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    藍(lhk_wyb)

    @lhk_wyb

    @lhk_wyb
    曦澄が主食。曦臣最推し景儀贔屓な藍家箱推し。

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    藍(lhk_wyb)

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    閉関中、密かに好意を寄せていた江宗主と自分の夢小説を書いていたのが江宗主にばれて、なぜか謝りあっているうちに曦澄になる話

    #曦澄
    #藍曦臣
    lanXichen
    #江晩吟

    秘密のそのさき※曦臣が書いた文章に一部に晩渙らしきものが出てきますが、最終的には曦澄です。
    ※登場人物も少しキャラ改変がされています(曦臣の書いた文章のみ)
    ※この曦臣は閉関中ですが、なぜ閉関を解かないのか疑問なくらいには元気です。
    ※金光瑤→曦臣と思しき描写がありますが、曦臣は義弟としか思っていません。
    ※聶懐桑、イマジナリー大哥出てきます(Not双聶)






    『阿渙はなんて可愛いんだろうな、このまま蓮花塢に隠してしまいたい。あなたが俺だけのものだなんて夢のようだ。阿渙、ずっと俺のことを愛していてくれるか?』
     いつも自信に満ち溢れているのに、この時ばかりは少しだけ不安をその美しいかんばせに滲ませる。しかしそんな表情まで美しいなんて、こんな美しい人に愛されている私はなんて幸せ者なんだろう。
    『もちろんです、阿澄。何があっても、この命が尽きるまであなたを愛します。阿澄は私のことをずっと愛していてくれますか……?』
     少し図々しい質問だっただろうか……私はそう聞いた後、恥ずかしくて一度は伏せてしまった顔を恐る恐るあげた。すると彼は私の頬にそっと手を添え、優しく微笑むと、
    『俺の恋人は、生涯通して曦臣一人だ。だからそんな不安げな顔をしないでくれ。』
     と言って、私を優しく包み込むように抱き締めた。
    『俺の愛しい阿渙。これからもずっと愛している。』
     江澄はそう言って、大切なものを慈しむかのごとく、私のことをぎゅうっと抱きしめた。

     ◇

     ふぅ、と一つ息をつくが、部屋に響くのは一人分のため息のみ。自身で書いている話では、今まさに江宗主と自分が互いの体温を交換しあっているが、現実にそんなことは起きるはずもない。曦臣は閉関中の身で、しかも自身で蟄居を科し、長い間自室である寒室に籠っている。はじめこそ己の愚かさと向き合い、この十数年の事柄を悔い、自ら命を絶つことまで考えた。しかし、死んだとてこの苦しみから解放されるわけではないし、まだ見ぬ一縷の希望を信じ、どうか生き続けて欲しいと忘機や叔父上に懇願され思いとどまり、今に至る。蟄居は解いたものの未だ閉関を解いていないそんな曦臣にとっての希望は江澄の存在であった。しかし現実と創作世界との落差に、曦臣はまたため息を吐いたのだった。
     すると、時を図ったかのように寒室の扉を叩く音がする。

    「沢蕪君、江宗主がお見えになりましたが、本日はいかがされますか……?」

     まだ閉関を解いたわけではないので、よっぽど外に出ることはないが、曦臣を心配して訪れる宗主たちは後を絶たない。(もちろん腹黒い考えの仙家もあるが)閉関してすぐは返事すらせずにいた曦臣であったが、啓仁が心配し寒室の扉を無理やりこじ開けて、無気力な曦臣を無言で抱きすくめてからは、短い返事だけはするようになった。しかし曦臣はそれをきっかけに叔父である啓仁や忘機などとも少しずつ会うようになり、今では江澄が定期的に訪問してくれていて、曦臣も江澄の訪問に対しては「不」と言ったことはなかった。

    「ありがとう、いつも通り寒室に案内してくれて構わないよ。」

     そう扉の外で伺いを立ててきた門弟に伝えると、門弟は「わかりました。」と答え、部屋の前から離れていった。
     門弟の気配が遠のいたところで、曦臣は部屋を見まわすと、何かを思い出したように立ち上がり、香を焚いてから部屋を出た。
     曦臣が部屋を出て、しばらくも経たないうちに江澄が部屋を訪れた。こうも毎月訪れていれば、勝手知ったる雲深不知処と言わんばかりに、案内役の門弟を早々に下がらせ、江澄は一人で寒室を訪れたのだった。そうして扉を叩き、
    「またきてやったぞ。」
     と無作法な声をかけるが、部屋の中からは物音一つすらしない。表面上はだいぶ元気に見えるようになったが、未だ閉関を解かないということはそういう事なのだろう、と何度か訪れる中で江澄は感じていたし、啓仁からはくれぐれも気をつけて見ていて欲しいと言われていた。

     死してなお、沢蕪君の心に巣喰い、彼に影を落とさせ続けている金光瑤という男を、江澄は大層羨ましくそして疎ましく感じていた。なぜなら、江澄は曦臣のことを以前から好いていたからだ。明確にいつからとはわからないが、動乱の時代を生き抜き、蓮花塢を再建している最中江澄の目に映っていた藍曦臣という男は、激動の時代を生き残れた恩人の一人で、憧れで、いつしか尊敬の念が恋慕に変わっていた。なので、たとえ期間が限られていようと、こうして定期的に曦臣に会える権利が与えられたことは江澄にとって僥倖であった。返事のない寒室を前にして、少しちりっと焼けるような心を感じたところでもう一度声を掛ける。
    「おい、いるなら返事くらいしろ。」
     しかし風の音が江澄の耳を弄ぶだけで、他には何も聞こえない。返事も気配もないことに心配になった江澄は、今しがた叩いた扉を静かにゆっくりと開けた。

    「沢蕪君……?」

     啓仁と曦臣からは毎月の面会は許可されているが、部屋に勝手に入ることまでは許可されていない。そんな条件下なので、少しの罪悪感と曦臣を心配する心がないまぜになりながら、江澄は寒室の扉を静かに開けた。

     入ってみると寒室にはやはり誰もおらず、それを確認した江澄は少し安堵した。なぜなら、定期的に通うようになったおり、啓仁から曦臣は自死をしようとしていたと言う驚きの事実を聞かされていたからだった。とは言え、ここにいないからとて無事とも限らないが、恐らく雲深不知処内にはいるだろうし、何かあったとしても藍氏の誰かが見つけるだろうとも思い、少しの安心感が江澄の緊張を解いてくれた。

    「今日の香は伽羅か。」

     普段あまり香を焚かない江澄だったが、寒室に通うようになってから香を覚えはじめ、今では香りを嗅げば香の種類、ものによってはそれを売っている店までわかるまでになった。
     そうして曦臣の焚いた香を肺腑に満たしたところで、文机の周りに散らばっている紙が目に入った。窓が開いたままだったので、きっと風に煽られ床に散らばったのだろう。

    「さすがにまとめておいてやるか。」

     と江澄が思い立ったのは、神のいたずらだったのかもしれない。はじめに手にした紙は曦臣の自作小説だった。


     曦臣は、今世間的には閉関中の身だが、非公開で公務を少しずつするようになったと聞いていた。そのため、他家の者が見てはいけないものもあるだろうと、江澄は散らばった紙をとりあえずひとまとめにして、もとあったであろう文机の上に置くだけにするつもりだった。しかしよりにもよって最初に手にしたのが江澄と曦臣が愛し合っている場面(しかも曦臣の素晴らしい挿絵付きの頁)で、江澄は受けた衝撃が大きすぎてその紙を持ったまま動けなくなってしまった。見てはいけないものなのに、手にした紙から目が離せない。なにせ長年夢見た状況がその紙の中で繰り広げられているのだ、それは衝撃と驚きと歓喜で自分の感情がわからなくもなるだろう。ただひとつ違和感があるとすれば、自分が曦臣を抱いていることなのだが……この話は創作であることに間違いはないが、一体誰が……と少し思考が戻ってきたところで、曦臣の足音が寒室に近づいてきたのが耳に届き、我に帰った江澄は、手に持っていた紙を一番下に重ね、残りの紙を急いで拾い上げ、端を揃えて文机にあげた。再び風の悪戯に合わないようにと、文机にあった文鎮をおいてやる。そうして部屋の中が整ったところで曦臣が部屋に戻った。
    「これは江宗主、お待たせしてしまってすまない。部屋を彩る花が何もなかったから、少し庭を散策していたんだ。」
     部屋にすでに江澄がいたことを喜びつつも、曦臣は少しの違和感も見落とさなかった。
    「江宗主、どうしたの?何か気になることでもあるのかい?少し憂いているように感じているのだけれど……?」
     曦臣は江澄が少し気まずい表情をしていたのを憂と勘違いし、心配して江澄の顔を覗き込む。常日頃から「見飽きない美しい顔」だなと曦臣のことを見ていた江澄であったが、こうして距離が近くなったことはよっぽどなく、見飽きないほどの美しい顔が急に近づいてきて思わず顔を赤らめてしまった。
    「江宗主、顔が赤いけれど実は熱があるのでは?」
     そう言って、今度は曦臣の大きくて鍛え上げられているけれど繊細さが残る綺麗な手が、江澄の額に添えられ熱を診ている。こうして定期的に通うようになって、以前より曦臣との精神的距離は縮まったと江澄も感じていた。もちろんそれはとても嬉しく思っていたが、こうして互いの体に触れるようなことはただの一度もなかった。そういった関係性ではないのでもちろんそうなのだが、それなのにこの人は急にどうしたんだ?とうとう奪舎でもされたか?とぐるぐるといくら思考を巡らせても江澄の頭は追いつかず、ただ時が過ぎる。
    「江宗主、本当に大丈夫……?」
     と再び曦臣に声をかけられるまで、江澄の思考は戻ってきてはくれなかった。

     江澄の思考が戻り落ち着いたところで、自分が曦臣の部屋に入った時に、文机にのっていたであろう紙が床に散らばっていたことを伝えた。
    「私が見てはいけないようなものもあるだろうと思って、とりあえず集めて重ねただけだから、後で確認しておいて欲しい。」
    「江宗主、それは失礼した。拾ってくれてありがとう。後で確認させてもらうよ。」
     曦臣はそういうと、江澄が拾い集めた紙の束をぽんぽんと軽く叩いて江澄に微笑みかけた。
    「あぁ。」
     そう返事をし、出されたお茶を啜る江澄だったが、内心は曦臣の陽だまりのような優しい微笑みを向けられ、いつ見ても見飽きない人だなと、先程のことは一旦忘れて、その美しいかんばせに惚れ惚れしていた。しかしあくまで自分は、閉関・療養中の曦臣の話し相手を頼まれているだけであって、それ以上でも以下でもないのだ。分を弁えなければ恩師である啓仁にも申しわけが立たないし、何より曦臣が自分のことをそう言った意味で好いてくれることなど、天地がひっくり返ってもないと思っていた。
     こうして定期的に曦臣を独り占め出来ているだけでも僥倖だというのに、それ以上何を望むというのか……江澄はそう己に言い聞かせ、この日の面会を終えたのだった。

     江澄との面会も終わり、曦臣は先ほど江澄が拾ってくれた紙の束を手に取った。風と戯れた紙たちは、順番がばらばらになっており、曦臣は一枚ずつ手に取り確認していく。江澄は他家のものが見てはいけないものもあるだろうと気を遣ったが、実際そこにあったのは自作小説の草案と門弟たちの夜狩の様子を記した報告書であったので、見られて困るものはほとんどなかった、あの一枚を除いては。
    「うん、問題なく全て揃っているね……ん?この紙だけ少し皺が寄っているけれど……!」
     皺が寄り裏返しに置いてあったのは、一番見られては困る紙––自作小説の挿絵付きの頁––だった。皺のつき方からして、明らかに両手で握りしめたように紙の両端には皺が寄っている。自身がつけた皺ではないのは明らかなので、一体誰が……と思ったのと同時に、一人の顔が浮かんだ。それは一番見られてはいけない相手、江宗主だった。
    「まさか、見られた……?」
     そんな曦臣の悲痛な心の声は、口からこぼれ寒室に吸い込まれた。

     ◇

     一方、江澄の方は大変だった。なにせあの紙を見てしまった事を曦臣に謝っていないし、その紙の内容が内容なので誰かに相談することも出来ずに、一人悶々としていた。
     沢蕪君の近くにいて、かつその手の話にも耐性があるであろう恥知らずなかつての義兄に……とも一瞬思ったが、これは沢蕪君の名誉のためにも、あの口から生まれて来たような男にだけは言いたくなかった(まだ曦臣が書いたとは決まったわけではないが)とは言え、自分一人でどうにか出来るような案件ではない、と江澄はまた頭を抱え、日々を過ごすこととなった。

     ◇

    「それで、私をここに呼んだ理由をいい加減教えてくれない、江兄?」

     そう江澄に問いかけているのは、清河聶氏の現当主、聶懐桑だった。懐桑にそう言われても江澄の口は煮詰めた飴のように重く、歯切れが悪い。
    「江兄だって暇じゃないんでしょ?曦臣義兄さんが閉関してから私も少しは忙しくなっているんだ、話す気がないなら帰ってもいい?」
     そこまで言われて、江澄は硬い飴をやっと溶かした。
    「市井の者の間で、自分自身を主人公にした話を書くことが流行っていたりしないか?」
    「江兄散々渋っていた内容がそれなの?嘘でしょう!」
     懐桑の言い分はもっともである。なぜなら江澄がこの話題を話し始めるまで一炷香を要したからだった。
    「うるさい!流行っているのか、どうなんだ!」
    「えぇ〜、江兄、それは理不尽すぎるよぅ。」
     そう不満を漏らす懐桑だったが、江澄がこうも口が重いのは、曦臣がらみだろうと予想はついていた。なにせ、あの金光瑤を陥れたと噂される聶懐桑である、江澄が悩むようなことなど手に取るようにわかってしまった。
    「何があったのかは知らないけど、市井の人たちで読み書き出来る人たちは限られているのは江兄も知っているでしょうに。そんな中で読み書きより高度な、自身で話を創作するなんてこと、早々に流行るわけなくない?」
     そこまで言った懐桑はカマをかけるため、敢えて次の言葉を紡ぐ。
    「私たちみたいに教育を受けてる人とか、そうそう曦臣義兄さんのような文化人の間でなら流行っている可能性もなきにしもあらずかなぁ。」
     『まぁそんなのが流行っているなんて聞いたことはこれっぽっちもないけど』と心の中で舌を出していた懐桑だったが、その一言で江澄の表情は目に見えて硬くなった。
    「聶兄も文化人だと思って聞くが、もしそういう話を書いた後、人に見せたいと思うか?」
     江澄は懐桑に尋ねる。
    「そうだねぇ、話の内容によるとは思うけど同じ趣味同士の人には見せることはあるかもしれない、かな?」
    「それは何故だ。」
    「えぇ〜?そりゃ作品が完成したら感想って欲しくない?もし自分が長い時間掛けて描いた渾身の水墨画が完成したら、人に見せたくならない?まぁ江兄はそういう嗜みはあまりなさそうだから、感覚はわからないのかもしれないけど。」
     あからさまな皮肉を言えるのも懐桑と江澄の間柄とも言えるが、江澄とて気を抜いているわけではないし、懐桑は本音を少しも見せようとはしない。観音殿での出来事を経て、互いに相手を見る目が少しだけ変わった。しかし関係性まで変わらなかったのはこの二人くらいのものだった。
    「まぁ、阿凌が初めて書いた書を同年代の子を持つ者に見せるようなものか?」
    「江兄それはちょっと違うけど、概ねそのようなことだよ。」
     と雑な説明で締めくくると、懐桑は話題を変えた。
    「そういえば、曦臣義兄さんは元気なの?」
     懐桑と曦臣は契りは結んでいないものの、自身の兄が結んだ契りによって今でも表向きは義兄弟である。しかし観音殿での一連のことがあってから、曦臣は懐桑とは公務以外で言葉を交わしていない。曦臣は懐桑が許せないわけではないが、その心のうちは複雑なのだ。懐桑もそれをわかって、敢えて自分から行動を起こす事はせず、表面上は穏やかな関係を保っている。なので、用事がなければ出向くことはないし、文を書くこともない。そして最近は姑蘇藍氏にお願い事をする機会は減っていたので、曦臣の状態は風の噂でしか知らなかった。
    「最近の聶氏は雲深不知処に行かなくても大丈夫なくらいなのか?」
     江澄がいつも通り皮肉っぽく話すが、懐桑はどこ吹く風。
    「聶氏もやっと落ち着いてきたんだよ。私だって宗主になってそこそこ経ったし、江氏ほどじゃないけど門弟たちもとてもよく育っているんだよ。そうだ、今度合同の稽古なんてどう?……じゃなくて!曦臣義兄さんはどうなの?」
     そう再び問われ、誤魔化しが効かなかったことに江澄は心の中で舌打ちをし、当たり障りのない事だけ答えてやることにした(江澄とて、この二人の関係性がなかなかに難しいことは感じ取っていたのだった)
    「閉関はまだ解いていないが、草木を愛でることはできるようになったぞ。」
     今は自ら寒室から出て、自室を彩る草花を自身で剪定してくるようになったが、そこまで教えてやる義理はないと判断の上での答えだった。
    「そっか、そうなんだね。」
     それを聞いた懐桑は、少し安心したように一つ息を吐くと、江澄に更に質問をする。
    「あとさ、ずっと気になっていたんだけれど、何故曦臣義兄さんは江兄とだけ毎月面会するんだろうねぇ?」
     こう聞いている懐桑だが、彼の中には確信があった、この二人は両片思いだと。
    「それに江兄はなんで藍じじいの頼まれごとを引き受けたのさ。蓮花塢だって相当忙しいだろうに。私はずっと疑問だったんだよね。」
     腹づもりを隠して懐桑は江澄の心のうちを探る。しかし、
    「沢蕪君が閉関を解いた後、江家にとって利点があるからだ。」
     と、一点の色もない返事が返ってくる。
    「えぇ〜それは私の欲しい答えじゃないよぅ。」
     と少し甘えた声で訴えるも、
    「俺にお前の泣き落としは効かないからな、覚えておけ。」
     そう言った江澄は机に二人分の銀を置き立ち上がると、
    「次の予定があるから俺はもう行く。」
     と、さも自分の用事は済んだとばかりに席を立ち、店を出た。
    「えぇ〜!江兄、それは酷くない⁈」
     と懐桑も江澄に追いかけるように店を出た。江澄は自分を追って店を出てきた懐桑と二、三言交わすと、少し道を外れて三毒を抜き御剣してどこかへ向かったのだった。

     ◇

     江澄の向かった先は雲深不知処だった。そう、あれから約ひと月が経ったのだ。このひと月悶々と過ごしていたが、そんなことはおくびにも出さず、いつも通りに寒室に通された江澄は、いつも通りの笑顔で曦臣が部屋にいたことに安堵した。
    「元気にしていたか?」
     といつも通り挨拶をすれば「おかげさまで」と、こちらもいつも通りの返事が返ってくる。江澄は相手もいつも通りだという事を確認すると、
    「来て早々申し訳ないが、あなたに謝らなければならない事がある。」
     と切り出した。江澄のその言葉に曦臣の体がくっと目に見えて堅くなる。
    「そんなに堅くならないでくれ。悪いのは俺の方なんだから。」
     そう言われて、曦臣は詰めていた息を静かに吐き出すと、改めて江澄の青みがかった薄紫の双眸を真っ直ぐ見つめた。その眼差しに耐えきれず江澄は少しだけ視線をずらし、ひとつ息を吐くと、もう一度曦臣の方に向き直り話し始めた。
    「先月こちらに伺った時に、文机の上にあった紙が床に散乱していたことを覚えているか?」
    「ええ、もちろん。あの時は散らばった紙を江宗主が拾い集めてくれたね。」
    「そうだ。それでだな……」
     江澄はそこまで言うと少し口ごもると、今度は目線を下げ少し顔を赤くしながら今一度曦臣の美しいかんばせを見つめ、意を決して話し始めた。
    「それで、その紙を拾い集めたときに、貴方が書いたとおぼしき読み物が混ざっていたんだ。」
     その言葉と江澄が顔を赤らめた理由がわかったと同時に、曦臣の顔色は江澄とは対照的に真っ青になっていた。
    「それはとても不快な思いをさせた……申し訳ない。」
     曦臣は青い顔のまま江澄に頭を下げる。まさか謝られるとは思っていなかった江澄の方が泡を食ってしまって、わたわたとしてしまった。
    「沢、沢蕪君!頭を上げてくれ、むしろ謝らなければならないのは私の方だ。偶然とはいえ勝手に貴方の趣味を覗き見てしまったのはこちらなんだ、しかもそれをひと月も黙っていたんだ、私の方こそ申し訳ない。」
     江澄も頭を下げると、今度は曦臣が焦って江澄の頭を上げさせた。
    「江宗主、貴方は何も悪くない。悪いのは見られてもおかしくない状態でそれを置いて部屋を不在にした私の方だ。見てしまったことに関して謝らないで。」
     江澄もそこまで言われ、顔を上げた。
    「見たこと、それを黙っていたこと、怒らないのか?」
     曦臣に恐る恐る尋ねる。
    「怒るも何も。江宗主こそ、私に対して怒ってはいないのかい?」
    「何故怒る必要がある?まぁ、怒るなら何故こんなに元気になったのに閉関を解かないんだとは思ったが。」
    「それは……」
     それだけ言って、今度は曦臣が顔を赤らめ俯いてしまった。
    「なんだ?あんな話を書いておいて生娘のような恥じらい方だな?」
     と軽口を叩く江澄に対して、俯いた顔を少しだけ上げ上目遣いで「笑わないでね……?」と一言おいてから理由を話し出した。
    「私が閉関を解かない理由は、世間の目が怖いと言うのもあるけれど、一番は、一番の理由は……」
     曦臣がここまで言葉に詰まるのは珍しい、というか初めて見たなと江澄が感慨深げに思っていたら、続きの言葉が紡がれた。
    「一番の理由は、江宗主にお会いしたくて……」
     最後の方は消え入りそうなほどで、江澄の耳にかろうじて届いたくらいだった。己の心のうちを吐露した曦臣はというと、見たことのないくらい顔を赤らめ、あの立派な体が小さく見えるほど、体を縮こめている。
    「俺に会いたい、今そう言ったのか……?」
     江澄は耳を疑った。あの沢蕪君が自分に会いたいがために閉関を解かないだと?こんな展開、いやが応にも期待してしまう。
    「沢蕪君、俺に会いたいと言ったが、そう思う理由を聞いてもいいか……?」
     江澄はまた恐る恐る尋ねた。恐る恐る、とは言うものの、はやる気持ちがないわけではない。「はい」と答えた曦臣が少し緊張した面持ちで、紫がかった深い玻璃色の瞳を江澄に向ける。

    「り、理由は……理由は、江宗主の事をお慕いしているから、です。」

     普段は使ってこない敬語になり、そこまで言った曦臣は更に体が小さくなったように感じた。
    「つまり沢蕪君は、自身があの話のように俺に触れたいと思っているのだな?」
     この言葉によって、事故とはいえ見てしまった挿絵付きの例の頁を思い出して、今度は江澄が静かに顔を赤らめ、曦臣は静かに頷くと、二人の間には沈黙が流れた。少しの沈黙のあと、それを破ったのは曦臣の方だった。
    「江宗主にずっと聞きたいことがあって……聞いてもいいかい?」
    「今か?まぁ、答えられる範囲のことしか答えられないが。」
     そこまで聞いて静かに頷いた曦臣は、ゆっくり息を吸い、江澄に尋ねた。
    「何故毎月私なんかに会いに来てくれるの?理由を教えて……?」
     曦臣とて期待がなかったわけではなかった。あの話を見て読んでなお、嫌悪感も抱かずこうして会いに来てくれるし、悪いのは自分だと言って謝罪までしてくれている。曦臣はこのあと紡がれる江澄の言葉に期待していた。
    「それはっ!」
     とだけ言って、江澄は少し不機嫌な様子を見せる。しかし曦臣は知っていた、これが江澄の照れ隠しだと。
    「それは?」
     小首を傾げ、敢えて同じ言葉をおうむ返しして続きの言葉を待つ。
    「それは……」
     今度は目を泳がせ、少し頬を赤く染めている。ここでだめ押しと言わんばかりに、
    「私は自分の気持ちを江宗主に伝えたよ?おかげで私の心の臓はうるさいまでに跳ねているんだ。聞いて。」
     と言って、曦臣が江澄の頭を抱え込み、自身の豊かな胸筋の谷間に江澄の耳をあてがった。そこまでされれば、慎ましく染まっていた頬もしっかり色付き、江澄の顔は棗のように赤くなる。
    「ねぇ江宗主、どうして私に会いにきてくれるの?」
     曦臣の鼓動を聞かされ、相手も緊張しているのかと思ったら、江澄の重い口もゆっくりながら開いてくれた。

    「あなたに、あ、会いたいから……」

     衣擦れでかき消されてしまうくらいのか細い声で江澄は答えた。
    「なぜ、私に会いたいと思ってくれるの?」
     まさか質問が続けられるとは思ってもおらず、江澄は思わず心地の良い温度の胸板から顔を上げてしまった。すると、陽だまりのような優しい表情でいる曦臣の顔がすぐそこにあるではないか。江澄はその距離に耐えきれず、曦臣の逞しくも柔らかな胸板に自ら顔を埋め、母親譲りの綺麗な顔を隠してしまった。

    「江宗主、いいえ晩吟。私はあなたをお慕いしています。あなたのことが好きなんだ。ね、どうかあなたの気持ちを聞かせて?」

     曦臣はそういうと、校服の袖で江澄をふんわりと包み込み自身の腕の中に隠してしまった。大袖に隠された江澄は、曦臣の体温と柔らかな胸板に包まれ、心も緩やかに解けていった。
    「俺は……俺も……」
    「うん」
     曦臣は江澄に合わせて相槌を打つ。江澄は曦臣の校服の裾をぎゅっと握り、言葉を続けた。

    「俺も、あなたのことが、その、好き、だ!」

    「うん……!」

     曦臣は喜びのあまり、ふんわりと江澄を包み込んでいた腕をぎゅうぅぅっとして、江澄を文字通り抱き「締め」た。
     あまりの力に、江澄は曦臣の腕をばしばし叩いて息苦しいことを伝えると、ようやく曦臣の腕から解放された。
    「あなたは加減というものを知らないのか!」
     折角の雰囲気が台無しではあるが、これは生死に関わるのでしっかり言わなければ今後体がもたない。しかし、これからも曦臣に抱きしめてもらえると無意識に思っている自分に気付き、江澄は恥ずかしさを隠そうと、口をへの字にした。
    「すまない、晩吟。でも、私はあなたとこうして抱き合えることをずっと夢見ていたんだ、許してくれ。」
     というと、江澄の首元に顔を埋め今度は慈しむように抱きしめた。そして江澄はそれに応えるように、おずおずと曦臣の背中に腕を回すと、ゆっくりと抱きしめ返した。すると、曦臣は囁くように江澄に尋ねた。

    「ねぇ晩吟、私たち両思いだけれど、お付き合いしてくれますか?もちろん情人として。」

     その言葉に、江澄はすぐに返事が出来なかった。
     江澄には守りたいものがある。雲夢に蓮花塢に金凌に……あげ出したらきりがない。蓮花塢再建の時も気にかけてくれ、金凌が幼い頃には慣れないながらもあやしてくれたりもした。きっと曦臣は江澄が守りたいもの全てを含めて、江澄のことを好きだと言ってくれているのだろう。しかし、頭で理解していても決心がつかない。

    「俺は……俺はあなたを好きだが、一番にすることは出来ない。俺の一番は雲夢であり蓮花塢だ。それはわかってくれ……」

     江澄は今しがた得た幸せが、己の発したこの言葉でなくなってしまうかもしれない不安に駆られ、曦臣の校服をきゅっと握った。すると曦臣はゆっくりと抱きしめていた腕を緩めたではないか。焦がれていた温もりが離れていってしまったことに江澄は不安と落胆を隠さずに、離れたことで見えるようになった曦臣の顔を見つめた。
    「晩吟、そんな悲しい顔をしないで。」
     そうして曦臣は、江澄よりは少し大きくて鍛えられた、しかし武骨ではない手で江澄の手を包み込むようにして取り、話し出した。

    「あなたが蓮花塢を、雲夢を、金宗主を何よりも大事にしていることは知っているつもりだ。お互い宗主だから、互いを一番に出来ないことはそれぞれにあるだろう。だから一番じゃなくていいんだ、私のことを好きでいてくれたら、それで私は嬉しい。だから、幸せになることを諦めないで。」

     そこまで言われ、江澄ははっと顔を上げた。表情は先ほどとは異なり、不安や落胆の表情はないが、いつも釣り上がっている眉は下がり、何かを懇願するような、もしくは期待に困惑しているような表情で曦臣を見つめている。何か言いたげに少し口は動くものの、言いたいことがまとまらないのか薄く形の整った唇は再び閉ざされてしまう。
    「返事は今すぐでなくてもいい。でもこれからも私に会いにきて欲しい、月一回と言わず、もっとたくさん会いたい。あとはこれからも晩吟と呼んでもいい?」
     曦臣が急にあれがしたいこれがしたいと自分の欲を曝け出すものだから、江澄は呆気にとられてしまい、次の瞬間噴き出してしまった。
    「私は何かおかしなことを言ってしまった?」
     とおろおろと焦る曦臣が更に面白くて、江澄はついに腹を抱えて笑い出してしまった。すまない、と枕言葉を置いてなお江澄は笑っている。ひとしきり笑ったあと、目尻に浮かんだ涙を拭いながら、曦臣に言った。
    「あなたにも人並みに欲があったんだな。」
     そう言われて、曦臣は自分の欲を江澄に曝け出していた事に気付いて頬を染めた。
    「すまない、そんなつもりではなくて……」
    「いいじゃないか、人間なんだから。無欲な方がよっぽど怖い。」
     曦臣の言葉を遮るように江澄は曦臣を肯定してやる。
    「欲を示してくれた方が、よっぽど付き合いやすい。」
     この時、無意識に『付き合う』という言葉を使ってしまったせいで、曦臣の目の色が変わった。
    「晩吟!今、付き合うと言ってくれたね⁈」
     曦臣にそう言われて、江澄は初めて自身の失態に気付いた。
    「い、いや、そういう付き合うではなく!」
    「私のことは嫌い?」
    「嫌いではないが……」
    「それなら私と付き合ってくれませんか?」
    「あなた、さっきは待つと言わなかったか?」
    「晩吟、あなたなんて他人行儀な呼び方はやめて。ぜひ私のことは曦臣、と。」
    「おい!急に言葉が通じなくなったのか⁈」
     自身の欲に気付いてしまった曦臣は、内から溢れる欲を止めることが出来ず、またもや江澄をその腕に収めてしまった。
     急に強い力で引っ張られ、厚い熱い胸板に抱き留められてしまい、江澄はとうとう身動きが取れなくなってしまった。
    「晩吟、私はあなたを愛しています。本当はこのまま寒室に隠してしまいたいほど、あなたに焦がれているんだ。どうか私の気持ちを受け止めて欲しい……」
     そう言って、曦臣は先ほどよりは力を入れずに江澄のことを抱きしめた。すると、江澄は観念して抱擁に応え、先ほど同様曦臣の背に腕を回した。

    「俺の一番は雲夢だ。それでもいいなら付き合ってやらんでも、ない。」

     と、言葉は強めだが、その言葉じりは今にも消え入りそうなほどで、江澄が照れていることがうかがえる。
    「晩吟ありがとう……‼︎」
     曦臣は江澄を掻き抱き、顔は首元に埋め、江澄の体温を直接感じられる喜びに浸っているようだった。そうして劣情を煽られた江澄はずっと気になっていたことを尋ねた。
    「なぁ、俺も一つだけ聞いてもいいか?」
     江澄に問われ、曦臣は温もりを惜しみながら顔を上げた。
    「あぁ、なんだい?」

    「あなたは、その、俺に抱かれたいのか?」

     一体何を聞いてくるのかと思ったら想像の斜め上の内容で、脈絡のないように見える話に曦臣は困惑してしまった。
    「すまない、あなたを困らせるつもりはなかったんだ。でも、あなたの書いた話は、自身が女役のように見えたから……」
     そこまで言われて、曦臣はこうなったそもそものきっかけを思い出した。そう問われると、明確に抱かれたいわけではなく、その瞬間だけでも江澄を独り占め出来て、また曦臣自身のことも独り占めして欲しいという己の思いからああいう流れになっていったと気付いた。

    「明確にそういう気持ちがあるわけではないけれど……もしかして、晩吟は私に抱かれたいの?」

     そう言葉にされてしまうと、江澄は顔から火を吹きそうなほど恥ずかしかったが、もし『そういうこと』になった時に、曦臣を組み敷いている自身を想像出来なかったし、どこかでこの人に甘えたい気持ちがあったのかもしれない。

    「俺とて明確にそうだとは言えないが、あなたと情人の関係になるなら、抱かれても、いいとは、思う。」

     江澄は先ほどの失敗を思い出し、言葉を選びながら慎重に返事をした。今度は曦臣の方が劣情を煽られ、次の瞬間には江澄の細いあごを掴み、自身の唇を重ねていた。
    「ん……!」
     寒室に湿った音が響く。曦臣は江澄の唇を貪るように食み、江澄はぎゅっと目を瞑り、曦臣の好きにされている。そうして江澄の薄い唇を堪能した曦臣はゆっくり口を離すと、二人の間に銀糸が渡る。渡った銀糸が切れ、江澄を見れば、口付けだけですっかり蕩けた表情を浮かべている。曦臣は脳内で家規を高速で唱え、どうにか下半身に燻り始めた欲望を抑えたが、抹額がなければ危なかっただろう。そのくらい、初めて見た蕩けた江澄の表情は、自身の欲に対して初心な曦臣を煽るには十分過ぎるものだった。

    「晩吟、急にすまない。続きは今度、ね。」

     そう耳元で囁けば、江澄も惚けた意識を引き戻されて、ぼんっ!と爆発音が聞こえてきそうな勢いでまた顔を赤くするも、静かに頷いて曦臣の欲を受け入れつつ、自身の欲も滲ませたのだった。

     ◇

    「あの二人、やっとくっついたらしいよ、大哥。」
     相変わらず耳の早い懐桑が聶明玦の墓前で報告している。
    「曦臣義兄さんには少し悪いことをしたと思っているから、いいところに収まってくれてよかったよ。これでもう少し元気になってくれると思う。江兄もあれで気持ちを隠してるなんて思っててびっくりだよね。」
     懐桑の独り言は続く。
    「大哥は人の色恋にはそんなに興味がないだろうと思うけど、この二人のことは見守っててあげてね。三の義兄上にはそこから指でも咥えて見ててとでも言っておいてよ。まぁ大哥は三の義兄上には会うこともないかな。そしたら私が寿命を全うした時にでも伝えることにするよ。」

     このあと懐桑から雲夢と雲深不知処に祝いの品が届いたせいで、二人の関係が仙門にばれていくのはもう少し先の話。(了)
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    藍(lhk_wyb)

    DONEお題『婚礼』
    〜 これまでのあらすじ 〜
     閉関を解き、療養目的で三月ほど蓮花塢に滞在した曦臣が江澄と紆余曲折を経て、無事に付き合うこととなり、浮かれて先走った曦臣が、姑蘇へ帰る際、世話になったお礼の品として、婚礼衣装用の赤い布を江澄に贈ったのがことの発端。さて、初心な二人はどうなったのか。
    紅を隠す雲 曦臣と江澄が付き合い始めて早数年。付き合い初めの頃は互いに忙しくなかなか会える時間もとれず逢瀬にも苦労があったが、それも今となってはいい思い出だ。そしてあの時江澄がもらった婚礼衣装用の赤い布も当時のまま引き出しにしまってある。もちろんそのままでは虫に食われてしまう可能性もあるので、保存のための術がかけてある。江澄はその布がしまってある引き出しをたまに開けてはひと撫でして閉める。この布を見るたびに江澄は曦臣との婚礼を想像しては、その光景の中心に自分がいる幸せを噛み締めていた。
     金凌も宗主としてだいぶ動けるようになったし、もういい加減暗殺の心配もなくなり、金家内部も安定してきた。江家は他の仙門に比べると新規門弟も多く、いつも賑わっている。藍家は曦臣が閉関を解いてすぐは、規模こそ小さいが野望だけは大きい仙門が、この機会に取り入ろうと復帰したばかりの曦臣をこぞって訪ねた。おかげで曦臣と江澄は逢瀬の時間をほとんど取れず互いにやきもきもしたが、その時に曦臣を訪ねてきた便乗仙門は、この数年で統合なども含めほとんどが消え去った。そして知らぬ存ぜぬの三不知・聶懐桑の聶家は、江家ほどではないが入門者が以前より増えていた。懐桑がただの三不知ではなかったことを聞きつけた者たちがこぞって聶家の門を叩いたからだった。
    7549

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    takami180

    PROGRESS長編曦澄その9
    スーパー無自覚兄上2
     その日、寒室の飾り棚には竜胆が生けてあった。小さな黒灰の器に、紫の花弁を寄せ合っている。
     藍忘機はそれを横目にして、藍曦臣の向かいに座った。
    「お待たせいたしました、兄上」
    「いいや、大丈夫だよ」
     今日は二人で清談会の打ち合わせである。
     藍曦臣が閉関を解いてから初めての清談会となる。藍曦臣自ら挨拶をするべき宗主、あちらから話しかけてくるのを待った方がいい世家、細々と確認していけばあっという間に時間は過ぎる。
    「こんなものでしょうかね」
    「はい」
    「ふふ」
     藍曦臣は堪えきれずに笑みをこぼした。藍忘機が首を傾げる。
    「実はね、忘機。三日後に江宗主が泊まりにきてくれるんだよ」
     それは今朝届いた文だった。
     ——次の清談会について打ち合わせるので、明日より数日金鱗台に滞在する。その帰りに雲深不知処に寄る。一晩、泊まらせてくれ。五日後だ。
     江澄からの文はいつもそっけない。今回は特に短い。しかしながら、その内容は今までで一番嬉しい。
     会ったときにはまた叱られるのかもしれない。あなたは何度指摘すれば覚えてくれるのか、と目を三角にする江澄は容易に想像ができた。
    「友が、会いにきてくれる 2893