初めて作ってみた キースに呼び出されたブラッドは、仕事を終えてイエローウエストにあるキースの家に向かっていた。明日も仕事だったが、そんなに時間は取らせないという。では何の用事なのかと聞いたが、それは着いてからのお楽しみと言われてしまった。
「それで、何の用だ、キース」
「まぁまぁ、とりあえずここ座ってくれ」
家に入るなりそう聞くブラッドに、キースはにやりと笑いながら、ダイニングテーブルに案内する。言われるままに席につくと。
「そのまま大人しく待ってろよ〜」
そう言って、キッチンに向かっていく。ブラッドが首を傾げていると、程なくしてトレイに何かを載せたキースが戻ってきた。黙ったまま様子を見守っていると、キースが順番にそれをテーブル上に並べていく。
白飯。
味噌汁。
お新香。
鯖の味噌煮。
ブラッドは、呆然とキースを見た。
「お前が…作ったのか」
「まぁ、な」
キースが照れ臭そうに目を逸らす。ブラッドは、まだ驚きから戻っていなかった。何故なら。
「お前、和食は面倒だと言って一度も作ってくれなかったではないか」
思わずそう言うと、キースはブラッドに視線を戻し、力一杯頷いた。
「面倒だったぜ〜。味噌汁はちゃんと花鰹から出汁取ったし、鯖も臭味取るところからやったんだぜ」
「では、何故」
ブラッドが重ねて問うと、再びキースは目を逸らす。
「そりゃあ……お前に作ってやりたいと、思ったから」
お前の喜ぶ顔が見たくなったんだよ、そうぼそぼそとキースは続ける。
*****
遡ること、数時間前。
自らの家のキッチンに立つキースの前には、鯖の切り身等の食材が並べられていた。
「さあオレ。もう後戻りはできねぇぞ」
そう呟いて、食材に手を伸ばす。
和食を作ろうと思ったのはほぼ衝動的だった、と言って良い。これまではどんなにリクエストされても断っていた。手間がかかる、理由はこれに尽きる。
だが、ブラッドに惚れて恋人同士となり、あのカタブツがほんの少しでも表情を緩める瞬間が嬉しいと思うようになってからは、何度でも喜ぶ顔が見たいと思うようになってしまって。
食材の買い物中に和食用の材料を目にした時、これで和食を作ったら喜ぶだろうか、そう考えてしまった。そして気が付いたら、今日一日で準備できそうなメニューを考えて必要な食材を手に取っていたのだ。
食べる相手の事を思いながら料理を作ることが、これ程楽しいものだとは、知らなかった。
*****
ブラッドは、暫く呆然とキースを見ていたのだが、やがて。
「キース」
側に立つキースの手を、そっと握った。
「嬉しく、思う」
精一杯の感謝を込めて、そう伝える。この喜びは、伝わっただろうか。
「おぅ……冷めないうちに食べろよ」
キースはぶっきらぼうにそう言うが、どうやらかなり照れているようで。伝わったのだろうと、思う。
和食だからと、ブラッドは日本の流儀で手を合わせた。
「いただきます」
この言葉には、様々なものを『いただく』という意味が込められていると、聞いたことがある。
食材の命を。
食材が販売店に並ばれるまでに携わった者達の時間を。
そして、作ってくれたキースの時間を。
キースの想いを。
ブラッドは感謝の心を込めて言い、箸を取った。
まずは味噌汁を一口。なめこと、絹豆腐だ。きのこの味わいと豆腐の滑らかさのバランスが良い。
お新香は白菜の浅漬だ。程良い塩分であっさりとしていて、口をさっぱりと清めてくれる。
そして、鯖の味噌煮。
じっくりと煮込まれた身は、箸がすっと通った。一口ずつ、口に運ぶ。それは口の中でほろほろと崩れ、溶けた。甘い味噌の風味が口一杯に広がる。
「……美味い」
「なら、良かったよ」
言葉を交わしたのはそれだけ。その後ブラッドは黙々と食べ進め、キースは、それを穏やかに見守る。
心地良い沈黙が、部屋全体に満ちていた。