両手に掬った恋心 休憩室でココアを一杯。右手に持った紙コップに口をつけながら、左手は携帯端末の液晶の上を滑らせる。新着のメッセージ件数は、この短時間では開いても開いても減らない。「彼女」たちとの関係を絶ったところで、DJとしてのフェイスの交友関係が狭まったわけではない。急ぎでないものの返信は基本的に後回しにせざるを得ない量だった。
メールは一旦置いておいて、気になったのはSNSの通知である。フェイスは何気なく――とは言い切れないほどしっかりした予感を抱えつつ、数字の重なるアイコンをタップした。
新しい投稿に目を通して最初に出てきたものは鼻から抜けるような溜息だったが、それは呆れなどの負の感情が原因ではなくむしろその逆で、画面を見てひとり和んでしまったことに対する、誰にとも言えない弁解に近かった。
投稿者はディノだった。夕方からはオフである彼は、SNSを利用して仲間たちに集合を呼び掛けている。こういうことは初めてではない。ラブアンドピースが口癖の彼は、皆で集まることが平和への第一歩と考えているらしかった。フェイスも何度かディノ主催の会合に巻き込まれているが、ディノから直接呼びかけられたことは無かった。彼の中ではなぜか、フェイスの参加は絶対条件であり、フェイスには有無を言わさず、いつも最初から参加者一覧の中に名前を連ねられていた。手を挙げた覚えのない集まりにいつの間にか参加することになっている投稿を見つけたとき、フェイスが片手に持ったココアを溢さなくなったのは最近のことだ。
勝手に予定を決められるというのは、言ってしまえば迷惑行為にほど近いが、勿論フェイスにこれを実行する義務はない。無視を決め込み、自由な行動をすれば良いだけだ。溜まったメールの返信や、集めているレコードの整理もしなければならない。けれどフェイスには、自分がこのココアを飲み切った後の行き先がわかっていた。そのことが不思議で可笑しくて、微笑む代わりに誤魔化すような溜息を漏らしてしまった。
ディノが連ねた自分の名前に、「待っているから早くおいで」と言われているようで――このむず痒さは単純な喜びだということにフェイスは気が付いていたが、照れ臭さも戸惑いも、いまは残りのココアと共に飲み込むほかになかった。休憩室を後にする自分の足取りが軽いことも含め、まだはっきり伝えられるほど育った感情ではないのだと、自らに言い聞かせて。