「で」
ルークの空のグラスがテーブルに戻されたところで問いかける。
せっかく家まで訪ねてやったと言うのに溜息をつくばかりで何も言いやがらなかったこいつは、酒が入ってようやく観念したのか口を開いた。
「……スイさん、結婚するんだって」
「あの女が?」
「うん。公私とも支えてくれるような人だってさ」
「テメエ、あの女に操立てして恋人作ってなかったんじゃなかったか」
「操立てってなんか違わないか? …まあいいや。大人になっても気が変わってなかったらって話だ。彼女の気持ちが変わったなら当然のことだよ。
……どうせスイさんの件がなくても僕に恋人なんて出来なかったと思うけど」
「そうかよ」
狙われてるのに気付かなかっただけだろうが。国家警察官のエリート、性格は真面目。土地付の家も持ってる優良株。父親だって表向きには殉職した警察官ってだけで犯罪組織のボスだなんて知られちゃいない。
「……スイさんは素敵な人だから、これでよかったんじゃないかなって想うよ。僕じゃ歌姫で社長の彼女を支えるには役者が足りないよ」
「ダンスもクソダセェからな」
「それ、今言うか? まあ、僕はステージでもだめだし経営だって分からないのは確かだ。 ……なにより、僕は困ってる人がいたらスイさんより優先してしまうから」
「だろうな」
ガキの頃から、記憶が消えたってヒーローになるんだって言い続けてきた男が一番をそう簡単に変えられるはずがない。そもそもあの女だって自分を助けた『ヒーロー』に惚れたんじゃないのか。
ま、憧れと結婚は別なのだろう。
「そりゃ、恋人ってのに憧れはあったけどさ」
「ゴシューショーサマ」
ルークの目が潤んで見えた気がしたのが癪に障って、乱暴にルークの髪を乱してやった。
「アーロン、励まし方が雑すぎ」
「ドギーにゃこんなんで充分だろ」
手を離すと手櫛で雑に髪を整えつつ、半笑いだ。とりあえず大泣きだけは回避できたようだ。
「ドギーにも恋人への譲れない条件とかあんのか? 胸がデカいとか。ああ、ドギーなら毛並みか?」
「君は相変わらずだなあ。外見で決めるつもりなんてないよ。……でも、そうだな。…ヒーローになる夢を応援してくれること、かな。後は、ちゃんと僕のこと好きでいてくれたら」
「相変わらずイイコの回答だな」
ほとんど条件らしい条件がない。もし誰かに告白されたら尻尾振って応えていただろう。
あの女のおかげでそういうのを避ける一助になってた事は感謝してもいい。
「こっちは結構真剣に答えてるんだぞ。君はどうなんだよ。恋人に求める条件」
「なんでオレまで言わなきゃなんねぇんだよ」
「言わないなら秘蔵のジャーキー出さないぞ」
「ジャーキーってこれか?」
「もう取られとる……」
家についてすぐに見つけた戸棚の奥のジャーキー。普段のものより幾分高級そうな包みを開け、一切れ齧る。確かにうまい。
「……背中任せられる奴」
「え?」
「テメエが食うなら言えっつったんだろうが」
「それって…」
ついに言ってやった。そんな気持ちでグラスの中身を一息に飲み干した。
「アラナさんか! やっぱり! ずっとお似合いだと思ってたんだ!」
思わずルークの座る椅子を蹴った。壊れない程度に加減はしてやったが。
「なんでそうなるんだよ。アラナは姉みてえなもんだって何回も言ってんだろうが」
「でもさ、血はつながってない訳だし、お似合いだし、君が仕事してるときアジトを守っているだろ」
「そういう意味じゃねえっての」
ずれた位置から座り直したルークはさっきより拳一つ分近付いた。こっちの恋バナに興味津々って感じだ。
「……なんかその言い方、他に決めた相手がいるみたいだな」
「いるっつったら?」
「アーロンが狙って落とせないひとがいると思えないんだけど」
「相手がアホほど鈍感なんだよ」
もうどうにでもなれ。
「こんなにカッコよくて」
「面食いじゃねえって言ってたな」
「そうなのか? でも、顔以外だってさ。力もあって頭も良くて、仲間想いで。非の打ち所がないじゃないか。僕なら君が彼氏だったら鼻高々だ」
「っとにクセェやつ」
全然意識してないから言える台詞だ。アホくせぇ。
自分のグラスにたっぷり酒を注いだ。
「なあ、どんな相手なんだ」
「鈍感」
「それはさっき聞いた」
この返事が証だ。少しは考えろ。
「馬鹿みてえにまっすぐ」
「君、意外と純真なタイプ?」
「うっせえ。 あー、まあ飯はうまい」
「料理つくってくれるなんて脈アリじゃないか」
ならいいけどな。
「最近フられたってよ」
「じゃあチャンスなんじゃ」
「……鈍感」
思い切り溜息をついてやった。
「だからそれはさっき聞いたって」
「鈍感以外のなんだってんだ」
これだけ言っても気付く気配すらねぇ。
「え、もうヒントは終わりってこと?」
頬膨らまして、犬よりハムスターかって話だ。
「出しすぎたくらいだ。 お得意の捜査でもしてみろよ」
「捜査って……僕が知ってる人ってことか?」
「ま、そうなるな」
テメエが誰より知ってるやつだよ。誰よりも知らねえやつでもあるが。
「君と僕の共通の知り合いってそんなにいないと思うんだけど…」
考え込む時の顎に手を置く癖が出た。
「モクマさん…なら料理も食べてるしよくフられてる……けど、鈍感って感じでもないし」
「他にもっと条件に当てはまるのがいるだろうが」
今ここにな。
「背中を任せられて、アラナさんじゃなくて、面食いじゃない。
鈍感、まっすぐ、料理がうまい、最近フられた、僕とアーロンの共通の知り合い……」
指折りヒントを復唱して考え込んでいる。
長くなりそうだとジャーキーをまたひとつ齧る。
「料理がうまいって言っても、アーロンはミカグラで僕と一緒に外食する機会そんなになかったしな。マイカの人か?いや、背中を任せるような人となると……、サルコ?」
また蹴りを飛ばしたのは不可抗力だろ。こいつが悪い。
その後もひたすら唸っていたルークが「ん?」だの「いや、それは都合が良すぎるんじゃ」だの呟きだした。
漸く繋がったようだが、次もトンチキ回答だったらどうしてやろうか。
「…………どうしよう、繋げていいのかな。
一人思い当たっちゃった人がいるんだけど」
「言ってみろよ」
注いだ酒はいつの間にやら空になっていた。自分の分と、ついでにルークのグラスにも注いでやるともう瓶は空だ。ほとんど俺が空けたが。
あーとかうーとか、ひとしきり唸ってからためらいがちに口を開いた。
「……僕……とか?」
「なんでここまで来て疑問系なんだよ」
「いや、だってさ。 …君がそう思ってたなんて想像もしてなかったし」
耳まで真っ赤で挙動不審。
ようやくオレを意識した。そう思えばニヤつくのを止められない。
テーブルに頬杖ついて様子を眺める。
「……で?」
「君は相棒だから、誰より大切だけど、だからこそ恋人にしちゃうなんてもったいないっていうか」
「相棒も恋人も両方やりゃいいだろうが」
「……そっか、両方でもいいのか」
テンパってんな。まあいい。相手の動揺にでもなんでも付け込むのは基本だろう。一気にたたみかけろ。
「一緒にヒーローやるんだろ。それはテメエの夢の応援にはならねえのか?」
「理想以上で申し分ないです……」
ルークの言う条件なんてガキの頃からクリアしてるんだ。キャパシティーオーバーしてようが手を緩めてやる理由にはならない。
「後は、ああ。ドギーを好きだってのが条件って言ったか」
ルークの腕輪を抜き取り、手に乗せてやる。
「どうでもいい相手にくれてやる程の善人じゃねえよ」
「……それって、あの頃から好きだったってこと?」
「ああ、そうだよ」
ぱくぱく口を開閉して、言葉になってない。
それでも腕輪を付け直す律儀なやつだ。
「あー…、でもほら、もし別れちゃったら気まずいじゃないか」
「オレが一度手に入れたモン簡単に手放すと思ってんのか?」
「……思わないな」
まだ逃げ道を探しているようだが、あいにくもう逃がしてやるつもりなんてない。
「オレが彼氏なら鼻高々なんだろ。……オレじゃテメエの相手に役者が不足してんのか?」
「むしろ僕でいいのかって……」
「お前がいいんだよ。 なあ、ルーク。返事は」
同じ色の目を見つめる。
あちこちに忙しく視線を向けてうろたえていたルークは、グラスを一度傾けるとこっちに向き直った。
「よ、よろしくお願いします」
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KinKi KidsのBlack Jokeをイメソンに。
すごいアロルクなのでみんな聴いて。