六月のよく晴れた日。雲一つない美しい青空を高層ホテルの窓から眺めながら、ネロは大きな溜息をついた。
調度品一つをとっても高価そうなホテルは、いくら従業員のホスピタリティに溢れているといっても身の置き場がないし、純白のタキシードにはどう考えても着こなすというより着られている。
何より、自分の人生でこんなことが起こるなんて思いもしなかったから、この期に及んでどんな顔をしたらいいのかわからない。
上品な空間と明るい景色に感化もされずに陰鬱な溜息をもう一回ついたのは、つまり、あと一時間かそこらでネロとブラッドリーの結婚式が執り行われるからだった。
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報われるあてのない思いを抱え続けることに疲れて、高校卒業後に自分から姿を消した。
もう会わないと思っていたブラッドリーと仕事の関係で再会したのが一年前。
ネロがシェフとして働いているレストランの運営元を、ブラッドリーの会社が買収したことがきっかけだった。
大学在学中から父親の仕事に連れまわされ好業績を収め続けるブラッドリーは、まだネロと同じ歳にも関わらず、すでに会社の中でもかなり高い役職にいる、らしい。
らしいと言うのはブラッドリーの部下達が何故か顔を合わせるたびに盛んにブラッドリーの会社での武勇伝を聞かせてくるからで、本人から直接聞いたことはないのだが。
買収後の最初の視察で一体どんなお偉いさんが来るのかと身構えていればまさかの幼馴染だった訳で、社内報のたぐいはろくに読まないネロはそれはもう驚いた。
最も驚いたのは向こうも同じだったようで、会合中は目を軽く見開くに留めたものの、終わり次第周りの目を気にせず捕まえられた。
思えばあれが運の尽きだったのだ。
七年の月日が経つと気まずさより懐かしさが勝り、誘われてうっかりその日に飲みに行ったのが最初だった。次第に仕事終わりに予定が合えば飲みに行くのが常態化し、休日にもライバル店への視察という名目で食事に行くようになり、気が付けばネロの一人暮らしの部屋にもすっかり入り浸る始末だ。
自分でも、何をやっているのだろう、とは思っている。
ブラッドリーが好きだという気持ちを捨てることができず、忠告も聞かずにすぐ危ないことに首を突っ込んで怪我をするのを見ていられず、隣にいるのが耐えられなくなって逃げたのは自分なのに。
それでも久しぶりにブラッドリーに笑いかけられ、やっぱりネロが作る飯が一番美味い、と言われると胸の内から他とは比べられない嬉しさが湧き上がってくるのは止められなかった。
ブラッドリーはネロが急に姿を消したことに対して問い詰めることもしない。
ただあの頃より少し遠い距離で、流血するような無茶はしなくなり大人びた社会人としての顔もできた半面、すぐにフライドチキンを強請る笑顔は何も変わらなくて、そういうところは憎らしいほどにネロが好きなブラッドリーのままだ。
どう頑張っても、好きだった、にはなれない。
ネロはブラッドリーを過去にすることができなかった。
ブラッドリーからしてみれば、長いこと会わなかった幼馴染が懐かしくて楽だから一緒にいるのだろう。
それなら無理にまた突き放すことはせず、いつかブラッドリーが家庭を持つまでは、このまま本心を押し隠してこの距離を保っていこうと思っていたのだが。
「最近、親戚の爺共が早く結婚しろってうるせぇんだよな。再来週に強引に見合いをねじ込みやがって、今時こんな時代錯誤なことあるか?」
それは、ネロの家で夕飯を食べている時のことだった。
仕事帰りのブラッドリーがこの部屋に来ることがすっかりネロの中でも「いつも通り」になった頃。
珍しく照り焼きチキンをつつく顔が浮かないように見えたので、どうしたのか尋ねた答えがそれだった。
とうとう来たか、という気持ちと、あと何年か猶予があると思っていたのに早すぎる、という思いが涌いてきて、氷塊のようにネロの奥を滑り落ちていく。覚悟はしていたものの、いざ面と向かって言われると指先から全身まで力が抜けていくようだ。
「へぇ、いいところの奴は大変だな」
「茶化すなよ、本当に怠いんだからよ。責任ある社会人は家庭を持ってこそだとか御託を抜かしやがって、だったら結婚してるのにろくな仕事もできねぇてめぇは何なんだよって話だ」
動揺したことを悟られたくないあまり、不自然なほど明るい声色になってしまったネロの言葉に、ブラッドリーは珍しく本気でむっとしたようだった。
普通の友人同士だったらこういう時は何て言うのだろう、と必死に考えても何も思い浮かばず、俺にはまだ関係ない話だしな、とさらに突き放すようなことを言ってしまう。
「おまえ、他人事だと思いやがって……。いつか後悔させてやるからな……いや、待てよ」
ネロを睨んでいたブラッドリーは、急に何か思いついた顔になって黙り込んだ。そのまま静止して考え込んでいる。
冷める前に食べ終わってほしいなと思いながらネロが自分の分を食べていると、考えがまとまったらしいブラッドリーが静かな声で、ネロ、と呼んでくる。
「何だよ、早く食えよ」
「結婚するか」
何を言われたのかわからなくて改めて顔を見直したが、ブラッドリーは平然としているように見えた。
「……は?悪い、よく聞こえなかったわ」
「だから、結婚するかって言ったんだよ」
「……誰と誰が?」
「俺とてめぇが」
「……は??」
あまりにも前後の脈絡がなさすぎて聞き間違えたのかと思ったが、ブラッドリーは何故か念入りに同じ台詞を繰り返している。
まかり間違ってもネロとブラッドリーは恋人でもなんでもないはずなのに、堂々とプロポーズしてくるその姿に放心を通し越して眩暈がした。
言葉の意味はわかるが言動の意味がさっぱりわからない。
「……おまえ何言ってんの?」
「あ?今結婚を申し込んだだろうがよ。いい加減わかれよ」
「いやわかんねぇよ。何とち狂ったこと言ってんだ、頭でも打ったのか?」
「打ってねぇし正常だよ。まぁいいから俺の話を聞け」
大人になって大分落ち着いたと思ったのにやっぱりこいつ訳わかんねぇな…と慄くネロに対して、いつの間にか食べ終わっていたブラッドリーはコップのお茶を飲み干すと、悠然と足を組みながら話し始めた。
「爺どもの思惑がどこにあろうと、俺が従ってやる義理はない。だが、ただ突っぱねてもまた同じことを言ってくるだけなのは目に見えてるからな」
「……それで先手を打って別の奴と結婚しようってのはさ、意図としてはわかるよ。でも何で俺?」
「そりゃあ、てめえにもメリットがあるからに決まってるだろ」
「え」
当然のようにブラッドリーが笑って、ネロは今度こそ心臓が飛び跳ねた。
まさか自分の長年の片思いはいつの間にかこの男にばれていたのだろうか。
ばくばくと嫌な音を立てる鼓動を宥めることもできずに固まるネロをよそに、わかってんだぜこっちは、とブラッドリーが続ける。
「おまえ、今何人かの女に言い寄られてるだろ。ホールのスタッフ、食材の仕入れ先の社員に、ビルのオーナー会社の役員だったか?随分と人気じゃねぇか」
「あ、そっちか……っていや、何で知ってんだよ?!」
「情報収集は基本だろうが」
ネロの思い人は目の前の男であり、取り立てて家庭を持ちたいという欲求もないため、時折向けられる秋波はやんわりと受け流している。
だいたいは告白等の局面に持ち込まれる前に何とかしているのだが、どこから聞きつけてきたのだろうか。
先程までとは別の意味で戦々恐々としていると、他はともかく最後の女はなかなか強引で手を焼いてるみてぇだな、とブラッドリーはさらに言葉を続けた。
「てめぇに入れ込むあまり、出資してやるから独立しろとまで言われてるらしいじゃねぇか。店に来る度に呼びつけられるんだろ?」
「まぁ、確かに困ってはいるよ。店の人たちも庇ってはくれるけど、立場上どうしてもこっちが弱いからな。……だから、俺がおまえと結婚したら諦めるんじゃないかって?」
「そうだな。向こうの会社も抑えようはしてるみてぇだし、俺と結婚したら流石に手は出せなくなると思うぜ」
思いつきでプロポーズしてきた割に、ちゃんとしたメリットを提示されてネロは感心した。自分本位なのは変わらないのだが、ネロの立場も考えてくれるようになったのは高校生の頃と比べたら大きな変化だ。
ただ、意図的にか無意識なのかわからないが、どうも結婚という制度上の問題をスルーしているので突っ込まざるを得ない。
「ていうか、そもそも俺ら男同士じゃん。結婚できねぇだろ」
「法的にはそうだな。要は、他の奴らにうだうだ言われないようにすりゃいい訳だ。てめぇは俺のだって知らしめればそれでいい」
「……」
ブラッドリーには他意はないとわかってはいても、その言葉はネロの心を揺らした。じわじわと顔が熱くなるのがわかって、誤魔化すように俯く。
こんなことがあっていいのだろうか。
ネロにとってあまりにも都合がよすぎて、にわかには信じがたい。
「……こんなこと言うのもあれだけど、子供作らなくていいのかよ。会社の跡継ぎとかあるだろ、よく知らねぇけど」
「あのなぁ、俺が今のポジションにいるのは、俺が親父の子だからだけじゃねぇんだよ。ま、理由の一つにはなってるけどな。俺のいもしねぇ子供に継がせるより、能力があるやつが頭はった方がいいに決まってるだろ」
ネロが長年思い悩んでいたことなど知らないブラッドリーは、首をすくめてそう言った。
あまりにもあっさり積年の悩みが解消されてしまって二の句がつげない。
何とか顔を上げて、おまえと結婚したい奴は俺以外にもいるだろ、何で俺なんだよ、と呻くと、ブラッドリーは笑った。太陽光が放射しているような、少し幼い眩しい笑顔だった。
「決まってんだろ、てめぇの料理は世界一うまいからな!」
それはネロが一番望む答えではなかったけれど。
それでも、どうしようもなく嬉しかった。
まだ小学生の頃にネロの手料理をはじめて食べたブラッドリーが、美味いと言ってくれた時から、一番好きな表情だったから。
「だからさ、結婚しようぜ、ネロ」
ずっと好きだった相手にここまで言われて頷かないやつがいるだろうか。
わかったよ、と震える声で了承すると、ブラッドリーは、決まりだな、と破顔した。
嬉しさと信じられなさでふわふわしながら寝床についた、その翌日から怒涛の日々が始まった。
然るべきところにはブラッドリーから情報が伝えられていたらしく、総務のマネージャーが直々にやってきたので、仕事終わりのネロは肝を潰した。どうやら社内手続きに必要な書類をわざわざ持ってきてくれたらしい。
それが契機となって職場内にも早速バレたため、ネロは連日驚かれたり祝われたり泣かれたりして気恥ずかしかったり気まずかったりを繰り返すこととなった。
正直、いまだに信じられないというか半信半疑で呆然としながら仕事に追われていたため、役所への手続きや親族との云々はブラッドリーが全て片付けてくれて助かった。
それでも、どうしても家の格式として結婚式だけでも盛大にやるよう押し切られたらしい。
ネロの方は違うとはいえ、利害の一致からする結婚に盛大な挙式も何もないと思うのだが、交渉には妥協がつきものということらしかった。面倒なことはだいたいブラッドリーにまかせていたから、強く拒否するのは気が引けたというのもある。
結婚式に誰を呼ぶかはブラッドリーの親族がかなり口出ししているようだが、その他は自由とのことだったので、ネロは式で提供される料理にはこだわった。
会場にはブラッドリーとネロ共通の友人達から、会社関係者に地元の名士まで数百人が来るらしく、余りにも気が重い。が、自ら調理しないとはいえネロが関わる以上、不味いものが提供されるのは許しがたい。
幸い予算は潤沢にあったので、鬱憤を晴らすように吟味をした。結果、できる範囲では最高のコースを組み立てられたと思う。
思うのだが。
「やっぱ、場違いだよなぁ……」
窓硝子に映った自分自身は、ブラッドリーが選んだタキシードには不釣り合いな程に沈鬱な顔をしている。
わかってはいるのだ。今まで嬉しさから目を逸らし続けていたけれど、実際にこんなに立派な会場に来てしまうともう直視せざるを得なかった。
ブラッドリーが結婚しようと言い出したのは、利害が一致しているからに過ぎない。
ネロの料理を気に入っているのも、ネロのことを同居するのも苦にならないくらい内にいれてくれているのも嘘ではないだろうが、それでも……ネロと同じ感情を抱いている訳ではないのだ。
いつか本当に愛する相手が現れた時に、ブラッドリーは離婚をしなければその相手と一緒になることができない。そんな余計な手間をかけさせるくらいなら、本当はあの時に馬鹿なことを言うなと突っぱねるべきだと、はじめからわかっていたのに。
それでも、一度は自分から離れた癖に、また側にいられるのだと思ったらつい頷いてしまった。自分の身勝手さが嫌になる。
「随分と浮かない顔してるな。マリッジブルーか?」
「ブラッド……」
振り向くと、いつの間に来たのかブラッドリーが立っていた。
純白のタキシードはネロと同じデザインだが、小物やアクセントが所々異なっていて、立派な体格と堂々とした振る舞いと相まってやけに似合って見える。
ブラッドリーは窓際まで来ると、確認するようにネロの頭の天辺から靴の爪先までじっくりと視線を巡らせた。
「ふぅん」
「……何だよ。似合ってねぇのは自分でもわかってんだよ、はっきり言えばいいだろ」
「まだ俺は何も言ってねぇよ。勝手に決めつけて拗ねんなって」
白い手袋をまとった指が伸びてきて、ネロの額と前髪にそっと触れる。でこ出してるところは久々に見るな、とあやすような指先が存外優しくて、胸の奥がぎゅっとなった。
本当はこの指先が触れるのにもっとふさわしい存在がいるのに、自分が不正にその立場を甘受している気がして、今すぐ逃げ出してしまいたい。でもそうするととんでもない数の人に迷惑をかけることはわかっているので、本当に俺でいいのかよ、とブラッドリーの胸ポケットに飾られたコサージュを見つめながら聞いた。目を見ることはできなかった。
「いいって言ってるだろ。理由も最初に散々言っただろうが」
「別に結婚しなくても、おまえに料理はつくってやれるし、今まで通りうちに来るのもかまわねぇよ。言い寄られるのもまぁ、迷惑な時もあるけど、自分で何とか出来るし。……だから、別に俺じゃなくてもいいだろ」
「……。ああそうかよ……そんなに知りたいなら教えてやる」
溜息をついた後、ブラッドリーの声が硬質に告げる。
ネロの額に触れていた指が滑り落ちて顎を掴むと、打って変わって強い力で顔を上げさせられる。
無理矢理合わせられた視線の先、赤い瞳はギラギラと苛立ちに光っていた。
「ここまで大々的にやれば、今度はてめぇもそう簡単に逃げられないだろ?職場からてめぇの友人まで全部抑えたからな」
「え、」
「あの時なんで逃げたのか、てめぇが言いたくねぇなら聞かねぇよ。ただし、この先また逃がすつもりはない」
ブラッドリーは紛れもなくネロに怒っていたが、同時にその言葉は確かに強い執着が滲んでいる。
そう気づいた瞬間、あれだけ憂鬱だった胸の内に僅かな期待と、今更そんなことを言うなという強い反発が芽生えて咄嗟に叫んでいた。
「俺が何言っても、あの頃のてめぇは聞きゃあしなかっただろ!勝手にあちこちで暴れては大怪我して帰って来やがって……。そんなの、俺がいてもいなくても変わらねぇと思ったんだよ!」
顎を掴む手の力が弱まったのを見計らって振り払う。
睨んだ先のブラッドリーは呆気に取られていたが、すぐに腕を掴まれた。ただ、その先の言葉は続けられないようで、何とも言えない顔で考え込んでいる。
ネロも少し落ち着くと、口走った内容がブラッドリーが自分の話を聞いてくれないから拗ねていたのとほぼ同義なことに気が付いて焦った。完全に間違っているわけではないのが業腹だが、この先何をどこまで言っていいのかわからない。ブラッドリーはまだ決定的なことを言っていない以上、昔から抱えている気持ちが伝わってしまったら困らせてしまうのではないだろうか。
「……」
「……」
「……最初から、ちゃんと話しておくべきだったな」
お互いどうしていいかわからずしばらく無言が続いたが、それを壊したのはブラッドリーだった。
腕を掴んでいるのとは反対の手でぐしゃりと前髪をかき上げると、先ほどよりは落ち着いた瞳でネロを見つめる。
「おまえがいなくなってから、ずっと探していたとは言わねぇ。でも、何でいなくなったんだとか、どうしたらよかったんだとか、考えてはいた」
「……」
「てめぇのいる会社を買収したのは偶然だ。だが、また顔を合わせるようになって、やっぱり俺の隣には、ネロが必要だと思った」
紡がれる言葉を、信じられないような気持で聞いていた。
目の奥が熱くなって、零れる前にあわてて瞬きをする。
「結婚してくれ、ネロ。俺はおまえがいい」
「……俺は、」
震えそうになる声を抑えるために深呼吸をする。
ここで頷いてしまうのは簡単で、それだけでも喜んでくれると思ったけれど、ブラッドリーがちゃんと言葉にしてくれた以上、ネロもきちんと話したいと思った。
「俺は、俺と結婚するのが、ブラッドにとって一番いいとは思えねぇよ。祝ってくれる奴も多いけど、陰でいろいろ言ってくる奴だっていることも知ってる」
ネロの言葉にブラッドリーは反論したそうに口を開いたが、まだ続きがあることに気づいて閉じた。
あの頃ならきっと、すぐに自分の考えを口にしていただろう。
「それでも、俺も……ブラッドと一緒にいたいよ。ずっと前から好きだったから、まだ信じらんねぇけど、おまえがそう言ってくれて、嬉しい」
言い終わるが早いか伸びてきた腕に抱きすくめられる。
そのまま腕の中に納まってやってもよかったけれど、そういう訳にもいかないので咄嗟にその胸に手を置いた。
「ば、コサージュが潰れるだろ!」
ブラッドリーは不服そうに片眉を上げたが、開場の時間がせまっている以上、今コサージュを壊したり礼服を汚すわけにはいかない。
そう諭すと、じゃあこっちな、と後頭部にまわされた手に引き寄せられる。
唇に触れた熱はすぐに離れていったけれど、顔どころか全身が熱くて、自分の鼓動の音がうるさい。
「……誓いのキスはやらないんじゃなかったのかよ」
「式でやらないから今やるんだろ」
調子よくうそぶくブラッドリーも、珍しく耳どころか頬まで紅潮しているのに気づいて、どうしようもなく堪らない気持ちになる。
そろそろ係員が来るから離れなければいけないのに、指先からじわじわと甘く痺れが広がるから、ブラッドリーの背中につい腕をまわしてしまうのだった。
何度も口づけられるたびに、頭がぼーっとしてブラッドリーのこと以外が考えられなくなりそうになる。
これ以上は本当にやばい、と慌てて引き離した。
「……続きは式と披露宴が全部終わってからな」
「何時間後だよ、今から短くできねぇかな」
「馬鹿なこと言うなって。チームだった奴らもたくさん来てくれるんだろ?」
「そうだけどよ」
額がくっつきそうなくらいの至近距離で見つめあいながら嘆くブラッドリーがやけに幼く見えてしまって、いけないと思うのにどちらからともなくもう一度唇を合わせてしまう。
もうダメだって、いやもうちょっといいだろ、と甘く繰り返していると、こんこん、と大きめのノックが響いた。
心臓が跳ねる。
「そろそろお時間ですが、入ってもよろしいですか?」
恭しい係員の声に慌てて体を離すと、さっと窓硝子に映る自分とブラッドリーの様子をチェックする。
少し乱れたブラッドリーの前髪を直してやると、お返しのようにブラッドリーの指が耳元から後頭部までネロの髪を軽く撫でつけて離れていった。
最後に耳朶を挟む悪戯をした男を軽く睨んでから、慌てて待機している係員に入ってもらって大丈夫ですと声をかける。
結婚式が始まる時間はもうすぐだ。