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    おもち

    気が向いた時に書いたり書かなかったり。更新少なめです。かぷごとにまとめてるだけのぷらいべったー→https://privatter.net/u/mckpog

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    おもち

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    PsyBorg。指輪の話。メリークリスマス!

    #PsyBorg

    彼が眠っている間に気が付かれることなく触れることは簡単だった。眠りが浅いし人の気配には敏感だと、付き合い始めたばかりの頃は一緒に眠ることにすこし緊張していたらしい彼も、今ではすっかり俺と眠ることに慣れていたから。いつもなら穏やかな寝息を立てる彼の隣へすぐに潜り込んで無意識で俺のことを抱き寄せる彼に一人ニヤけたりしているのだけれど、今日はとある用事を手早く済ませてスマホのメモ帳に忘れないよう書き込んでから、俺はようやくベッドに入った。見つめた彼の寝顔は少しの変化もない。ぐっすり眠っている可愛らしい恋人に触れるだけのキスをして、俺も静かに目を瞑った。彼の腕の中は、どこよりも寝心地がいい。
    知り合いを最大限に活用して良いアクセサリーを作ってくれるという人と繋がり、何回かのミーティングを経て数ヶ月後に俺は特別なアクセサリーを手に入れた。予想していたよりうんと良い出来のそれは予定より少し高くついたけれど、必要経費だ。問題はない。引き出しの奥にしまい込んだそれを一人きりの時に何度も取り出しては光に当てて煌めきに酔いしれる。飽きることなく美しく、という俺の理想論のような要望を、腕のいい職人は見事に叶えてくれていた。
    渡すタイミングについてはこれを注文して出来上がり時期を教えてもらってからずっと考えていた。だって、絶対に素敵にしたい。いくつになっても記憶から消せないくらいのやつがいい。離すつもりは全くないけれど、もしそうなったとしても他の誰かじゃ超えられないくらい最高の思い出にしてやる。タイミング的にその舞台に相応しいのは年の暮れ、街中が忙しなくそわそわとしてみんなが浮かれているクリスマスだった。
    良いホテルの良いレストランはその日はすでに予約でいっぱいになっているようだった。いくつかあたってみたけれどどこもクリスマスの夜は空いていない。それでも諦めずに日を空けて確認したり、ホテルじゃなくても立地のいいレストランとか品のいいバーとかをひたすらに探し続けて、俺はとうとう希望していたレストランでクリスマスイブの夜の予約を取ることができた。ありがとう予約をキャンセルした誰かさん。俺があなたの代わりに素敵な夜を過ごすよ。
    クリスマスは元々二人で過ごす予定で、行きたいレストランを予約したから一緒に行こうと誘えば彼は何も疑うことなくオーケーしてくれた。二人で出かける時は俺が服を選んであげることも多く、「今日はこれね」とフォーマル寄りな服を渡したあと俺がいつもより念入りに準備していれば彼はようやく何かを察して「俺も髪とかなんかした方がいいか……?」と聞いてきたから、鏡の前に手招いて前髪を上げた色っぽく男らしい髪型にセットしてあげた。我ながら上手くやりすぎだ、こんなかっこいい人みんな一目惚れしちゃう。鏡越しに目が合った彼が不思議そうに首を傾げて「浮奇?」と俺の名前を呼んだ。
    「……かっこよすぎる」
    「ふ、なんだそれ。浮奇こそ、綺麗すぎる。今日はいつもよりキラキラだな」
    「……クリスマスだから」
    「可愛いよ。俺がおまえに見合ってたら良いんだけど」
    「こっちのセリフだよイケメン」
    「サンキュー?」
    くすくす笑う彼の髪をかき分けうなじにキスをした。軽く吸い付き簡単に消えてしまいそうなキスマークをつける。
    「浮奇」
    「なんもしてないもん」
    「……」
    「見えない場所だから大丈夫。……ん、準備オッケー。俺ももうすぐ終わるから待ってて」
    「ごゆっくり」
    鏡の前を俺に譲り、彼はソファーに腰掛け本を開いた。分厚くて重そうなそれは彼がここ最近時間ができるたびに読み進めていたもので、残りはもうわずかだった。彼が読み終えてしまう前に準備を終えなければ。
    彼と初めて会った時のように丁寧に、あの時よりももっと魅力的になるようメイクを念入りにして、髪も彼と見合うようキメてみた。うん、悪くないんじゃない? 香水をつけてから彼の様子を伺えば幸いまだ本を読んでいるようだった。待たせずに済んだかな。
    「ふーふーちゃん、お待たせ」
    「あ。……ああ、やっぱり、綺麗だな」
    「えへへ、ありがと。ね、ふーふーちゃんも立って」
    「うん?」
    立ち上がった彼にぎゅうっと抱きつき、首筋や手首を彼の体に擦り寄らせる。直接俺の香水をつけるより、こうしたほうが彼の香水の香りに俺のが混ざって好きなんだ。俺のしていることに気がついたらしく体の力を抜いた彼は、俺の真似をするようにぎゅうっと抱きしめてくれた。うん、俺も、きみの香りをまといたい。
    「……出かけたくなくなる」
    「ふふ、せっかくオシャレしたんだからデートしよ?」
    「わかってるよ。……でも今日のおまえは可愛すぎる」
    「ふーふーちゃんだってかっこよすぎ。俺がやったんだけどさ」
    「ああ、今日の俺はおまえのためだけにいるよ」
    「……大好き」
    「俺は愛してる」
    なんで今日はこんなに素直なわけ? 出かけたくなくなる、は俺のセリフだ。でもバッグの中に隠したアレを彼に渡すために、それとせっかく予約が取れたレストランの美味しい食事を無駄にしないために、今日は彼とベッドに逆戻りはできない。
    「……行こ?」
    「ん、でも出かける前に一回だけ、リップを直す時間くらいあるだろう?」
    「……」
    アイラブユーを言いながら、俺は彼の唇に噛みついた。

    ホテルの高層階にあるレストランで夜景のよく見える席に着いてから、彼は俺を睨みつけるように見た。なに?と首を傾げて返す。
    「こんな高いところだなんて聞いてない」
    「サプラーイズ。素敵なレストランでしょ?」
    「俺はこういうところでの所作を知らないぞ……テーブルマナーだって最低限の知識しかない」
    「いや、全然問題ないって。むしろ慣れてるくらいに落ち着いて見えてちょっとびっくりしたんだけど?」
    「見せかけだけだ」
    「見せかけができれば十分だよ。みんな見せかけだけだもん」
    「……」
    「心配なことがあったら俺が教えるし、……ていうかあなたの前にいるのは俺だけだよ。食べるのが上手で綺麗に食べることは知ってるし、食器の使う順番なんて気にしなくていい」
    「……おまえに一番、格好つけたいんだ」
    「……そのままのふーふーちゃんが世界一かっこいいよ」
    本心からの言葉なのに彼は納得してない顔をして、でもドリンクをサーブしにウエイターさんが近づいてくるとすっと表情を緩めた。高級レストランなんていつも来てますって感じの余裕のある雰囲気。見せかけだけだなんて言うけど、やっぱりそれで十分だと思うな。
    アミューズからオードブル、スープ、ポワソンと順々に出てくるコース料理を食べていけば彼も少しずつ緊張が解けていくようだった。魚にかかったソースが美味しいと笑みを浮かべていて可愛らしい。どの料理も期待通りにとても美味しくて俺も幸せな気分になった。口直しのソルベを食べてアントレを食べてる途中でお腹いっぱいになってしまった様子の彼に「おいしすぎる、もっと食べたい」とわりと本気で言って、彼の分も俺が食べ切った。
    「ありがとう」
    「ふーふーちゃんに気を遣ったように見せて本当に俺が食べたいだけなんだけどね」
    「ふっ、うん、それでもありがとう。浮奇がおいしそうにたくさん食べているところを見るのが好きだよ。せっかくのおいしい料理を残したくはなかったし。だから、ありがとう」
    「……ふーふーちゃんは優しすぎる」
    「おまえが言うか?」
    「俺は優しくないでしょ、自分のことしか考えてないよ」
    「そうは思わないよ。俺だけじゃなくみんな、浮奇がすごく優しいって知ってる」
    「……デザート楽しみだな〜」
    「ふふ……ああ、俺が食べ切れなさそうならまた食べてくれ」
    「甘いものは別腹でしょ?」
    肩をすくめて見せる彼に俺はわざとらしくぷくっと頬を膨らませ、数秒視線を絡めて俺たちは同時に小さく吹き出した。くすくす笑う俺たちをウエイターさんは礼儀正しく無視してベリーとピスタチオでクリスマスカラーに仕上げられたデセールをサーブしてくれた。思わずわぁっと声を上げ、彼が優しい笑い声をこぼす。
    「可愛い」
    「ね、めっちゃ可愛い……」
    「……ああ、デザートじゃなく、浮奇が」
    「……、……酔ってる?」
    「そう思いたいのなら」
    「やだ。酔ってないで、いつも俺のこと可愛いって言って」
    「言ってるだろう。いつでも可愛いよ、自慢の恋人だ」
    「……やっぱり二人きりの時にして」
    「ふ、うん、そうしよう」
    すっかり緊張が解けていつも通り俺をからかってくる自慢の恋人と反対に、俺は心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい緊張していた。せっかくのデザートの味が分からなくなるのは勿体無い。彼にバレないように静かに深呼吸してからデザートを味わったけれど、やっぱりずっと心臓がうるさい。甘過ぎず食べやすいそれを彼は全部食べ切れそうだったのに、俺の食べるスピードが遅いことに気がついたのか「俺のも食べていいぞ?」とお皿を俺の方に押してくれた。食べ終わるのが惜しくてチビチビ食べてるわけじゃないんだけど、うまい言い訳も思いつかなくて「ありがと」と返す。
    「浮奇? どうかしたか?」
    「んん……待って、ちゃんとしたいから、もうちょっと時間をちょうだい」
    「うん……? もちろん、ゆっくり食べていいよ」
    「ありがと……」
    デザートを食べ終えたら、渡す。デザートはここのラウンジでも同じようなものが食べられるはずだから今度それを食べに来よう。
    可愛いデザートへの名残惜しさを振り切ってパクパクとお皿の上を綺麗にした。彼にもらったものも食べ終えたら空になったお皿が下げられ、テーブルの上がすっきりする。食後のコーヒーは、彼の前にはコーヒーの代わりに紅茶が運ばれてきた。「おいしかったな」と微笑む彼をジッと見つめる。
    「うん?」
    「……ふーふーちゃん」
    「ああ」
    「……目を瞑ってて」
    「……オーケー?」
    優しいその人は何を聞くこともなくスッと目を瞑った。ほんと、俺には勿体無いくらい良い人だ。だから絶対、俺が幸せにする。
    席から立ちバッグの中から出したケースを手に彼のすぐ横へ歩み寄った。指に触れ、ピクッと震えた彼の手を優しく包んで上に向ける。
    「目、開けて」
    「……」
    「ふーふーちゃんは指輪とかしないかなって思ったから、一応サイズは合わせたんだけどネックレスにしても良い感じのデザインにしたんだ。もらってくれる?」
    「……も、もらう」
    彼の手の上に乗せたリングケースには彼のと俺の、ふたつのリングが収まっている。大きい方を出して彼に見せれば、彼は目を丸くしながら反対の手を俺に差し出した。
    「よかった。つけてあげたい。ネックレスにするから待っててね」
    「あ、いや、ネックレスじゃなく」
    「……指にする?」
    「……せっかくだし」
    「……じゃあ、俺がはめていい?」
    こくんと頷いた彼を今すぐに抱きしめて顔中にキスをしたい気持ちを抑え、ぎゅっと手を握った。彼もすこし照れているのか、ぎこちない笑みで俺の手を握り返してくれる。なんの迷いもなく差し出された左手に心臓が締め付けられるような気持ちになりながら、彼の指輪を薬指にはめた。
    「浮奇も」
    「うん」
    同じように差し出した左手を彼が受け取り、俺の薬指に指輪をはめてくれた。嬉しくて幸せなのに、ぼろっと涙がこぼれ落ちて思わず彼の手を振り払い両手で顔を覆った。
    なんでもない、ごめんね、と呟いた言葉を彼は受け入れてくれず、立ち上がって俺のことを抱きしめた。外で触れ合うことが得意ではないのに、優しく胸に抱き寄せられて離れることができない。
    「ごめんね、すぐ、離れるから」
    「いいよ、ちょうど浮奇のことを抱きしめたかったところだ」
    「うう……だいすき、あいしてる」
    「ああ、俺も愛してるよ。指輪、ありがとう。びっくりした」
    「ん、へへ……サプライズ、成功だね」
    「大成功だよ。そっちが泣くとも思わなかったし」
    「それは失敗のとこだから忘れて」
    「一生忘れない」
    顔を上げると幸せそうに笑う彼と目が合った。一生忘れないでくれるなら、この涙も無駄じゃないかな。俺が大好きって言う前に、彼が「大好きだ」と囁きをくれる。また溢れ出しそうになった涙を堪えて唇を噛んだ俺にちゅっと一瞬キスを落とし、彼はすぐにそっぽを向いた。照れて耳が赤くなっているのが可愛くて仕方なかった。
    「目立っちゃったし、そろそろ帰ろっか」
    「……ああ。悪い、俺が好き勝手して」
    「悪いことなんてひとつもないよ。俺がふーふーちゃんにされることを少しでも悪いと思うはずないんだから」
    「……俺も、同じだよ。浮奇がすることは全部嬉しい」
    「……家、帰ろ。……はやく二人きりになりたい」
    最後にぎゅっと彼に身を寄せて、大好き、と囁いてから一歩後ずさった。キスをしたいって顔をする彼に笑ってしまいそうになったけど、俺だってきっと同じ顔だ。
    「行こ!」
    「……ああ」
    指輪のはまった手で彼の手を取ると彼の指がかすかに俺の指を擦った。そこにある指輪の存在を確認するかのような仕草に愛しさが募る。大好きと愛してるをもっとたくさん伝えたい。早く俺たちの家に帰ろう。今日は特別なクリスマスイブの夜だから。

    一人きりで眠らなきゃいけない時よりうんと早く眠りについたけれど、それでも俺が起きたのはもうすっかり日が昇っている時間だった。枕元に置いてあるスマホに手を伸ばして時間を確認し、なんとか午前中に起きれたらしいことに息を吐く。当然隣に彼はおらず、撫でてみたシーツにすでに温もりはなかった。
    ふと、なにか違和感を感じて目を瞬かせた。なんだろう、何かがいつもと違う。彼と二人で過ごした日の朝だから? すこしの体の怠さはむしろ心地良いくらいだ。クリスマスだからといって俺の枕元にサンタクロースからのプレゼントはない。いつも起きる時と陽の入り方は違うけど、そうじゃなくて……。
    「……え」
    思わず、声を漏らしてしまった。昨日彼にはめてもらった彼とお揃いのペアリングの隣、寄り添うようにピッタリともうひとつリングがはまってる。俺のものではない、初めて見たもの。昨日の夜は確かにひとつしかはまっていなかったのにそこにあるということは、間違いなく彼が俺につけてくれたのだろう。……彼が、指輪を?
    バッと飛び起きてベッドから転がるように降り、寝室の扉を思い切り開きリビングに視線をやる。あたたかそうな暖炉の前で彼の愛犬が丸まっていて、その子のすぐ横で彼があの分厚い本を読んでいた。
    「ふーふーちゃん!」
    「ん、おはよう浮奇。よく眠れたか?」
    「これ! なに!」
    手を突き出して彼にふたつ目の指輪を見せつければ、彼はイタズラが成功したこどものように可愛らしい笑みを浮かべながら立ち上がり左手を俺に向けてきた。彼の薬指にも、指輪がふたつはまってる。
    「サンタクロースからのクリスマスプレゼントかもな?」
    「……かっこよすぎる……」
    「おまえには負けるよ。なあ、浮奇、もう泣かないでほしい」
    「泣いてないもん……」
    「可愛い顔で笑ってくれ、ベイビィ」
    「……泣いてたって可愛いでしょ、べいびぃ」
    「ふ、ああ、もちろん。いつだって可愛い、自慢のパートナーだ」
    「……こっちのセリフだって、もう」
    ぐしゃぐしゃな泣き顔を誰よりも彼に見られたくないのに、彼にだけはどんな顔でも見せられる。優しく抱きしめられると生まれてきて良かったと心の底から思えた。俺は、あなたに会うために生まれてきたんだ。
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