視線の先に 嫉妬したことがあるかって?
もちろんある、聞くまでもない。俺の恋人が誰かを思い出せばわかるだろう。
例えばバーやレストランで、何かのきっかけでマーヴが一人になったとき。彼のもとに一人また一人と、良い顔をして近づく老若男女がいる。目の前にいることが間違いであると相手に思わせるようなマーヴの小さな棘は、彼が年を重ねた末に、相手の興味を鷲掴む謎めいた色気へと変貌を遂げた。彼がカウンターに一人小さく座り、伏目で頬杖をつき3分の1ほど残ったビールを時折ちびちびと口にすれば、ほらまた一人、精一杯緊張を隠しながら声をかけに来るのだ。
あるいは2人で行ったバイクショップで。店主と話し込み盛り上がるマーヴ。話が通じる嬉しさに、マーヴの声は徐々に大きくなっていく。店の奥の壁には家族旅行の写真が飾ってあり、店主は妻と3人の子どもたちを溺愛している。この2人には趣味以外の繋がりはない。それでも俺は、2人の熱を帯びた専門用語の流れる速さに振り落とされ、結局は一人でただ店内をゆっくりと歩いて回る。
またある時は、デート中に互いの知り合いに出くわしたり。大抵の知り合いは純粋にマーヴを見かけた嬉しさで彼に駆け寄るが、中には知り合いであるが故に下心を親しみある態度で誤魔化す人間もいる。俺の知らない話をしてマーヴを笑わせたりもして。さらには、もしその時マーヴが普段のTシャツとジーンズとは異なる服を着ていれば。彼らはいつもと違うマーヴをこれでもかと褒め称える。もうすでに何時間も前に俺が褒めたのにも関わらず。そしてマーヴは自分に寄せられる好意を快く受け取る。それは人として当然の反応ではあるが、たぶんそいつは服を褒めたかっただけではない。
やきもちを焼く瞬間など、一つずつ挙げ始めればキリがない。しかし一つ言えることがあるとすれば、マーヴには何の落ち度もないということだ。彼は他人から言い寄られるように仕向けているわけでもなければ、誰かから下心を向けられることを望んでもいない。なら俺がどれだけ妬いたって、悪いのはマーヴではない。
「ねえ、マーヴ」
バーで呼びかければ彼は振り返ってくれる。目が合えば幸せそうに微笑んでくれるし、どんなに遠くにいても入口に立つ俺に大きく手を振ってくれる。席につく頃には満杯のグラスが2つ用意してあって、1つをこちらに差し出してくれる。バイク部品を見て歩く俺の腰にそっと回す腕の力が心地良く、バイクのタンデムシートは俺の特等席。いつもと違う服を着れば一番に俺に見せてくれて、丸く輝く目で俺の感想を待っている。褒められると頬を赤くして礼を言う。2人で外出すれば、俺にだけ聞こえる声で冗談を言い、時折俺を屈ませキスをする。
嫉妬はするよ。そりゃあ、する。だけど最後にはいつも、マーヴの目に映るたった一人の人間が誰なのかを知る。そして俺は一体どうして嫉妬なんかする必要があったのか、そんなことを考えて笑うのだ。マーヴの唇から伝わる彼の執着を感じれば、妬みなどという反抗的な感情などどこかへ消え去ってしまう。
やきもちは焼くかって?
まあ、うん、相手はブラッドリーだからね。
ブラッドリーは誰にでも分け隔てなく接する明るい子。例えばバーで少し席を外せば、次見た時にはあの子は人に囲まれていて、その中心で笑っている。みんな彼の気楽な雰囲気に引き込まれ、いつの間にか皆が彼の友人になっている。名前を尋ねる暇もないほど話が弾み、笑顔で彼のそばから去っていく人たち。人と話す時のあの子があんまり楽しそうだから、どんな話をしているのか周囲もきっと気になるのだろう。
あるいは待ち合わせのとき。外でブラッドリーと会う約束をすると、僕の心はいつも落ち着かない。先に着いて僕を待つ彼は、遠くから見ても目立っている。高い視点から周囲を見渡し僕を探していても、スマホを見つめて僕からのメッセージを読んでいても、ベンチに座ってぼんやりしていても、あの子はそのままの姿で人の注意を引いている。彼に駆け寄ろうとした瞬間、若者が彼に話しかける姿を目撃したのも一度や二度ではない。しかしその光景を目にして一番に気がつくことといえば、若者と彼がよくお似合いだということだ。
またある時は上官に誘われたパーティーで。堅苦しい場は好きではないらしいブラッドリーだが、正装した姿は何度見ても眩い。現地に着くまでは緊張で僕を頼るようにちらちらと見ていた一方で、会場では緊張が嘘のように和らぎ、彼はどんな上官とも親しく話をしている。堅苦しく人の多い場が苦手なのは僕の方だ。そっと上官や部下たちの輪から離れて存在感を消し、隅の壁にもたれて向こう側で談笑するブラッドリーを眺めているしかないのだから。その場で僕のことが見えるのはサーバーとブラッドリーだけだ。
思い返せば僕は妬いてばかりいる。ブラッドリーは両親譲りの人懐っこさと、一歩引いた場所から物事を見られる冷静さを持つ大人の男だ。それに加えてハンサムで。みんなが彼に惹かれるのも当然だ。僕だって彼に惹かれた人間の一人だから。誰にでも優しいブラッドリーでなければ、僕だって好きにならなかった。
「どうしたの、ブラッドリー」
だけどこの子は今日も僕に呼びかける。混み合うバーでもすぐに僕を見つける。どんなにたくさんの人に囲まれていても、気づけば彼は僕を引き寄せて離さない。さっきまで周囲の人々に等しく注がれていた視線は僕だけを捉える。待ち合わせ場所でも彼は真っ先に僕を探し出し手を振る。ベンチで僕からのメッセージを読みスマホ画面から顔を上げた彼は、僕と目が合う前から笑っていて、自分に声をかけた若者にはわざわざ僕の肩を抱いてキスをして、恋人だと紹介する。パーティー会場の壁に根を生やし始めた僕に、あの子は遠くからウインクを投げかける。上官が目を逸らした隙に小さく身体を揺らし踊ってみせ、僕を笑わせる。話を終えると一目散にこちらに歩み寄り、僕の袖を引っ張り囁く。2人きりになれる部屋を探そうよ、と。
やきもちは焼くよ。もちろん焼く。それでもブラッドリーが投げるかける視線、屈み込む背、伸ばす手、囁く言葉、その全てが僕に繋がっている。それは紛れもない事実だ。彼は僕以外にあんな風に笑ったり、触れたり、話したりはしない。その事実を前にしてなお誰かを妬むなんて、あまりに贅沢なことだと思う。
「なんでもない、呼んでみたかっただけ」
「はは、わかったよ」
人気者の恋人をやるのも楽じゃない。妬けて仕方ない。だけど目の前にいる彼は、こちらに笑顔を向けてこう言うんだ。好きだ、大好きだ、と。そう、何も心配いらない。彼の見つめる先には、たった一人だけ。