【嘘つきナイト】
基本的に僕が昼食を摂る場所は決まっていない。確率的に屋上や中庭が多いのは作業をしながらだったりするからで、昼食とその後のゴミを持ってうろうろするのが面倒な時は、教室で適当に胃に流し込んでしまうこともある。
そして、今日もそのパターンだ。
僕はタマゴサンドを手早く胃に納めて、作業道具や作りかけの小さめのロボットが入った黒いバッグを手に屋上へと急いだ。
通い慣れた階段をかけ上がって屋上のドアを開くと──頭上に広がっていたのは抜けるような青空だった。くわえて、熱くも冷たくもない風が心地よく吹き抜けていくそこはくつろぐのに絶好の場所だったのだろう。暖かな日差しをやわらかく跳ね返す見慣れた金の髪が、こっくりこっくりと舟を漕いでいた。……司くんだ。
(珍しいこともあるものだね)
彼の食事場所も、その日その日で変わる。本人曰く『優雅なランチタイムを過ごせる場所が変わるのは当たり前だろう』だそうだけど、最近は屋上で僕と食べることが多い気がする。それにしたって、食後にこんな風に眠ってしまっているのは中々珍しい姿だった。
──彼が来ていたならここで食べても良かったな。
今さらそんな後悔をしつつ、足音を忍ばせて彼の隣まで辿り着く。ゆっくりと腰を下ろして、中身的に音が鳴りやすい手荷物もそっと下に置いた……が。
──カチャンッ──
何かの金具同士がぶつかるような小さな音が響いた。しまった、と胸中で失態をぼやきつつ、慌てて彼の寝顔を覗き見た僕は……驚きで息を飲んだ。
しっかりと閉じられた両のまぶた。
そのどちらの目の端からも、涙がつうっと伝い落ちていたからだ。
「……っ……!?」
一瞬、起きているのかと声をあげかけたものの、それ以外に彼に目立った反応はない。どうやら夢を見て泣いているらしい。悲しい夢を見ているなら起こしてあげるべきかと思ったが、夢の内容次第では、変に起こすと目が覚めた後で不快につきまとわれるかもしれない……。
起こすべきか、起こさざるべきか。そんな二つの選択肢の間で揺れていると、校舎内に鳴り響く予鈴が少しくぐもった音で聞こえてきた。
しかし、それでも司くんは目を覚まさない。時々リズムを乱しながらも、すぅすぅと寝息を立てて眠ったままだ。かなり熟睡してしまっている。
(これは……夢の良し悪しを抜きにしても起こしたくないな)
よし、と心を決めた僕は、じりじり彼との距離を詰め。ぴったりとくっついた所で彼の肩を抱き寄せた。度々揺れていた頭はいとも簡単に僕の肩へこてんと寄りかかってくる。その衝撃で薄く開いた彼の口から、ん、とかすかな声がもれたが、さらりと額を流れた淡い色の髪に軽く唇を落として優しく頭を撫でた。
「……大丈夫だよ。まだ寝ておいで」
と。数秒の間をおいて、また寝息が聞こえ始める。その目からもう涙が出ていないのを見て、僕はほっと胸を撫で下ろした。
「こんな嘘をつく僕を、君はどう思うんだろうね」
僕と違って、司くんは真面目に授業を受ける人だ。目が覚めて午後の授業が始まっているとわかったら、なぜ起こさん、と怒るかもしれないし──むしろそんな姿だけが実に容易に想像できた。
それでも、
「今は……君の眠りを守るナイトでいさせて欲しいんだ」
いつも皆の先頭で頑張る君が、少しの間だけでも心安らげますように──祈りを込めて。こめかみにそっと唇を押しあてる。
紡がれる穏やかな寝息は変わることなく。凪いだ風に、繰り返し溶けていった。