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    salmon_0724

    @salmon_0724

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    2022.10.9 ブラネロ 現パロwebオンリー「現の沙汰もおまえ次第」展示作品です。

    #ブラネロ
    branello

    配信者ブラッドリーと一般ゲーマー?のネロの話 品出しも清掃も終わった深夜のコンビニは、客も滅多に来なくて退屈だ。だからこそ、ぼんやり思考を巡らせるのにはちょうどよいところが気に入っていた。
     一応レジに立ちながら頭の中で思い返すのは、バイト前にブラッドリーと共に最後に戦ったオンラインゲームの一戦だ。最後の最後で相手に撃ち負けて最初に落ちてしまい、味方も擂り潰されて2位に甘んじてしまった。
     焦ると照準がすぐにぶれるのはブラッドリーにも指摘されるネロの悪い癖だ。わかってはいるものの簡単に直せるものではない。
     やっぱり上達するには射撃訓練もちゃんとやらなきゃダメだよな、毎日反復練習しないとすぐに腕が落ちるし……と脳内で反省会を繰り広げていると、ポケットの中のスマホが震える。
     相変わらず客はおらず、もう一人のバイトは裏で休憩している。誰も見ていないのをいいことにスマホを取り出すと、思った通りブラッドリーから連絡が来ていた。
     大学が休講になったから明日の昼からまたやろうぜ、というメッセージに夜勤明けに飯食って仮眠取るからその後なら、と返すとすぐに了承が返ってくる。
     明日もブラッドリーと遊べるのだと思うと素直に嬉しい。スマホをポケットに滑り込ませたところで、久しぶりに自動ドアが開いて客が入ってきた。


    *****


     優しかった母親と死に別れ、再婚した父親と義母と暮らす気まずい日々をやり過ごすように乗り切っていたネロが唯一、どうやら世間一般よりも自分の腕は優れているようだと自信が持てたのがFPS系のオンラインゲームだ。
     クラスで流行っていたから何となく手を出してみたのが切っ掛けだった。別に級友と一緒に遊びたい等という欲求も全くなく、ただ何人かから最近ハマっていると聞いてうっすら興味を持っていたところ、動画サイトの広告で短いCMが流れ、何となく興味が湧いてダウンロードしただけだったのだ。
     最初は何が何やら全くわからなかった。よくわからないまま操作キャラクターを選択し、スマホの小さい仮面の中で目まぐるしく切り替わる状況に目を白黒させていたら、あっという間に敵にやられて死んだ。
     さすがにこのままでは終われないと、とりあえずやってみた次の一戦。偶然こちらに背を向けて一人で彷徨っている敵がいたので撃ってみたら、ヘッドショット判定で一発で倒せた。
     効果音と共に敵がアイテムボックスへと変化した時、今まで感じたことのない奇妙な高揚があった。自分がタップした指先で、どこかの誰かが操っていたキャラクターが倒れた。そのことが強烈に面白かった。後から思うと、それがハマる瞬間だったのだ。
     最初は敵にダメージを与えることすら覚束なかったが、毎日夢中で遊んでいるうちに倒せることが増えてきた。行き詰ったらネット上で立ち回りの方法や最新情報を仕入れては試行錯誤を繰り返し、気が付いたら数百人しかいないという最高ランクに到達していた。
     アイテムを漁り、相手の動きを予測して回り込み、時に誘導し、襲い掛かって弾丸を打ち込む。または打ち込まれる。それを繰り返して最後に立っている者だけが勝者という仕組みはとてもわかりやすかった。時にチャットで暴言を吐かれたりチーターに遭遇することはあれど、画面の向こうだけの存在など忘れてしまえばそれまでで、同じ家に暮らしながらも敵視してくる人間に比べればかわいいものである。
     無謀を承知で聞いたことがない運営会社のプロゲーマー募集に応募したのも、所属選手は寮に入ることができると謳っていたからだ。合格の通知が来た時は、自分の腕が認められたことと、ようやく家を出ることができるという安堵で二重に嬉しかった。
     高校卒業と同時に家を出て寮に入り、しばらくは他の選手達と毎日FPS漬けで暮らした。
     共同生活を送ることに不安はあったが、実家で中途半端な他人と暮らすよりは遥かに過ごしやすかったし、運営会社が用意してくれたゲーミングPCで遊ぶこと自体が楽しかった。それまではずっとソロでやっていたので、味方と通話しながら敵を倒すのが新鮮だった。
     案の定怪しかった運営会社がしばらくして破産しチームも解散したので、プロとして公式大会に出たことはほとんどないが、一緒に暮らした二人とは友人と呼べる仲になった。
     ネロとは違いすぐに実家に連れ戻された彼らは、ゲームで身を立てたいがどうしても顔を晒したくないということで、現在FPS配信をメインとする二人組のVtuberとなっている。大会で活躍するなどして徐々に人気と知名度を得つつある彼らからは、たまに人手が足りないからと手伝いを頼まれることがある。
     そしてその伝手で紹介された仕事で出会ったのがブラッドリーだった。
     FPSに興味があるアイドルと有名配信者がコラボするという、最近増えてきた案件だった。三人一組となって戦うゲームなので、ネロは補助として二人のチームに加わる形だ。といっても配信に参加するわけではなくあくまで裏方なので、やることは配信の邪魔にならない程度に敵を蹴散らすくらいである。
     自分がプレイするのが好きなのであってゲーム配信は見ないので、ネロはブラッドリーのことを知らなかった。配信が始まる直前の打ち合わせで声を初めて聞き、有名な配信者ともなると声がいいんだな、腕の方はどんなものか見てやろうと思った程度だ。
     しかし実際に配信が始まると、すぐにその考えは変わった。
     初心者のアイドルにプレイの基本を教えながら、初めてFPSの配信を見るであろうアイドルのファンの視聴者に解説を挟みつつ、周囲の状況を読んで安全な位置に誘導する。アイドルのミスで窮地に陥っても、大げさなリアクションでフォローしながら敵との撃ち合いに勝つ。そして長距離スナイプが滅茶苦茶に上手い。
     そもそもずっと喋りながらプレイしているのに、ちょくちょく視聴者のコメントを拾って反応しているのがすごい。目がいくつあるんだ。なるほどこれは人気が出るはずだと認識を改めた。
     コラボ配信は大盛況のうちに終わり、ブラッドリーが次に配信していたら見てみようかなと思いながら水を飲んでいた時だった。
     急に音声通話の呼び出し音が鳴った。
     画面を見るとそのブラッドリーからで、思わずペットボトルを手から取り落としそうになる。
     配信中に何かあった時のためにスタッフがたてた通話グループにお互い入っていたので、連絡先が知られていること自体は不思議ではない。
     しかし何の用があるのだろう、何もやらかしたりはしていないはずだけど、と逡巡している間にも呼び出し音が鳴り続ける。止まる気配がないので、観念して通話ボタンを押した。

    「……もしもし?」

     恐る恐る通話に出ると、ヘッドセットの向こうで小さく相手が息をのんだ音が聞こえる。
     それから、さっきは世話になったな、とこの数時間ですっかり聞きなれた声が流れ込んできた。

    「えーと、ブラッドリーさんですよね。俺何かやらかしてましたか?」
    「は?いや違う、むしろ急な仕事を引き受けてもらって助かった」

     本当に驚いたような声だったので、取りあえず怒るために電話をかけてきたわけではないのだとほっとした。しかしそれならば要件が尚更わからない。
     それに配信では常に堂々として自信ありげな話し方をしていたので、何かを言い淀んでいるような態度が気になった。しばらくの沈黙の後、意を決したようにブラッドリーが話し出す。

    「今日はずっと、配信のノイズにならないように調節してくれてたんだろうけど、それでも上手くてビビった。ネロだっけ、おまえすげぇ強いな」
    「え、と、それはどうも」
    「それで、あー、初対面だし、別に気が向かないなら断ってもらっても構わないんだけどよ」
    「は、はい」
    「この後あいてたらランクやらないか?」
     
     基本的にネロはゲームの中でまで人間関係に煩わされたくなかったので、仕事で知り合った顔も知らない相手からたまに誘われることがあっても全て断っていた。
     それでも、その声で誘われた時、気が付いたら頷いていたのだった。
     自分がすごいと認めた相手に褒められて嬉しかったのもあるし、単純にブラッドリーへの興味があったからかもしれない。プレイスタイルもちょうどお互いを補完しあう形だ。長距離メインで基本的にスナイパーのブラッドリーと、近接が得意なネロは相性が良いだろうなと、配信中から通話はせずともお互いわかっていた。
     理由ならいくらでも思い浮かぶ。でも結局のところ、ネロも心のどこかでこのまま終わってしまうのは惜しいと感じていたので、ブラッドリーから声をかけてきてくれたことがとても嬉しかっただけなのだ。後から何度もこの時のことを思い返すほどに。

    「うわ、もうこんな時間か!外明るくなってるわ」
    「本当だ、全然気づかなかった。道理で腹が減るわけだ」

     取りあえず一時間だけ、とはじめたが、気が付いたら日付が変わるどころか朝になりかけていた。途中で休憩は挟んだものの、六時間以上ずっとやっていたことになる。
     思っていた以上にブラッドリーとの相性がよすぎて、普段よりもずっとはしゃいでいたことに喉の微かな痛みで気が付く。それぐらい楽しくて夢中だった。
     撃ち合いが厳しいと思った瞬間に援護射撃が来たり、逆に狙っていた敵とは別方向からブラッドリーを撃ってくる敵を倒したり、言葉よりも前に不思議と互いを補うように戦っていた。
     お互いはしゃぎ倒して、同い年だとわかってからは敬語も早々に消え、最後の方はブラッドリーとキルリーダーの取り合いをしていた。
     ついでに報告の時に面倒なので、呼び方もブラッドでいい、と言われた。顔を合わせたこともない相手を愛称で呼ぶなどこれまでのネロは考えたことがなかったが、高揚したテンションにまかせて自然にそう呼んでいた。

    「楽しかった!最初にブラッドから通話が来た時は驚いたけど、誘ってくれてありがとな。ランク爆盛りだわ」
    「おまえとは絶対にあうと思ってたんだよな!俺もすげぇ楽しかったわ。ネロ、次はいつあいてる?またやろうぜ」

     ブラッドリーの声が自分と同じように弾んでいて、楽しかったのだという感情を伝えてくる。ネロも今日だけで終わるのは余りにも惜しいと思っていたので、次を決めようとしてくれることが嬉しかった。
     その場でプライベートの連絡先を交換し、もう数か月が経つ。ブラッドリーとは週に二,三回は遊ぶようになった。バイトで食いつないでいるネロとは違い、ブラッドリーは大学に通いながら配信業もしているので忙しそうだったが、まとまった時間を作ってはネロとゲームをしていた。
     今日のような急な誘いもよくある。
     あまりの暇さについブラッドリーとの出会いを回想していたら、バイトが終わりの時間になった。 
     夜勤明けの黄色く見える太陽に目を瞬かせながら自転車をこいで一人暮らしのアパートに戻り、冷蔵庫を開ける。冷凍のご飯と梅干しで手早くお茶漬けを作って胃に流し込み、シャワーを浴びて寝た。
     事件が起きたのはその後のことだ。
     昼過ぎに起きてピザトーストで簡単な食事をとった後、いつも通りゲームを起動しようとしたら、エラー画面が出て先に進まない。
     何度かPCごと再起動しても同じエラーが出るので、どうにか読み慣れない英語表記を読み解くとグラフィック関連に問題があるようだ。公式のQAや解説サイトを見ながらドライバを更新したりしてはみたものの、一向に改善されない。
     残念ながらしばらく遊ぶのは無理そうだとブラッドリーにメッセージを送ると、すぐに電話がかかってきた。
     ブラッドリーはスマホでちまちま文字を打つのがあまり好きではないようで、どちらかが外出でもしていない限りメッセージのやり取りよりも通話を好む。ややこしい話の時は特にその傾向が顕著なので、やっぱりな、と思いながら電話に出ると、矢継ぎ早に質問される。

    「一昨日は何ともなかったよな。昨日は平気だったのか」
    「昨日も大丈夫だったよ。OSや他のソフトのアプデとかもなかったし、原因が本当にわかんねぇんだよな」
    「最近はサーバも落ちたりしてないし、たぶん問題があるのはPC側だろうな。そんなに調子悪いのか?」
    「うん、いろいろ試してみたんだけどエラー出るのは変わんなくてさ。もしかしたらグラボごと交換しなきゃだめかも」

     もともとがPCの推奨スペックが高めのゲームである。買い替えるにしても、快適にプレイできる水準を満たすグラフィックボードは中古品でも数万円はするだろう。
     頑張れば出せない金額ではないものの、裕福な生活をしているわけではないので、できれば安いものを探したい。そうなるとおそらく通販になるから、下手したら届くまで数週間は遊べなくなると告げると、ブラッドリーは少し考えてから、それなら、と言った。

    「うちに使ってないPCがいくつかある。そのグラボやるよ」
    「え?!さすがにそれは悪いって!いくらすると思ってんだよ!」
    「案件でもらったけどもう別のやつ使ってるからな。元手がかかってるわけでもねえし気にすんな」
    「いや、気にするだろ!」

     さらりとブルジョワ発言をされて眩暈がした。家にPCが余ってるってどういうことだよ、とネロは慄く。
     ブラッドリーとはずっと二人だけで遊んでいるのでたまに忘れそうになるが、彼はかなり人気のある配信者だ。事務所に所属してスポンサーもついているので、今はもう一介のプレイヤーでしかないネロとは違うのである。
     それでも、ネロとしてはブラッドリーとは対等な友人でいたかったので、一方的に施しを受けるのは嫌だった。

    「そもそも今かなり半導体不足だろ。よさそうなのがあってもいつ届くかわかんねぇし」
    「……まあそうだけど」
    「別に一方的とか施しとか、そういうんじゃねぇよ。俺がネロと遊びたいだけだ」
    「う、そ、それは俺も一緒だけどさぁ!」

     この人たらしめ……とネロは内心で歯噛みした。ブラッドリーの低い声でストレートにそう言われると、ついうろたえてしまう。
     これまでの人生では意図的に人と深く関わることを避け、表面的にストレスのない人間関係を作り上げることがほとんどだったので、真剣にこちらを案じた上で好意を示されるとどうしていいかわからない。
     いやでももらってばっかりは悪いし返せるものがねぇよ……と何とかネロがごにょごにょ言うと、わかった、とブラッドリーが溜息をついた。

    「ちゃんと直ってプレイできるようになったら何か俺の言うこと一つ聞けよ。それでチャラな」
    「いやブラッド、本気で言ってる?」
    「そうだっつってんだろ。取りあえずこれからグラボはずしておまえん家に持ってくわ。そういやネロ、どこに住んでるんだ?」
    「え、うち来んの?!」
    「それしかないだろ。おまえグラボつけ外しできんのか?」
    「できないです……」

     ブラッドリーがすっかりやる気になっていることを声から感じ取る。ゲームをしていてもこの声の時のブラッドリーは絶対に自分の意見を曲げない。
     そもそも数週間ブラッドリーと遊べなくなるのはネロだって嫌なのだ。観念したネロが最寄りの駅を告げると、マジで、とブラッドリーが大きな声を出した。

    「俺も同じだわ」
    「え、マジ?俺は東口側だけどブラッドは?」
    「俺もそっちだな。川沿いに公園があるあたり」
    「マジかよめちゃくちゃ近所じゃん!俺の家もそのへん。公園の近くに柴犬飼ってる家あるだろ、その隣のアパートだわ」
    「いや本当に近ぇな。今から準備してもたぶん30分くらいで行けるから待ってろ」

     知り合って数か月経つのに気づかなかったことがおかしいくらいに、すぐ近所に住んでいるようだった。
     ネロが驚いている間に通話が切れる。ああ言ったからには、本当に30分もしないうちにブラッドリーがやって来るだろう。

    「ていうかリアルで会うの初めてだな……」

     すでに何十時間も一緒にゲームをしてきたので、人となりはわかっているから不安はない。しかし、いつか会うことはあるのかなと考えたことはあるが、向こうは配信者で顔バレはしたくないだろうし、そうそうないだろうなと思っていたのだ。
     急に顔を合わせることになって妙に緊張してきたネロは、取りあえず部屋中を軽く掃除機をかけ、窓を開けて換気をした。
     付け焼刃にしかならないが、手持ち無沙汰で他に何をしていいかわからなかったのだ。
     そわそわしながら待っていると、スマホにブラッドリーから電話が掛かってきたので急いで出る。

    「今アパートの下まで来た。何号室だ?」
    「早いな。201だよ。階段上がって一番奥」
    「わかった、すぐ行くわ」
     
     1分もせずにチャイムが鳴らされる。ドアを開けると、そこにはネロよりも一回りはがたいのいい男が立っていた。
     白と黒のツートンカラーの短髪に、整った顔立ちを大きく横切る傷跡。驚いたようにネロを見つめる目はピンクに近い、珍しい色合いをしている。
     ブラッドリーとはこんな顔をしていたのか、と思うと意外なようでもあり、逆にこれしかないような気もした。

    「ブラッド、だよな?」
    「おう。そんな顔してたんだな、ネロ」
    「そりゃこっちの台詞だよ。……いや、わざわざ来てもらって悪い。取りあえず上がってくれ。客用のスリッパとかはないけど」
    「はは、そんなこと気にしねぇよ。PC置いてるのはどこだ?」
    「こっちの部屋」

     聞きなれた声が見慣れない顔から聞こえるのは不思議な感じがする。
     ブラッドは笑う時こんな顔をするのか、と感慨深くなるネロの横で、いろいろ機材をいじっていたブラッドリーは一時間足らずで直してしまった。
     ゲームが正常に起動していることを示す画面を見て驚愕する。ネロが数時間格闘したのはなんだったのだろうか。

    「ブラッドもう直せたのかよ?!すごいな、ありがとう!」
    「まあちゃんとプレイできるか試してみないとまだわかんねぇけどな。俺もそれなりに前から配信やってるから、だいたいのトラブルは経験済みってことよ」
    「機材トラブルって事務所の人が対応してくれるんじゃないのか?」
    「ちゃんとした事務所ならそうだろうけど、うちは芸能事務所に毛が生えたような感じだからな。俺以外に詳しい奴はいねぇから全部自分でどうにかしたんだよ」
    「おまえマジですごいな……本当に助かったわ」

     さらりと言われたが、それがどれくらい大変なのかはネロにも想像がつく。
     配信するならば普通にプレイするだけよりもさらにPCの要求スペックは高くなるし、トラブルの種類も増えるはずだ。それらを自分の力で切り抜けて配信者として大成したのは、そうそうできることではない。
     改めて考えるとブラッドリーってすごい奴だな、おまけに顔もイケメンだし。ただのフリーターの自分とは余りにも釣り合わないのでは、と考えて胸の奥が冷やりとする。
     そんな気持ちを吹き飛ばすように、直った!と大きな声をあげたブラッドリーがネロを見て笑った。
     得意げに目を細められた満面の笑みを浴びてぽかんとする。そういう顔をすると幼い印象になるんだな、と頭の片隅で思った。

    「これでちゃんとできそうだぜ!」
    「あ、ありがとう、お疲れ。……そうだ、喉乾いてるか?お茶かエナドリしかないけど」
    「お、じゃあお茶もらうわ」

     呆けていたことに気づかれたくなくて問いかけると、お茶を所望されたのでキッチンへ行こうと立ち上がる。ネロは注いだお茶をPCがある部屋に持ってくるつもりだったのだが、ブラッドリーも立ち上がってついてきた。
     別にいいかとそのままにし、冷蔵庫からお茶のボトルを取り出す。透明なコップに注いで手渡すと、ブラッドリーはあっという間に飲み干した。

    「うまい。これ何のお茶?」
    「ジャスミンティーだよ。スーパーで安売りしてたパックのやつで悪いな」
    「いや、自分で作ってるだけいいだろ。俺はペットボトルしか買わねぇわ」

     空になったコップをシンクに置きながら、ブラッドリーが興味深げにキッチンを見渡す。
     キッチンは、PCが置いてある部屋を別にしたらネロが多くの時間を過ごす場所だったので、まじまじと見られるのは妙に気恥ずかしい。
     所在なげにするネロに対して、ブラッドリーは自炊するんだな、と感心したように言った。

    「ちょっとはするけど、何で?」
    「そりゃ、これだけ調味料やら油やらが置いてあればな。フライパンも使い込んでるみたいだし、おまえ結構料理するだろ」
    「えーとまあ、人並みには。……ところで直ったら何か一つ言うこと聞けっていってたけどさ、どうすんの?」

     気まずくなって話題をそらすと、少し考える素振りを見せたブラッドリーはふむ、と頷いた。

    「じゃあ何か作ってくれよ」
    「は?!」
    「今日は昼飯食い忘れたし結構腹減ってるんだよな。ちょうどいいわ」

     亡くなった母親は料理が好きだったので、幼い頃は教えてもらいながらキッチンに立つのが好きだった。手伝いをすると優しく頭を撫でて褒めてくれことを今でも覚えている。
     その母は小学校を卒業する前に交通事故で帰らぬ人となり、離婚後に新しい家庭を気づいていた父親に引き取られてからは全く料理はしなくなった。
     共働きだった父親と義母に代わって一度だけ夕飯を作ったことがあったが、義母が酷く厭そうな顔をして一口も手を付けずに捨てられたことが忘れられない。
     あの瞬間、ネロは自分の料理には価値がないのだと思い知らされたのだ。
     それ以降は人前で料理をすることはやめた。寮で暮らしていた時も、料理はできないと嘘を吐いた。
     唐突に一人暮らしが始まってから、安物の調理器具を揃えて母と作っていた料理を思い出すように作ったり、ネットで話題になったレシピを試してみる程度である。

    「いや、別に人に振舞えるようなもんじゃねぇよ?口にあわないと思うし、」
    「食べてないからわからないだろ。俺の口に合うか合わないかは俺が決める」
    「それはそうだけどさぁ……」
    「そんなに嫌なのかよ。わかった、じゃあ西口の焼肉の店で俺が満足するまで奢れよ」
    「は?それは無理」

     ブラッドリーが言う焼肉店はチェーンではなく昔からある高級店で、とんでもなくいいお値段がするため、ネロは葛藤も忘れて真顔で断った。
     いかに手料理を振舞うのに抵抗があれど、とてもではないがそんな金はなかった。あったらそもそもブラッドリーの世話にはなっていない。

    「他にないのかよ……」
    「ない。無理なら何か作れ。肉がいい」
    「全っ然ゆずる気ねぇな?!……ああもう、わかったよ!何が出てきても文句は言うなよ?!」
    「言わねぇよ、俺はネロが作る飯がどんなのか興味があるだけだからな。ただ大盛にしろ、すげぇ腹減ってるから」

     全く他意がなさそうな瞳を見て方の力が抜ける。
     ネロが了承したことに満足そうなブラッドリーは、念のためにもうちょっと様子を見ておくとPCが置かれている部屋に戻っていった。もしかしたら見られていたらやりづらいだろうと気を使ったのかもしれない。
     そうだ、ブラッドリーなんだ、と思った。
     ブラッドリーは義母とは違う。語気は強めだし怒っている時の舌鋒の鋭さと言ったら天下一品だし、負けが込んだ時は本気の言い合いになることも多々あるが、ブラッドリーは本気でネロを傷づけるようなことは一度もなかった。
     だから、ブラッドリーなら。
     こいつなら大丈夫だと思える。
     文句は言わないと自分で言った以上、どんなものが出てきても本当に言わないだろう。そういう男だ。
     
    「……だからって、適当なもん食わすわけにはいかねぇよな」

     溜息を吐いて観念すると、ネロは覚悟を決めて手を洗った。
     自分にしか作っていなかったので、味に自信は全くない。でも、どうせなら自分ができる限りでちゃんとしたものを出したかった。
     冷蔵庫の中身と相談しながら自分も空腹なことに気づいたので、生姜焼き丼と味噌汁を二人前作ることにする。
     もともと来客など想定していないから肉は少なめだが、玉葱で嵩増しして味を濃くすることで誤魔化した。割れた時のために二つ買っておいてよかったと思いながら戸棚の奥から丼を出し、これでもかと炊き立てのご飯をよそう。その上に生姜焼きをのせ、白胡麻をふりかけた。味噌汁は他によさそうな具材がなかったのでわかめと豆腐のみだ。

    「これで大丈夫かな……」

     不安は拭えないが、冷蔵庫の中には他にちゃんとした食材がないので仕方ない。
     ちゃんと買い物しておけばよかった、と後悔しながらブラッドリーを呼びに行こうとしたら、匂いに釣られたのか向こうからやってきた。
     食卓の上の料理を見とめてそわそわと座ったので、コップに二人分のお茶を入れながらネロも正面の席に着く。

    「いい匂いがするじゃねぇか。生姜焼きか!」
    「そう、急だったから付け合わせはないけど……」
    「別に気にしねぇって。もう食っていいか?」
    「あ、ああ」

     ネロが言い訳を重ねる前に、意外にもいただきますと丁寧に手を合わせたブラッドリーは、大きく口を開けて生姜焼きを食べるとぱっと顔を輝かせた。

    「美味い!」
    「ほ、本当に?」
    「何で嘘つかなきゃなんねぇんだよ、めっちゃ美味い!」

     嬉しそうに美味いと断言して、ブラッドリーはすごい速さで生姜焼き丼をかきこんでいる。
     ぽかんとその様子を眺めながら、徐々に腹の底から何か熱いものがこみ上げてくる。よかった、という安堵と、美味いと褒められた喜びと、それ以外の何かがじわじわと湧いてきて、胸がいっぱいになって動けない。
     米粒一つ残さず生姜焼き丼を間食し、味噌汁も全て飲み干したブラッドリーはとても機嫌がよかった。

    「あー、美味かった!おまえすごいな!……ネロ、どうした?」
    「……あ、ああ、ありがとう。そこまで言ってもらえるとこっちも嬉しいよ」
    「その割にはおまえは全然食ってねぇな。体調悪いのか?」
    「そういうわけじゃないけど……」

     おまえに褒められたのが嬉しくて感極まっています、などと言えるわけがないので、もごもご言い訳しながら味噌汁に口をつける。
     ブラッドリーの目がネロの前に置かれた生姜焼き丼に吸い寄せられていることに気が付いて、さすがに少し呆れた。
     一人前をしっかり完食した癖に、まだ入る余地があるらしい。

    「作ってる最中に味見したりしたし、そこまで腹減ってなくてさ。よかったら俺の分も食う?」
    「食う」

     即答したブラッドリーが瞬く間に食べ終わるのを、ネロは唖然として見守った。
     長年の呪いが解けたみたいだった。
     自分が作った料理が捨てられているのを見たあの日からずっと何年も、自分の料理には何の価値もないんだと思い込んでいたのに。
     例え世界中の大多数の人にとってネロの料理がどうでもいいものだったとしても、ブラッドリーが美味いと言ってくれるならそれでいいと思えた。
     ようやく満腹になったらしいブラッドリーは綺麗にお茶まで飲み干すと、ことんとコップを食卓に置く。

    「ごちそうさん、美味かった」
    「本当に完食すんのかよ……。あんた食べすぎだろ、大丈夫か?」
    「これぐらい普通だろ。美味いもんはいくらでも食えるんだよ」
    「いや、普通じゃないだろ。……なぁ、そんなに美味かった?」
    「めちゃくちゃ美味い。店出せる」
     
     ブラッドリーがあまりにも力強く断言するものだから、おかしくなってネロは笑った。
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    salmon_0724

    MAIKING2023.3.5 日陰者の太陽へ2 展示作品ですがパソコンが水没したので途中までです。本当にすみません……。データサルベージして書き終えたら別途アフタータグなどで投稿します。
    ※盗賊団についての独自設定、オリキャラ有
    ※数百年後にブラネロになるブラッドリーと子ネロの話
    死にかけの子ネロをまだ若いブラッドリーが拾う話 雪に足をとられてつんのめるように転んだネロには、もう立ち上がる気力さえ残っていなかった。
     突き刺すような吹雪でぼろぼろになり、白く覆われた地面に叩きつけられたはずの体は、寒さで麻痺して痛みさえ感じない。
     ぴくりとも動かす気力のおきない自分の指先に、雪が降り積もっていく。
     その様子をぼんやり見つめながら、このまま死ぬんだろうな、と思った。
     他の感想は特にない。
     すっかり疲れ果てていたので、もう全部がどうでもよかった。
     誰が家族なのかもよくわからないまま出て行った生家にも、殴られたり逃げたりしながら掏りや窃盗で食いつないだ日々にも、大した感慨はない。
     最後にはとっ捕まって場末の食堂で働かされていたが、足りない材料を地下室に取りに行かされている間に食堂どころか村ごと燃やし尽くされていた。
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    SPOILERイベスト読了!ブラネロ妄想込み感想!最高でした。スカーフのエピソードからの今回の…クロエの大きな一歩、そしてクロエを見守り、そっと支えるラスティカの気配。優しくて繊細なヒースと、元気で前向きなルチルがクロエに寄り添うような、素敵なお話でした。

    そして何より、特筆したいのはリケの腕を振り解けないボスですよね…なんだかんだ言いつつ、ちっちゃいの、に甘いボスとても好きです。
    リケが、お勤めを最後まで果たさせるために、なのかもしれませんがブラと最後まで一緒にいたみたいなのがとてもニコニコしました。
    「帰ったらネロにもチョコをあげるんです!」と目をキラキラさせて言っているリケを眩しそうにみて、無造作に頭を撫でて「そうかよ」ってほんの少し柔らかい微笑みを浮かべるブラ。
    そんな表情をみて少し考えてから、きらきら真っ直ぐな目でリケが「ブラッドリーも一緒に渡しましょう!」て言うよね…どきっとしつつ、なんで俺様が、っていうブラに「きっとネロも喜びます。日頃たくさんおいしいものを作ってもらっているのだから、お祭りの夜くらい感謝を伝えてもいいでしょう?」って正論を突きつけるリケいませんか?
    ボス、リケの言葉に背中を押されて、深夜、ネロの部屋に 523

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