ライトをハイビームにして一気に車道に飛び出し奇襲に成功。有馬に細かく叩き込まれた地図を脳内で駆使しながら追っ手を振り切り大通りまで出る。
しばらく走ってから「なんでバレたんだ」と谷ケ崎が言い出した。
「田舎は余所者がキライですから。見たことない車がやってない旅館に停まっているのは不自然ですから誰かが通報したんでしょう。そういえば女将さんからもうひとつプレゼントをいただいたんです。」
とコートの内側から出てきたのは偽造ナンバープレート。
「……あの方は何者なんですか。」
「軍のスパイだった方です。中王区の女性優遇より軍の方が待遇が良かったそうですけどね。ハニートラップがお得意だったそうですよ。まあ女性ですから中王区にも恩恵受けてらっしゃいますけど。」
と時空院が女将の素性をバラす。
ナンバープレートをつけ替えてデスペラード達はまた旅に出る。