春の雨「せっかくの久しぶりの二人揃っての休日なのにさぁ~…」
五条はレースのカーテンを開いてまだ窓の外を見ている。雨は激しくはない。だが今日一日はやまないだろうと天気予報の言ったとおり、空は一片の隙間もなくそう濃くはないグレーで覆われていた。
「桜散らしの雨になると言っていましたね」
七海は食後のコーヒーを淹れながら、恋人の後ろ姿を見ていた。
「一緒にお花見に行きたかったよ」
桜は高専の敷地内でも見た。言ってみれば任務先でも。しかし五条の言ってるのはそういうことではないだろう。
「そうですね」
「でも私は休日の雨も嫌いではないですよ」
五条がゆっくりとこちらを向く。口はへの字に曲がっていて、遠足が延期になった子供みたいだと七海は胸の内で密かに笑った。
「天気がいいと、たまの休みだからとあれもこれもしようとしてしまいがちなんですよね」
「洗濯とか?」
「そうですね。掃除も。」
買い出しも、シーツの入れ替えも、五条がいるならこの気候のいい春の日を惜しむようにあちらへこちらへと出かけたくなる。それも楽しいですが…七海は続けた。
「たまにこうして強制的に何もしない日があってもいいかなと」
ふ~ん…
五条はレースのカーテンを自身の体に巻きつけてしまっている。七海は今度こそ声を出して笑った。
なに? なに? 何を笑われたかわからないまま、七海の笑い声につられて五条の顔が明るくなる。
「でも何かするだろ? お前と僕で。雨に閉じ込められてさ、この部屋の中で」
「……元気ですね、あなた」
まずは映画でも観ましょうか、七海が言った。そうね、ボカーンとドカーンと激しいやつね、五条が言う。私はじっくりしっとりの方がいいんですが?
「や~だ~ななみのえっち♡」
「何ですか、あなたは」
コーヒー入りましたよ、と七海は立ち上がった。五条はいそいそとソファのクッションなどを整える。
「カーテンは、厚いの引かなくていいですね」
五条が乱したレースカーテンを整えながら七海は外を見た。遠くに見える桜の木はまだ少しその色を残していた。