【Lover's time】
久々にショーの練習のない、天下の休日。日曜日。
もっとも休日とはいえ、ワンダーステージという舞台でショーを行うオレ達には他にやることもある。ショーで使う小道具などの細かな物品の買い出しだ。ステージで使うものなのでフェニランに領収書付きで申請を出せば後から費用は返ってくるが、まずは自腹を切って自分達で買ってこなくてはならないし、そうしなくてはショーの準備も出来ない。
そこでオレと類は朝も早くから、多くの人が行き交うショッピングモールを縦断していた。途中、広場で行われていた休日限定の手品ショーを二人で楽しみつつ、センター街まで足を伸ばす。そして機械系のパーツを置いてあるという店から出た後、道の端に寄ったオレはビニール袋の取っ手を腕に通すと、ポケットから取り出した折り畳んだ紙片を開いた。書き込まれた文字を上から順番にみていく。
ガムテープ、養生テープ、紙テープ数種に、石鹸、風船、ヘリウムガス、等々……。
「全部買っておいて今さらだが、パーティーグッズのようだな」
つい素直な感想をこぼすと、後ろで大きなビニール袋三つを腕にかけた類がくすくす笑う。
「まぁ今度のショーはパーティー三昧のお城が舞台だし、あながち間違ってもいないんじゃないかな」
「そうなんだが……よし、とりあえずメモに書いてあるものは全部揃ったな。お前の方はどうだ?」
「ああ、僕の用事も済んだよ」
ビニール袋をぺちぺちと叩く。
「本格的な組み立ては通販で頼んでいるパーツが届いてからになるけれど、作業自体はこれで始められそうだ」
「そうか。急がせてしまって悪いが頼んだぞ」
「フフ、構わないよ」
オレはメモを畳み直してポケットに戻し、代わりにスマホを取り出して時間を確認した。
今日は回る場所が多かったので確かに朝早くから動いていたはずなのだが、とうに昼を回ってしまっている。昼食というには遅すぎるが、さすがに何も食べないままでは(オレはともかくとしても)常から易々と食事を抜いてしまう偏食家の類が心配だ。スマホをしまいこんで類の方を見やった。
「そろそろどこかでランチでもとるか」
「とはいっても、少し時間が遅めだね。軽食の方がいいんじゃないかな」
「そうだな。近くに適当なカフェでもあればいいのだが」
先に歩き始めた類の後に続いて、どこかで見かけた気はするんだが、と言いながらオレも歩き始める。
ショッピングモールもそうだったが、やはりセンター街も負けじと人が多い。背の高い類や、年相応──のはずだ、多分──の背丈のオレならともかく、えむや寧々だとはぐれてしまいそうだ。横目で人の流れを見ながら、そんなことをうつむきがちにぼんやり考えていた。その時。
類が、後方のオレの視界の中にすっと手を差し出してきた。それはまるでバトンを受け取る時のような体勢で、何のことかわからずにじっとその手を見つめていると手が上下にひらひら揺らされた。
「司くん、はぐれるといけないから」
なるほど、繋げということだったのか。
一人得心しつつも、オレは小首を傾げた。
「オレもそれなりに背はあるんだぞ。多少はぐれたところで、お前の身長があればすぐに見えるだろう?」
「ある程度はね。でも──今みたいに、君影草のように頭を垂れられていたら、いくら僕でも見失ってしまうよ」
オレが手を繋がないことに業を煮やしたのか、類の方からオレの手を握り、またスタスタと歩き始めた。
……付き合い始めてからというもの、類と手を繋いで歩くことは珍しくなくなったが、休日の昼日中にすることはあまりない。気恥ずかしさに顔が勝手に熱を帯びていくのがわかったが──振り払う気にもなれず。オレもきゅっと類の手を握るようにすると、前を向いたままの類がふふっと笑った。
「な、なんだ?」
「いいや。なんだか幸せだな、と思っただけだよ」
「……変なやつだ」
「司くんにだけは言われたくないねぇ」
「なんだとっ!?」
と。
肩越しに、優しいシトリンの瞳がオレを振り返った。
「ねぇ──この人混みを抜けたら、恋人つなぎにしてもいいかい?」
手の平を合わせて握り合う恋人つなぎは、恋人としての時間を始める合図──これはショーに差し支えが出ないよう、オレ達が二人で決めたルールだ。確かに今はショー向けの買い出し中なのだから、類がそう求めてくるのもわからないではなかった……が。
オレは返事の代わりにぱっと手を振り払った。類の眼が一瞬驚きに見開かれたのが見えたが、その視線を無視をして早足で隣に並ぶと──
自分から、恋人つなぎをした。
「よっ……用事は終わったんだろう! 今しても構わん!」
耳まで真っ赤になっている自覚は、あった。しかし隠す方法などあるはずもなく、汗ばむ手でただぎゅうっと類の手を握る。類は笑いを押し殺すようにしばらく肩をくつくつ揺らしていたが、やがて握り返してきて──オレのこめかみに、ちゅ、と唇を落とした。
……なんだか幸せだなと言いたくなった類の気持ちが、今さらわかった気がした。