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    kai3years

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    kai3years

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    #光サン
    luminousAcid
    #ひろサン
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    #光のお隣さん

    光のお隣さん/いい夫婦の日「いい夫婦の日ですね」
    「そうだな」
    「今日入籍するカップル、すごく多いらしいですよ」
    「知ってる」

     開店まであと三十分。カウンターの中に立ち、洗ったグラスを拭きながら、テーブル席で茶を飲んでいるリーンと、そんな会話を交わす。
     最近の彼女は、学校帰りに花屋へ顔を出したあと、その隣にもこうやって立ち寄るようになっている。たいていは一人で、たまにはガイアと。サンクレッドは「開店準備の邪魔になるだろ」と渋っていたが、基本的にはテーブル席で会話に花を咲かすだけなので、邪魔になどなりようもない。むしろバタついているときには用意を手伝ってくれるので、助かるくらいのものだと話し、歓迎の意を伝えていた。

    「……しないんですか?」
    「入籍?」
    「はい」
    「少なくとも、今日はしないな」

     最後のグラスを拭き終えて、カウンターから顔を上げると、いかにも不満げに唇を尖らせた少女と目が合った。苦笑しながら湯呑みに自分の茶を注ぎ、テーブル席に向かう。

    「いつするんですか」
    「さあ」
    「さあって。する気はあるんですよね?」
    「あるよ」
    「だったら──」
    「お前の父親はまだ『する』とは言ってないからな」

     斜め向かいに腰掛けて、ふうふうと白い湯気を吹く。横目で見たリーンはいよいよ「納得いきません」という顔をしていて、不服を隠そうともしない率直さが微笑ましかった。

    「サンクレッドのこと、知ってるでしょう? 自分から『する』なんて言いません」
    「かもな」
    「あの、同じこと訊きますけど、する気はあるんですよね?」
    「あるよ」
    「だったら、なんで、する方向で動いてくれないんですか?」

     ストレートに次ぐストレート。まったく、怖いものを知らない。若さと、あとは父親の影響、及び教育の賜物だろう。

    「してほしいのか?」
    「はい」

     問いに問いを返しても、臆することなく、打ち返してくる。

    「なんで?」
    「サンクレッドには、幸せになってほしいから」
    「今は不幸せそうに見えるか?」
    「見えません」
    「だったらわざわざ急いで入籍することもないだろ」
    「それでいいんですか?」
    「いいよ」
    「する気はあるのに、できないのって、ストレスにならないんですか」

     ならば、こちらも正々堂々、本心をぶつけてやるとしよう。

    「信用できないか、俺が」
    「そ──」

     強打に怯んだ少女が、否定の言葉を口にしかける。しかし、発されたのは結局、最初の一音だけだった。

    「……ちょっとだけ」
    「傷付くなあ」
    「だって、貴方、モテるじゃないですか」
    「お前の父親ほどじゃないだろ」
    「いつも笑顔で、みんなに優しくて」
    「接客業はそういうもんだよ」
    「グ・ラハさんも、貴方のこと、憧れだって言ってました」
    「それは……まあ……複雑な事情があってな……」
    「だから、私は」
    「さっさと既成事実を作らせておきたい、と」
    「き、既成事実と呼べるのかどうかは、知りませんけれど!」

     このフレーズには照れるのか。青少年の「ここから性的ライン」は、わからないものだ。

    「心配するな」

     机の半ばあたりまで、わざと大仰に動き、心の準備をさせてから、小さな頭に手を置いた。まだまだ触れられる瞬間には身を竦めてしまうリーンが、それでもすぐに落ち着いて、空色の目を向けてくる。大人びて、強気ではあるけれど、やはり子供で、繊細でもある。そんな「中間の存在」に、大人になりきってしまった自分の言葉は、毒かもしれないが。

    「俺が離れようとしても、サンクレッドが離してくれないさ」
    「え」
    「俺があいつなしでは生きていけなくなってるように、あいつもとっくに俺なしでは生きていけなくなってるからな」

     声を潜めて囁くと、ぼぼぼ、と音がする勢いで、薄くファンデーションだけを塗られた頬が紅潮した。

    「そ、それって、つまり、どういう、」
    「身も心もってことだ」
    「はわ……」
    「そのへんにしといてもらおうか」

     がらりと引き戸が開け放たれた。そこから、白い男が一人、剣呑な顔で踏み入ってくる。

    「よう、保護者」
    「よう、保護者候補。うちの娘に何を吹き込んでる?」
    「別に。パパとママはいつでも仲良しだよって言ってただけだ」
    「そうか。話は終わったか?」
    「ああ」
    「じゃあリーンはパパのところに返してもらってもいいな」

     ママの立場に甘んじるつもりは一切ないらしい。やはり、負けん気の強いところは、父親から受け継いだようだ。

    「ほら、リーン。いい加減、お暇しろ。もうそろそろ開店時間だ」
    「え、わ! ほんとだ、ごめんなさい!」

     サンクレッドに腕時計を見せられたリーンが、椅子から立ち上がる。鞄とコートをばたばたと腕に抱える様子を見ながら、大丈夫だと落ち着かせた。まだ来客の気配はない。

    「お邪魔しました!」
    「またな」
    「はい!」

     リーンが店外へ駆けていく。その背中を追おうとしたサンクレッドの腕を掴んで、耳の後ろに囁いた。

    「ありがとな。似合ってる」

     アリゲーターレザーの腕時計。濃いブラウンに染められたバンドが、きりりと手首を縛っている。白い肌を切り分けるようなコントラストが、たまらなかった。

    「すぐ外す」
    「ああ。水仕事だしな。好きなときだけ着けてくれ」
    「あんまり、リーンをからかうな」
    「努力はする」
    「まったく、お前は……」

     俯く男の顎を掬って、リーンがこちらを振り向く前にと、一瞬だけ、唇を重ねた。鋭く息を呑んだ体が、すぐに手を突き、距離を取る。
     やめろとは、言われなかった。視線を絡ませる中で、左手を持ち上げたサンクレッドが、見せつけるように手首の内側、艶消しの留め具にキスをする。あからさまな挑発に、心が浮き立ち、笑みが零れた。

    「またな」
    「ああ」

     今日が何の日であろうと、何の日でもなかろうと。この男との関係は、濃密になる一方で、離れることなどありえない。とはいえ、それを恋に夢見る少女に理解してもらうのは、まだ少し難易度が高いし、やはり、毒が強すぎる。
     大人にとっての一年は短く、一日はさらに短い。だから「待つ」ことは彼女が想うほどの苦ではないのだと、離れてこちらを見た娘と、近くでこちらを見なくなった父親を、同時に眺めて、思う。
     急ぐ必要など、どこにもないのだ。いずれリーンも、身をもって、時間の速さを知るだろう。そのときには、一つ屋根の下で、彼女の嘆きを聞こう。
     軽く手を振り、引き戸を閉めて、エプロンの紐を括り直した。いい夫婦の日である以前に、今日は一つの平日だ。間もなく訪れる客のため、テーブル席の湯呑みを片し、ダスターできれいに拭き上げた。
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