くっついた直後のブラネロと魔法舎のみなさんの話「ネロさん、もしかして何かいいことでもあったんですか?」
急に声をかけられて、それまで別のことを考えていたネロは驚いて顔をあげた。
クリームシチューの鍋をかき混ぜていた手を止めると、夕食づくりを手伝ってくれているカナリアが、作業がひと段落したのか洗った手をタオルで拭いながら小首を傾げている。
「えっ、い、いや、なんで?」
「だってネロさん、ずっと小さく鼻歌を歌っていましたよ。よっぽど嬉しいことがあったんだなって思ったんです」
「……俺そんなことしてた?何か変なこと言ってたりした?」
指摘されるまで完全に無意識だった。
にこにこと微笑むカナリアに「今日はいつにも増して楽しそうにお料理していましたよ」と告げられ、穴があったら入りたくなってくる。
いいこと、の心当たりが完全にあるから尚更だ。年甲斐もなくはしゃいでいる自分が恥ずかしいが、しょうがない。
まさか妙なことを口走ってないだろうな、と確認したくて戦々恐々としながら問うと、いいえ、と否定されてほっとしたのも束の間。
「ずっとミートソースの歌とフライドチキンの歌をエンドレスで歌ってましたね」
「マジかよはっず……!変なもん聞かせてごめんな。止めてくれたらよかったのに」
「いえ、気分が良くなると歌いたくなるのは、魔法使いも人間も同じですから!」
「そ、そうかな」
「そうですよ!それに、フライドチキンの歌はどこかで聞いたことがある気がするんですよね。昔流行ったメロディーですか?」
「え?!いや、ちょっとわかんねぇかな……」
カナリアが聞いたことがあるのは、十中八九あの男のせいだろう。
昔からフライドチキンを作ってやると、よくあのトンチキな歌をご機嫌で歌いながら喜んで食べていたものだが、まさか自分も歌っていたとは。
あまりにも浮かれている自分が居たたまれないから話題を逸らしたいが、あいにく何も思いつかない。
「それにしても、今日のお夕飯は随分豪勢ですね!みんな喜びそう」
「ああ、午前中に行った市場でいい肉が手に入ってさ」
クリームシチューをよそいながら、所せましと並べられた料理を見やる。
スパイスをきかせたフライドチキン、エバーチーズとレインディアーの入ったアヒージョ、半熟グランデトマトがどっさりのグラタンに、寒がりコーンを添えてグリルしたハーブソーセージ。
魔法舎には食べ盛りの奴が多いから豪勢にしようとは思っていたが、恐ろしいことに、無意識にあの男が好んでいるものをこれでもかと作り上げていたことに気づいた。
肝心の本人は急遽入った任務に駆り出されている。
いつ帰って来れるのかはわからないが、無駄にはならないだろう、たぶん。
「全部ブラッドリーさんの大好物ですね!」
別れ際に、さっさと終わらせて帰ってくるから待ってろ、と低い声に耳元で囁かれたことをつい思い返していると、狙ったようなタイミングでカナリアの台詞が飛び込んて来て思わずむせる。
本当に自分は何も言っていないのだろうか、もしや上機嫌にまかせてあらぬことを口走っていたのでは?でも直接聞くのはあまりにも恥ずかしい。
ぐるぐる考えて固まるネロに、カナリアは慈母のように麗しく微笑んだ。
「よかったですね、ネロさん」
「な、何が?」
「大丈夫です、わかってますから」
「何を?!」
「ふふ」
カナリアはまだ二十年程度しか生きていない人間のはずだが、全て見透かされているような気がする。
なぜだろう、ブラッドリーとそういう仲になったのはまだ数時間前の話なのに……とネロはうなだれた。
*****
「ごちそうさま、今日も美味しかったです!」
「そりゃよかった、ありがとな」
南の兄弟は、毎回食べ終わった食器を集めて厨房に持ってきてくれるいい子たちだ。
ミチルから皿を受け取りながら、明日の朝は何が食べたい?と聞くと、コーンスープが飲みたいです!と元気に答えてくれた。
「コーンスープな、了解。メインはエッグベネディクトでいいか?」
「やった!明日の朝ご飯も楽しみです!」
喜んだ二人は、そのまま皿洗いを手伝うと申し出てくれた。
二人と談笑しながら食器を片付けていると、リケに呼ばれたミチルが一足先に行ってしまう。
残されたルチルは皿を拭いていた手を止めると、申し訳なさそうに話しかけてきた。
「あの、昼間は私たちだけではしゃいでしまってごめんなさい。ネロさん、話しづらそうにしていたのに……」
「い、いや、別に……」
昼間というのは、間違いなくブラッドリーとの件を指すと思われた。
今日の昼下がり、ルチルとヒースクリフとクロエにスコーンを試食してもらっているところにブラッドリーが乱入してきたのである。
その際のごたごたの結果、その場の勢いやらなんやらで、数百年秘めていたはずの感情がうっかり報われてしまったのだった。
強制転移したブラッドリーの自室でのあれやこれやを思い出し、つい顔が熱くなる。
というかその前に、ルチルたちの目の前でもやらかしてしまったのだった。主にブラッドリーが。
「あー、俺たちの方こそ、何かごめんな?」
「いえ、気にしないでください。それに私たち、あのあと三人で話し合ったんです!」
「な、何を?」
「ネロさんの様子を見ていて、お二人は関係を隠しているのかなって思ったので……。事情はわかりませんけど、他の人たちには言いませんし、私たちが協力できることがあったら言ってくださいね!」
「そっか、ありがとな……」
溢れんばかりの善意と決意に満ちたルチルを前にして、ネロはそれしか言えなかった。
ルチルもヒースクリフもクロエも、とてもいい子たちなのだ。
その三人が真面目に自分とブラッドリーのことについて話し合ってくれたのだと思うと、いろんな意味で気が遠くなってくる。
ブラッドリーとそういうことになったのに異論はないが、やっぱり一発ぐらいぶん殴っておくべきだっただろうかと検討しているネロに対して、ルチルは任せてくださいと意気込んでくれた。
「ちなみに、協力ってどういう?」
「ミスラさんに、お二人を呼びたい時にぽんぽんアルシムしないようにお願いしてみます!」
「それは正直助かるな……」
「俺がなんですって?」
急なアルシムはとにかく心臓に悪いし、夜遅くに空腹だからだと急に呼び出されるのは勘弁してほしいんだよなと思っていると、ぬっと唐突に空間の扉が開いて、気怠そうなミスラが現れた。
その後から晶と魔法使いたちがぞろぞろ出てくる。
見たところ、誰も怪我はしていない。任務遂行は比較的平和に行われたようだ。
「まあみなさん、おかえりなさい。お疲れさまです」
「これくらいで俺は疲れないですよ、強いので。でもお腹が空いたので何かください」
「我らも帰ったぞ!ネロちゃん、食べるものはまだ残ってる?」
「ああ、ちゃんと全員分作ってあるよ」
温めなおした料理を盛り付け、空腹を口々に訴える魔法使いたちと晶にサーブする。
配膳を手伝ってくれたルチルは、そのままミスラと何か話しているようだった。
食堂にはその他に、スノウとホワイト、オーエン、晶にファウストがいる。
残り一人の姿が見えないことに一瞬肝が冷えたが、どの顔を見ても特に悲壮な感じはないので、またくしゃみでどこかに飛ばされたのだろうか。
大丈夫だと思うが一応聞いておくかと、ネロは向かい合って食事をしている晶とファウストの元へ足を向けた。
「賢者さん、おつかれ。量は足りてるか?」
「ネロ、ありがとうございます。量は足りてますし、とってもおいしいです!」
ちょうどグラタンを完食したところだったらしい晶は、ぱっと顔を上げるといつも通り穏やかに微笑む。その顔には取り立てて疲労も浮かんでおらずほっとした。
平素よりは遅めの夕食になってもこれだけ食べているなら、明日の朝ごはんの量は調節してやらなきゃな、と考えながらその向かい側に目をむけると、ファウストは上品な手つきで切り分けたハーブソーセージを口に運んでいる。
こちらはやや疲れた顔をしているので気になった。何かあったのだろうか。
「先生もお疲れさん。北の魔法使いのお守りだっけ?」
「呪術が関係している可能性もあるからと双子に押し切られてね。たまたま近くを通りがかっただけなのに、迷惑な話だよ」
「災難だったな」
「本当にね。別に僕が行く必要はなかったのに……」
「でも、ファウストが一緒に来てくれたおかげで、村の方たちへの説明はスムーズでしたし、助かりましたよ」
晶がフォローを入れてもファウストは憮然としている。
本来なら今日は、足りなくなってきた呪術の材料を補充しに嵐の谷へ行くと言っていた。
予定を狂わされてまで任務に付き合わされたのに思ったよりもあっさり解決して、釈然としていないのだろうか。
まあまあ、明日の昼は先生の好きなガレットでも作ってやるからさ、と宥めようとしたところで、どうだか、とファウストが言葉を続けた。
「説明ぐらい誰でもできるだろう。異変自体はブラッドリーが一人で解決していたしね」
「ブラッド、リーくんが?」
「ああ、何だか今日は妙にやる気に満ち溢れていたな。いつも以上に口数が多かった。まったく、いつもあれくらいの熱意でやってほしいね」
「確かに、今日のブラッドリーは珍しくはしゃいでいたというか、ずっと上機嫌でしたね。でもおかげで思ったより早く帰って来れましたよ」
「へ、へぇー……」
妙に上機嫌で、はしゃいでいるようで、珍しくやる気に満ち溢れていたブラッドリー。
さっさと帰ってくるから待ってろ、と耳元に吹きこまれた言葉。
……まさかとは思うが、早く自分の元に帰ってきたくて張り切っていたのだろうか、と思うとじわじわと顔が熱くなる。
「ところで、そのブラッドリーくんは?」
「ブラッドリーなら向こうの人間と話し込んでいたから置いてきましたよ。そのうち帰って来るんじゃないですか?」
後から声をかけられて驚いて振り返ると、食べ終わったミスラが歩いてきたところだった。
隣にいるルチルに、もうミスラさん、待ってなきゃだめじゃないですか、と窘められても平然としている。
「なんか今日のブラッドリー、いつも以上に早口で何を言ってるのかよくわからなかったんですよね。だからもういいかと思って」
「同感。機嫌がよすぎて気持ち悪かった」
「確かに、今日のブラッドリーはおもしろかったのう」
「まだまだあやつも若いということかのう」
珍しく北の魔法使いたちの意見が一致している。
あいつどんだけだったんだよ……となぜかネロまで恥ずかしくなっている間に、食べ終わった魔法使いたちは自室へ引き上げていった。
ブラッドリーの分はどうしよう、そもそもどこをほっつき歩いているんだか。
明日の朝ご飯の下拵えが終わっても帰ってくる気配がないので厨房で思案していると、晶が遠慮がちに顔を覗かせている。
「賢者さん。やっぱりまだ足りなかった?」
「いえ、大丈夫です。……あの、ネロ。今日の任務は北の国といっても中央の国との国境にかなり近い場所だったんです。だからブラッドリーはちょっとしたら帰ってくると思いますよ」
「そうか、じゃあすぐに温めなおせるようにしておこうかな」
用件はそれだけだと思ったのだが、まだ何か言いたそうに佇んでいる。
どうかしたのか、と問いかけると、視線をうろうろ彷徨わせていた晶は、意を決したように顔を上げた。
「あの、ネロ。これは聞いていいことかもわからないですけど……そういうことになったんですよね?」
「え、何が……」
「おめでとうございます!」
「んん?!」
賢者は我がことのように嬉しそうにしている。
これはもしかしなくても気づいているのでは?と慌てたネロは、次の言葉で完全に墓穴を掘ったが全く自覚はなかった。
「ちょっと待って、あいつ賢者さんに何か言った……?」
「いえ、言われてはいないですけど、嬉しそうなブラッドリーや晩ご飯のメニューで、ああそうなんだなって……。でもそう聞いてくるってことは、うまくいったんですね!」
「いや、その、えっと、あー、……そうだ賢者さん、寝る前にココアでも飲むか?!」
「飲みたいです!」
そこまでわかりやすく嬉しそうな態度って何だよ、泣く子も黙る死の盗賊団の首領のくせに、と思うと大変居たたまれないが、動揺していても手は流れるように動き、ミルクパンで一人分のココアを作り上げるとマグカップに注いで手渡していた。
早速一口飲んで、美味しいです、と顔を綻ばせた晶は、赤くなっているであろうネロを見て少し申し訳なさそうに眉を下げる。
「びっくりさせてしまったみたいですみません。私まで嬉しくなってしまって」
「いや、俺の方こそ気を遣わせちまって悪いな」
「そんなことないですよ。……あの、今日行った村は、蒸留酒が特産品だったんです。ブラッドリーが向こうの方と話していたのもたぶん、ネロへのお土産を探していたんだと思います」
「そ、そっか」
これはもしかしてブラッドリーではなく自分のフォローをしに来たのでは。
ネロがようやくそう気付いたところで、ココアを飲み終わった賢者はご馳走様でした、とマグカップを置いた。
「余計なお世話だし、差し出がましいとは思いますが、フォローなら任せてくださいね!」
「ありがとな。気持ちだけ受け取っとくわ……」
みんないい子だな、という気持ちと、なぜこうも若者達から応援されているんだろうという思いがない交ぜになる。
自分たちはそんなにわかりやすいのだろうか、数百年も音に聞こえし盗賊団をやってきたというのにいやそんなまさか……とぶつぶつ考え込みながら、ブラッドリーの分の食事を保存容器に移して抱えながら自室に戻った。
あのまま厨房で待っていてもよかったのだが、そこは、まあ、何かあった時にあの場所だとちょっと困るし。
深夜とはいえ、偶然目覚めた他の魔法使いが来ないとも限らない。
別に誰か来たら困るような状況になることを待ち望んでいるようなことは全然まったく断じてないが、一応。
自分の中で言い訳を降り積もらせながら待つも、扉がノックされる気配も廊下を近づいてくる足音も聞こえない。もうすぐ日付が変わってしまう。
「早く帰って来いよ……」
つい呟きが零れたところで、こん、ここん、とカーテンの外から音がした。
盗賊団での合図だったそのノック音に慌てて窓を開くと、月明かりに照らされたブラッドリーが箒にまたがっている。
「ようネロ、入れてくれ」
「ブラッド!」
厨房の明かりが消えてたから直接こっちに来た、と言ってするりと入ってきたブラッドリーは何食わぬ顔をしている。
ネロは今日はずっとブラッドリーとのあれやこれやに振り回されてきたというのに、帰ってきたら何て言おうとかも考えてしまっていたというのに、あまりにもいつも通りなその態度にむっとする。
賢者やファウストたちにもばればれなくらい上機嫌だった癖に、と思いながら遅せぇよと睨むと、ブラッドリーが不遜に笑った。
「拗ねるなよ、そんなに俺様に会いたかったのか?」
「……そうだったら、悪いかよ」
ついこぼれ落ちてしまった言葉に、ブラッドリーは虚を突かれたようにぱちりと瞬きをした。
「別に、悪くはねぇよ」
そう言ってふいと視線を逸らすが、その耳がじわじわと赤くなる。
もしかしなくても、数百年越しに思いを通わせて浮かれているのは自分だけではないのだろうか。
そう思うと、かっと頬のあたりが熱くなった。
ぎゅう、と胸が締め付けられて、何と言ったらいいかわからず固まるネロの顎を、伸びてきたブラッドリーの指がすくい上げる。
上向かされたところにブラッドリーの顔が降りてきて、場違いなほど可愛らしいリップ音がして、すぐに離れた。
「ただいま。腹減ったから何か食わせろ」
「あ、ああ、夕飯の残り温めるから待ってろ」
は????こいつ今何した????
驚きすぎて思考停止した結果、返って冷静になりてきぱきと食事の用意をしてしまう。
大好物を嬉しそうに食べるブラッドリーを見守り、いい酒が手に入ったからおまえも付き合えよ、と琥珀色のブランデーが揺れるグラスを手渡されてようやく、じわじわと思考が戻ってきた。
ブラッドリーがしたのはいわゆるおかえりのキスというやつではないだろうか。俺とこいつが?柄にもなく?そんな円満夫婦みたいなことを??
気恥ずかしい気持ちを誤魔化すようにグラスに口をつけてみても、何も紛らわせてはくれない。
「はは、いい顔してるな、ネロ」
「うるせぇよ……」
顔が赤くなっているのが酒のせいではないことぐらい自分でもわかっているが、今のブラッドリーは上司でも相棒でもないのだと実感してしまうともうだめだった。
いつも通りでいいのか、そもそもいつも通りの自分たちとはどうだったのか、どんどんわからなくなってくる。
隣に座っていたブラッドリーが混乱するネロの手からグラスを引き抜くと、代わりに自分の手を絡ませてきた。
「んな緊張しなくてもいきなり取って食ったりはしねぇよ」
「別に緊張なんかしてねぇし……」
どうだかな、と目を細めて笑うブラッドリーはどうにも余裕そうに見える。
自分ばかりが振り回されているのが気に食わなくて、繋がれた手を柔く握り返すと、そっとその肩にもたれかかった。
触れた体がぴくりと小さく動く。
近づくと香水と硝煙に混じったブラッドリーの香りがして落ち着くようなそわそわするような心地になったけど離れたくない。
「俺は、今どうしたいいのかわからなくなってんのに……ブラッドのばか」
ひんやりした指輪に高いの体温が奪われるのが嫌で、親指でブラッドリーの人差し指の側面をそっと撫でる。
もう片方の手で顔を覆ったブラッドリーは、大きなため息を吐いていた。
「なんだよ」
「いや、ネロ……おまえ、……かわいいな?」
「は?!」
なぜかしみじみとそう言われてしまい、むっとしていつまでもガキ扱いすんじゃねぇと凄む途中の唇をまた塞がれた。
今度は触れるだけでは済まず、酒の味をまとった舌が侵入してくる。
歯列をなぞられ、上顎を擽られながら大きな手に耳を弄ばれて全身の力が抜けた。
最後に一際強く舌を絡められてからようやく離れた先の顔は、耳だけではなく紅潮している。
「ガキ扱いしてんならこんなことしねぇよ。いちいち言わせんな」
ぐっと抱き寄せられた先でブラッドリーの鼓動が早まっているのがわかった。
安堵とともに嬉しくなって首元にすり寄ると、おまえなあ、とブラッドリーが唸る。
「酔うの早くねぇか」
「これぐらいじゃ酔わねぇよ。知ってる癖に」
「逃げ道用意してやったつもりだったんだがな。いいんだな?」
「別にそんなん求めてねぇし……好きにしろよ」
言葉だけはどうしても素直になれない。
それでもどうにか伝えたくて今度はネロから触れるだけのキスをすると、驚いたように紅玉のような目を見開いた後、息もできないくらいきつく抱きしめられる。
苦しいが、全身で体温を感じると涙が出そうだった。
そろそろとその背中に腕をまわすと、耳をかしりと甘噛みされ、シャツが引っ張り出される。
「ブラッド……、ここじゃなくて、ベッド」
「ん」
腰からうなじにかけて背骨をなぞり上げる感触に息も絶え絶えになりながら訴えると、抱えあげられてあっという間に寝台に投げ出された。
覆いかぶさってくるブラッドリーの燃えるような赤い瞳が、今はネロだけを映しているのだと思うと心臓がはねる。
この瞳がほしかった、数百年も前から、離れていた時も、本当はずっと。
そう思うと堪らなくなってブラッドリーの頬をそっと撫でると、すぐにその手を押さえつけられて上から噛みつくように口づけられる。
性急に脱がされた自分の服がベッドの下に投げ落とされるのが視界の隅に見え、厨房じゃなくて自室に戻ってきてよかったなと頭の片隅で思ったが、すぐにそんな余裕は霧散していった。