夜更かしな恋人は今日もいつも通り、夜中の零時を過ぎてものんびりした様子でネットサーフィンに励んでいた。つい数時間前に配信を終えて遅い夕飯を食べていたからまだまだ眠るつもりはないのだろう。
いつもならそんな彼を横目に朝から配信がある俺は一人ベッドに入って眠りにつくけれど、数日連続で休みを取ったため今朝は浮奇と共に昼過ぎまで布団の中にいて、まだ眠気が来ていない。明日も起きる必要がないのだから珍しく夜更かしをしようという気にもなるものだ。
風呂から上がったばかりで濡れた髪をタオルで拭きながら、俺は彼が寛ぐソファーの隣に腰掛けた。何も言わずに俺に寄りかかってきてくれる、猫のような可愛い人。
「浮奇」
「んー……」
「最近、朝まで起きてることが多いよな」
「……ん、そうだね。早く寝なよって話?」
「それも思ってるけど、浮奇の生活は浮奇の好きにしていい。そうじゃなくて、今日も、まだ眠らないだろう?」
「うん、えっちする?」
「……昼間しただろ」
「昼間したら夜しちゃダメなんてルールはないよ。でも、なぁに、何かしたいことでもあるの?」
「……これから出かけないか?」
「えっ?」
目を丸くした浮奇が俺を見上げたから、ついその唇にキスをしてしまった。すぐに離せば浮奇からも食べるようなキスをされる。少しの間勝敗のつかないやり合いをして、浮奇が俺の肩を押したところで唇を離した。乱れた呼吸を整えてから、浮奇の瞳が俺を見つめる。
「出かけるって? もうここらへんに開いてるお店ないでしょ?」
「ああ、そうだな。街に出てもこんな時間に開いてるのは飲み屋くらいだろう。酒なら家で二人で飲む方が好きだ」
「俺も。じゃあ、どこに行くの?」
「車を出すから、深夜のドライブをしないか?」
パチパチと音がしそうな瞬きを数回してから、浮奇は「する!」と元気に返事をして俺に抱きついた。
鼻歌を歌ってご機嫌な恋人に髪を乾かしてもらい、服を着込んで厚手の上着に腕を通す。眠っているならそのままで、と思っていた愛犬は俺たちが出かける準備をしていることに気がつきキラキラした目で見上げてきたから、彼用の毛布を後部座席に用意して連れて行くことにした。
化粧直しをして出かける準備をした浮奇の手を取り助手席にエスコートすれば、彼は俺が運転席に座った途端飛びつくように抱きついてきて「だいすき!」とはしゃいだ声で言った。笑い声を返して彼の肩をポンポンと叩き、顔を見合わせてから「俺も好きだよ」と甘い言葉を返す。浮奇はとろけた瞳で俺を見つめ唇を尖らせた。
「ベッドに戻りたくなっちゃう……」
「帰ってきてからだな」
「言ったね? 眠いって言っても寝かせないから」
「寝るためにベッドに入るんだろう」
「黙りなビッチ。……ふ、ふふ、ねえ、あのね、こんな時間にふーふーちゃんと出かけるなんて、ワクワクし過ぎてテンションやばい。ずっとニヤニヤしてるかも。マフラーしとこうかな」
「可愛いからそのまま笑っててくれ。浮奇が楽しんでくれててよかった。じゃあ、行こうか。まずは一旦街の方に行ってコンビニで食料でも調達しよう」
「あんまり俺のこと夢中にさせることばっかり言うと信号で止まる度にキスしてやるからね?」
「残念だな、ここらへんは信号がほとんどない」
ガレージから道路に出て、人も車も見える範囲に全くいない田舎っぷりに笑いながら車を走らせた。信号機と出会えるのはちょっと先だな。それまで浮奇のキスはお預けか。
チラリと隣を見れば浮奇はスマホで写真を撮っているようだった。
「何かあったか?」
「ううん、プライベートのSNSに投稿するだけ。『彼氏とドライブ』って、自慢するの」
「ふ、それ自慢になるか?」
「なるよ! めちゃくちゃかっこよくて優しい彼氏が深夜のドライブデートに誘ってくれただけで浮かれちゃうのに、運転してる横顔は世界一かっこいいなんて……自慢しないでどうするの?」
「俺の写真も撮ったのか?」
「撮ったけどそれは誰にも見せてあげない。車の中の写真だけ、外もちょっと写ってるけど暗くて場所は特定できないしいいでしょ?」
「ん、まあ、プライベートの方だろ。浮奇の友達しか見ないならそこまで気にしないで大丈夫だよ。これもある意味職業病だよな」
「だね。じゃあ投稿しちゃお」
顔を見ることはできないけれど、声を聞いているだけで浮奇の幸せそうな表情が頭に浮かびつい口角が上がる。他に車もいない道を走らせるのも楽しいし、隣には機嫌のいい恋人がいるし、バックミラーで確認した後部座席では愛犬がスヤスヤと眠っている。プッと噴き出した俺に浮奇が「なに?」と言い、俺は片手をハンドルから離して後ろを指した。
「あんなについてきたいアピールしてたのに、もう寝てる」
「ん? あは、本当だ。いつもは寝てる時間だもんねぇ。外も暗いし、動き回れないし、この子は寝てるのが一番かも」
「そうだな。浮奇は大丈夫か?」
「うん?」
「変わり映えしない景色だと飽きて寝てしまうかな」
「……隣にふーふーちゃんがいるのに?」
「それが一番変わり映えしない」
「一生変わらなくていいし、一生大好きだもん」
可愛いことを言ってから、浮奇は「うー」と唸り声を上げた。じっと様子を見てあげることができないから、すぐに「どうした?」と声をかける。
「ぎゅーってしたいしちゅーしたいけど、運転中はなんもできない……」
「ああ……事故を起こしたくないから頑張って我慢してくれ」
「早く信号ある場所まで行って……」
「止まったらキスだっけ?」
「楽しみだね」
「人がいないことを祈ってるよ」
「いてもいなくても関係ないから覚悟しといて」
「浮奇は本当にやりそうで怖い」
「うん、本当にやるからね」
顔を見ることも触れることもできないから、いつも以上に言葉を交わして、浮奇の視線を感じながらまっすぐに車を走らせる。ようやく出会ったひとつ目の信号が青で浮奇が盛大に舌打ちをしたら後部座席で愛犬が驚き飛び起きて、俺たちは車内を笑い声で満たした。
何があるのかよく見えない暗いだけの夜道から、煌々と灯りをつけている深夜営業の店や電飾のついた看板もあるエリアに入ると、愛犬は食い入るように窓の外を見つめた。夜の散歩もするけれど家の周りは明るい場所が少ないから珍しくて興味があるのだろう。
「コンビニここらへんにあったよね」
「ああ、たぶん……あ、あった」
「あーあ、信号一回も止まらないで来れちゃったよ。おかしくない?」
「他の車が全然いなかったから飛ばしてたしなぁ」
「わざと信号が多い道選んでくれてもよかったんだよ、ふーふーちゃん?」
「ああ、その手があったか」
くすくす笑いながらコンビニの駐車場に車を停め、シートベルトを外して助手席に身を乗り出して浮奇の唇を奪う。驚いてる顔も可愛いけれど、運転中で見られなかった楽しそうに笑ってる顔も見たいな。
「……ふーふーちゃん」
「もう誰に見られるか分からないから、終わり」
「一回も二回も変わらないって! もう一声!」
「あとは信号で止まったらな」
「やだ、たりない、ハグもしてよ」
「……案外思い通りにいかないもんだな」
「なにが、っ!」
可愛い顔でおねだりをする恋人と二人きりなのに、車の中は密室というには開放的過ぎる。いくら夜でも全く人通りがないわけじゃない。運転する時には絶対に必要な大きなフロントガラスを今だけ塗りつぶしてしまいたかった。
そんなことできるわけがないから、俺は助手席の横にあるレバーを引いて、浮奇の肩をグッと押した。途端に背もたれが倒れ、後部座席で寛いでいた愛犬を少し驚かせてしまった。ごめんな、と一言声をかけてから浮奇に視線を戻せば、倒されたシートの上で期待に満ちた瞳で俺を見上げている。
「ふーふーちゃん、これなら誰にも見つからないね?」
「すぐ近くを通られたら見えてしまうだろうけど、……少しの間ならバレないだろう」
運転中見られなかった分も、浮奇の可愛い顔をたくさん見せてくれ。