出会いと別れビューガが足を止めたのは、小学校の前だった。
「…ここか」
ビューガの視線の先には、窓が半分開いた教室があった。そこからピアノの音が聞こえてくる。
子どもがピアノに向かっている。ビューガに背中を向ける形だ。
子どもはビューガに気付いているのかいないのか、演奏を続けている。ゆったりとした曲調が、激しい曲調に変わった。
別の曲になったのだろうか。ビューガには分からない。
激しい音。足元が不確かな気持ちになる。
子どもの手が、鍵盤から離れて膝に置かれる。それから、子どもは振り返った。
「…なんか用?」
驚きもしない。ビューガは窓から離れ、ピアノに近づく。
「もう一度聞かせてくれ。最初からちゃんと聞きたい。今のは…何曲か続けて弾いていたのか?」
「はは、1つの曲だよ。構わないぜ。座るんならその辺の椅子出しなよ」
「いや、いい」
子どもはまたピアノを弾き始める。
ゆっくりした曲調、激しい曲調、ゆっくりした曲調。これは一体、どういう感情が込められた曲なんだろうか。その曲を、この人間はどんな気持ちを込めて演奏しているんだろう。
ビューガは疑問に思うが、答えなど見つかるはずもなかった。
ただ、先ほども感じた足元がなくなったような感覚は、落ち着かないが嫌いではなかった。
子供の手が鍵盤から離れ、膝に戻る。
「これで1曲。満足か?」
「あぁ。お前は今まで俺が聞いたどの人間の音よりも、強くて激しいな」
「まぁそういう曲だし」
「お前の性質の話だ」
「はぁ、そう」
「俺はビューガ。スパイクの神だ」
「永遠井ライトだ。スパイクの神様なら、校庭を走り回る方が好きそうだけどな」
「神とはそういうものだ。音楽とは神を…いや、それはいい。ライト、最強に興味はないか?」
「何、なんかの勧誘?」
「俺は最強の神になる。ライトの力があれば、俺は最強になれる。協力してくれ」
「…前向きに検討してやるよ。とりあえずここ閉めなきゃいけないからさ、帰りながら、詳しく聞かせてくれよ」
「分かった」
鍵盤の蓋をしめるライト。
「あ、窓閉めて鍵かけといて」
大人しく従うビューガ。
「あれ、俺今神様のこと顎で使った?」
「顎で使われた覚えはない」
「さっきの曲は、なんという曲だ」
「エチュード集第3番」
「…エチュードとはどういう意味だ」
「練習曲のことだよ」
「…簡単な曲ということか?」
「さぁ、どうだろうな。エチュードは2種類あって、技術習得の意味でそう呼ばれてる曲と、曲として完成された…ははっ、ビューガには最強って言った方が分かりやすいか? 曲として最強だからそう呼ばれてる曲がある。第3番は最強の方。で、何。気に入ったのか、あの曲」
ビューガは首をかしげる。
「…ライトが弾いていたからじゃないか?」
「随分ストレートに褒めるな」
「別に賛辞のつもりはない。俺もよく分からんが…とりあえずライトの力がすごいことは確かだ」
「はぁ、そりゃ光栄だ。…あ」
「どうした」
「はは、思い出した。エチュード集第3番って、多分違う呼び方の方が一般的なんだ」
「そうか」
「『別れの曲』」
ライトは楽しそうに笑った。
「はは、『別れ』で寄ってきた神様か。なんかいいな」
「全く分からん」
「あれ、面白くない? 『別れ』で出会うの」
「…人間の感覚は分からん」
「そう」
日が沈む。昼と夜の真ん中で、ライトは笑っていた。ビューガは隣に並んで歩き、ようやくカミズモウの説明を始めた。