ルスマヴェ未満/お題:仲直り 一時の狂乱が過ぎ去ってみると、どこか身の置き場がない気がしてルースターは訳もなくベッドから立ったり座ったりを繰り返してしまう。
満身創痍のF-14から降りてからメディカルチェックへと連行される道すがらに、ありとあらゆる人から歓声をあげられたり質問攻めにされながら移動したが、ひととおりの検査を終えて医務室から解放される頃には皆それぞれの職務に戻っていて落ち着きを取り戻していた。
『プラントの破壊』は成功したが、本国に戻るまでは気が抜けない。なにが起きるかわからないからだ。
ちょっとしたスター扱いから解放されたことにほっとし、同時に残念な気持ちにもなった。それだけのことをしたという自負と、さめやらぬ高揚感がそうさせるのだろう。
なんとなく空腹を覚えて食堂へ寄ると、作戦に参加したアヴィエーターたちが揃っていた。
「もういいのか」「大佐は?」「マーヴはもうちょっとかかるらしい」「首んとこどうした」「どっかで切ったみたいだけどアドレナリンのせいかぜんぜん気がつかなくて」
と慌ただしくやりとりをしたのだったが
「おい、うざいな。部屋戻れお前」
無意識に貧乏揺すりをしたり椅子から腰を浮かせたりしていたのをハングマンに指摘され、食料ではなくペットボトル一本持たされた上で追い出されてしまった。言い争うには他に意識を取られすぎていて、素直に言うことを聞いた形になってしまったのは無念ではあったが。
結局のところ割り当てられた部屋──二段ベッドが押し込まれている、部屋と言うより空間──に戻ったところで状況は変わりなく、意味もなくスクワット運動を繰り返してしまうのだ。
マーヴェリックと、ピート・ミッチェルと話がしたかった。
「帰ってきてそれから話そう」とした話も、その前からずっとしたかった話も。
とにかく今すぐ彼を捕まえて話をしないことには落ち着けそうにもなかった。
なのに彼ときたら、一緒に医務室へ押し込まれて以降、ルースターの勘違いなどでなければ、距離をとろうという気配がどことなくあった。
それがなぜなのか原因がわからないのが、ルースターの焦りの理由だ。
「こうしてたって埒開かねぇ」
第一、大佐用の個室に閉じこもられたら陸に上がるまで顔を見ることすら難しくなるかもしれない──いや、その前に中将のところへ詳細の報告に行かなければならないが。
医務室前で待ち構えようとした判断は、結果的には正しかった。ちょうど出くわした彼が一瞬、たじろぐような素振りを見せたのだ。
「ミッチェル大佐、今よろしいですか」
「あ、あぁ」
マーヴェリックは視線をわずかにさまよわせた後、ぎこちなく頷いた。
ルースターの少々強ばった、なにかしらの決意を感じさせる表情に、立ち話で済む内容ではないと察したのか「甲板に出よう」と提案する。招かれたのが自室ではなかったのは何を警戒されたのだろうかと思わないでもないが、他人の目が届く場所なら自分も自制が効きやすいだろう……ということにした。
二人は甲板の隅でひっそりと翼を下ろしたF-14が見える位置まで移動し、壁に背を預けるようにして並んで座った。遠くで甲板員達が動き回っているが、その喧噪はこちらまで伝わっては来ない。
「それで……話しって…?」
相手の出方を伺うようにマーヴェリックが口火を切った。
「あーうん。まず、フェニックスたちがベイルアウトした後で、酷いことを言ったのを謝りたくて。あなたを傷つけるためにわざと選んだ言葉だった。謝罪します。あんな酷いことを言うべきじゃなかった」
「──君の怒りはもっともだと思う。事実、僕はそういう生き方を選んできた。だから謝罪を受け入れるよ」
海へ顔を向けたままマーヴェリックは静かに口にし、そして視線だけをルースターへと滑らせた。
「ありがとう。それとマーヴ、願書のことをあなたとちゃんと話たい。理由を聞いて、ちゃんと納得したい。それでできればあなたを許したいんだ」
ひたむきに見つめる先で、マーヴェリックの光の輪を滲ませる緑の瞳がゆっくりと見開かれた。
「よく母さんが言ってたのを思い出したんだ。ケンカしても長引かせてはいけない。一秒でも早く仲直りをしなさい。ケンカしたまま永遠に会えなくなることだってあるんだからって。父さんとそう約束してたんだってさ。軍人だから、確かにそうなる確率高いよな。俺たちはそれを十何年も長引かせた。でも今からだって間に合うよな? まだ生きてるんだから」
小さく頷いた彼の瞳は潤んでいるように見えた。なにか言いたげに唇が震えるが開かれることなく俯いてしまう。
ルースターはマーヴェリックの膝をぽんと叩くと軽やかな笑い声を立てた。
「マーヴ、頼むからエンジンがついてるものと同じくらい人間とも会話をしてくれ。何時間だって付き合うから」
end.