激弱ビュガくんネタ(未完)ビューガの拳は震えていた。怒りであり、屈辱であり、無様だった。
人間の怒りを含んだ声と、そのゴウリキシンの声がする。こみ上げる感情を抑えきれないビューガは、その言葉を聞き取る余裕はなかった。
だが、その次に発せられた永遠井ライトの声ははっきりと耳に入ってきた。
「ホントのことじゃない? アンタらも弱かったけど、ビューガだっけ? そいつも俺が太鼓叩くまで弱かったじゃん」
拳をさらに握り、ビューガは強く目を瞑った。
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ビューガは目的を果たし、ふう、と息を吐く。
「なあ、この川、食える魚なんているのか?」
まるで慣れた相手に話しかけるような声色が自分に向かって投げかけられたように感じ、ビューガは顔を上げ振り返った。
捕らえた魚を入れるためビューガが置いていたバケツの横に、人間が立っていた。子どもだ。
ビューガは魚を捕えるため、腿くらいまでの深さの川の中腹に入っていた。数分前から川岸に人間がいることは認識していたが、神通力のある人間にしかゴウリキシンは見えない。騒ぐ気配もないため、神通力のない人間がたまたまそこにいるのかと思い、気にしていなかった。
子どもはポケットに手を突っ込み、ビューガを真っ直ぐに見ている。何が楽しいのか、唇の端を上げて笑っている。
「…お前、俺が見えるのか」
「はあ? 見えてるけど。何その質問」
ビューガは川辺へ歩き、握っていた魚をバケツに入れる。
バケツの中で魚がゆらりと動き始める。先に捕まえていた1匹と併せて2匹の魚が、ゆっくりと漂っている。
人間は興味の欠片もなさそうな顔でバケツの中を覗き込んだ。それからまたビューガに視線を戻す。
「なあ、お前宇宙人か何か?」
「いや。神だ」
「へぇ、そう」
その声色もまた、興味がなさそうに聞こえた。
人間は「神様も腹が減るのか?」と、最初の質問と同じようなことを口にする。
ビューガはそこでふと、目の前の人間から何か強い力を感じ取った。
ーーー神通力! しかも、強大な!
ビューガは目を見開く。
目の前にいるビューガに興味があるのかないのかはっきりしない人間は、強大な神通力の持ち主だと感じ取った。
「お前、俺の親方になれ!」
バケツを覗き込んでいた人間が、またビューガに視線を戻してきた。
人間は目を丸くしていて、それから眉毛を下げた。
「…うーん、まあ、話くらい聞いてやるけど? どうせ暇だし」
ビューガが話し始めるより先に、ビューガの腹の虫が鳴いた。
「はは、いいよ、食べながらで」
ビューガは火を起こし、捕らえた魚を焼きながらゴウリキシンとカミズモウの説明をした。
人間は特に大きな反応を示さないまま、ビューガの話を聞いていた。
人間にはご利益の話の方が興味があるのだろうか、と、ビューガはご利益についても説明する。しかし、人間の表情は特に変わらなった。
「ご利益ねぇ。特に興味はないけど…」
それから人間は笑った。
「カミズモウってのはちょっと興味あるかな。面白そうだ」
「そうか」
焼けた魚に食らいつく。ビューガはもう1匹を人間に薦めてみたが、人間は「俺はいいから、早くお前の腹の虫を黙らせたら?」と笑った。
「で、食べ終わったらやらせてよ、カミズモウ」
「…いいだろう」
ビューガは少し迷ってから、それでも快諾した。それ以外の選択肢は、ビューガにはないのだから。
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その後、ビューガは人間に人の多いところに案内させた。カミズモウの相手を探すためだ。
「あぁ、そっか、お前ひとりじゃカミズモウ出来ないのか」
「戦うことがカミズモウだからな。手頃な相手が見つかればいいが」
「手頃?」
その直後、ビューガはゴウリキシンを見つけた。声をかけると、そのゴウリキシンには親方がいるらしく、これから合流するところだと言う。
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「はっけよーい…のこった!」
行司の掛け声と共に、ゴウリキシンはビューガとの距離を詰めてきた。
「くっ」
ビューガは咄嗟に腕でガードする。その上から相手の張り手が繰り返される。向こうの親方が神太鼓を叩き続けている。一瞬の溜めの後、重い張り手が繰り出される。腕がしびれる。
「ふーん、これがカミズモウか」
場違いなほどのんきな声が聞こえてきて、ビューガは首だけそちらに向けた。
「おい! 神太鼓を叩け!」
ビューガの叫びに、ライトは笑うだけだった。
「まぁまぁ。最初くらい様子見させてよ」
「ぐっ…」
神通力の援護がない状態で、ビューガは一方的に押されていた。
相手のゴウリキシンは親方の神通力を送られ続けていて、パワーはどんどん上がっている。
連続の張り手に押され、もうあと一歩で押し出されようという時。
---ドォン!
ようやくライトが太鼓を叩いた。
「ぅ、お」
その瞬間、ビューガの体は信じられないくらい動き始めた。相手が怯んだスキに上に飛び、相手の背後に回る。
体に流れ込む強大な神通力に、視界がちらつく。足元がふらつく。思考を置き去りにして、それでも体が動く。
ビューガの右足が相手の胴を蹴る。相手の体が大きくふらつく。
そうだ、そう動きたかったんだ。この動きが出来れば、俺は地に伏せることなど…!
さらに神通力が流れてくる。相手も同じなのか、体勢を立て直している。相手の手から斬撃が飛んでくる。
左に避ける、と、考える前に体は動く。
右手をかざす。
「ブルー…」
ビューガが言い終わるより先に、攻撃は終わっていた。相手はブルーインフェルノに圧され、押し出された。
「勝者、ビューガ!」
それが、つい数分前。
負けた相手の親方は、「いやあ、凄いな」と感心したような声を出した。
「初めてカミズモウをしたなんて、思えない。強いな、君達」
「君達? 強いのは俺だけだったと思うけど?」
「待てよ、ゴウリキシンは親方の神通力があって初めて本来の力が出せるんだ!」
相手のゴウリキシンが説明するが、ライトは聞かない。
走り出すビューガ。
「まぁ俺は別に…あれ、ビューガ?」
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弱いことは惨めだ。それは覆りようのない、この世の摂理だ。神様界だって人間界だって同じだ。
カミズモードの状態で夜通し走り回っていたビューガ。曇り空の中、足を止めず走り続ける。
走ることだけは、多分他のゴウリキシンよりも少しだけ得意なんだと思う。でも、相手に背を向け逃げ出すことは、負けて地に這いつくばるより屈辱だ。土俵以外での争いは禁じられているが、そんなの守るやつなんでそうはいない。毎日のように地を這いつくばっていた。弱いことは悪いことだ。己の主張を、何一つ通すことが出来ないのだから。
上がりすぎたスピードに足が縺れる。スピードを落とすのに気を取られていると、目の前にゴウリキシンがいた。3人。
「なんだぁ、弱そうな奴がいるじゃねぇか」
「誰かに襲われて逃げてきたかぁ?」
野良ゴウリキシンに囲まれる。足を止める。夜通し走り続けた体は重い。
殴られる、蹴られる。蹴り返す。地面に倒れる。
雨が降り始めた。
「弱いくせに」
言い捨てられ、相手が去って行く。目を閉じる。顔に絶え間なく雨粒が落ちてくる。
こうやって、何度でも思い知らされる。
弱いことは惨めだ。
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「うわ、ボロボロじゃん」
目を開ける。
傘を差したライトが、ビューガの顔を覗き込んでいる。ライトは「神様も怪我とかするんだ」とその場にしゃがみ込んだ。
「…何しに来た」
喋ると殴られた頬に痛みが走る。唇の端でも切れたのだろう。
「何しにって、俺はお前の親方なんだろ? お前がいなきゃカミズモウ出来ないんじゃないの?」
「…俺の親方になるのか?」
「はぁ? お前がなれって言ったんじゃん」
「…俺は、弱い」
「知ってる」
「俺は、強さが欲しい」
「じゃあ俺と組めばいいんじゃないの? 別にお前が弱くたって関係ない。俺が強ければ勝てるだろ?」
それはビューガ自身の強さではない。親方の神通力を借りて勝つことは、ビューガの求める強さではない。
だがここでこの強大な神通力を持つ親方の手を払うことを選ぶほど、ビューガは傲慢にも高潔にもなれない。弱いことは惨めだ。骨身にしみている。
そして強い親方を繋ぎとめる理由も、持ち合わせていない。
「お前は」
「ん?」
「俺と組むメリットがない」
「…何が言いたいわけ?」
ライトは首をかしげている。
「お前の神通力は強大だ。お前ほどの神通力の持ち主は、そうはいない」
「そりゃどうも。で? そんな強い俺が、弱いお前と組む理由がないって言いたいの?」
「…あぁ」
「はぁ、そう。…ん? お前の親方やめて、他のやつの親方になれるってこと?」
目を閉じる。
「…あぁ」
ライトはあっさり答える。
「それはつまんないな。俺はお前のビート、嫌いじゃないぜ。だから俺はお前を選んだ。それだけだ」
「…そう、か」
曖昧な理由に拳を握る。そんなの、意味がないだろう。強さが、この強大な神通力を繋ぎとめる強さが欲しい。
強さを繋ぎとめる理由になるのは、同じだけの強さだろう。
「おやおや。力を欲しているのか?」
知らない声が聞こえてきて、ビューガはようやく起き上がる。
「…誰、あんた」
「我が名はヴァイアン! 親方を持つゴウリキシンに、邪悪パワーを与え邪リキシンとして桁違いの強さを…」
「寄越せ!」
反射で叫ぶ。
「俺には力が必要だ」
「まだ説明の途中だぞ? いいのか」
そんなの関係ない。鼓動が早くなる。視界の隅に親方が映る。
あぁ、こいつは関係ない。
「親方に影響は?」
ヴァイアンと名乗った神は不思議そうな顔をしている。想像したこともないのだろう。
「親方? ないんじゃないか? 邪悪パワーを体内に宿すのはゴウリキシンだからな」
「じゃあ早く寄越せ」
「いいだろう。受け取れ、邪悪パワー!」
「…邪悪パワーとやら、試させろ」
「フッ、いいだろう。今適当な邪リキシンを呼んでやる」
「お前は手を出すな」
「…ま、お手並み拝見、ってやつかな」
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邪リキシンを土俵から押し出すビュガ。
自分の力で、勝った。ビューガにとって、初めての経験だった。安心するビューガ。
「…これで、『俺達』は最強だ」
ライトに向かって宣言する。ライトは笑う。
「いいぜ。お前といると、楽しめそうだな」
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【以下余談】
ビューガが邪悪パワーを手にしてひとりでカミズモウをしている時に、土俵の外でヴァイアンと並んでそれを見ているライトの話
「なあ、カミズモウって親方がいないと出来ないんじゃなかったの?」
「邪悪パワーが親方の代わりになるのさ。邪悪パワーは邪リキシンの体内に宿り、強い力を得ることが出来る。そうやって1人で戦う邪リキシンは多いが…君の神通力を捨てるなんてもったいない真似、誰もしないだろう」
「捨てる? 俺を? 何そのつまんない冗談」
「…冗談ではないが…まあ、邪悪パワーがあれば邪リキシンは1人で戦うことが出来るし、親方の神通力を送りこまれればさらに強くなれる、それだけのことだ」
「いいとこどりってことか?」
「あぁ、その通りだ」
「うまい話には裏があるって言うけど、この話の裏は何なんだろうね」
「それを聞かないことを選んだのは彼だ」
「選んだのはアイツだけど、俺はアイツじゃないんでね。教えてくれないのか?」
「フッ、別に隠しているわけじゃない。邪リキシンがカミズモウ大会で優勝する。その結果が欲しいんだ。私の目的はただそれだけさ」
論点をずらされる。答える気がないということだろう。
「…邪リキシンが強くなれば、アンタの願いは叶うってことね」
「君たちが優勝すれば、君の願いも叶うぞ?」
「あぁ、ご利益のこと? 興味ないんだよね、そういうの。けど」
ライトは土俵に目を向ける。
「アイツはなんか、面白そうだな」
「…そうか」