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    @810976_an

    そのうち支部にあげます

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    极博♂

    #极博♂

    諸説あり 深夜の居住エリアは不気味なまでに静まり返っている。まったくの無音というわけではなくて、低い溜息のような駆動音が階層を越えて唸り続け、やがてそれが耳に馴染み気にならなくなると、今度は自身の靴の音に意識が向いてしまうのだった。
     点在する明かりは光量が抑えられている。ドクターはあまり目が良くなかった。手元の輪郭は辛うじて分かるものの、足元となると暗闇に溶けて不明瞭で、疲れもあって泥を引き摺るようだった。それでももう、艦内で迷うことはない。深夜で人通りも滅多にないからとタブレットを覗き込みながら歩いていても、いつの間にか目的地に着いているぐらいだ。
     帰路についても尚、積みに積まれた仕事から解放されないさまは哀れなものだ。タイムカードが切るはずのメリハリを敢えて置き忘れるドクターにも非はあるが。けれども、今日の彼の手元にはそういったものは何も見当たらなくて身軽なものだった。隣を歩く男にたしなめられたからだった。
    「うわ、酷い顔色だね」
     開口一番、それだった。エリジウムは心配を通り越してちょっと引いていた。
     執務室まで迎えに来た男は、時間帯もあって普段ほどお喋りではなかったが、代わりに行動は雄弁なものだった。タブレットの電源を落とすだけでなくその他もろもろ、ドクターの未練がましさを断ち切るように手を尽くして、深夜の執務室から引っ張り出したのが十数分前のことだ。ドクターはエリジウムを恨みがましく見上げた。けれども、迎えを頼んだのはドクターの方である。自制が効かないので、この時間に仕事を止めさせるように。エリジウムは嫌な顔一つせずその頼みを受け入れた。
    「疲れてるでしょう」
     と言えば、そこで漸く疲れを自覚したのかドクターの肩がぐったりと下がっていく。アーミヤたちの前ではしゃんと伸びる背筋も、今はパニックホラーもののゾンビもかくやという具合に丸くなって、それから少しだけ元に戻った。ドクターよりも随分背の高い男の顔を見て話そうとすると、自然と姿勢が正される。
    「はあ、首が痛い……」
    「肩も重い?」
    「そう言われるとそんな気がしてきたよ」
    「このへん、『出る』って噂だからね」
    「へえ。生憎、見かけたことが無いな。きっと私よりも遅くまで残業してるんだろう」
    「ぞっとすること言わないでよ」
     エリジウムはその噂に興味がある様子だった。
    「この間、夜遅くに集まって怪談を披露しあったんだ。極東にそういう文化があるんだって」
     集まった面子はと言えば苦笑いを誘うものだった。ドクターの知る限り、エリジウムも含めて碌な怪談を持ち寄りそうにない、なんともエキセントリックなメンバーのように思えた。とはいっても外勤中に遭遇した怪奇現象をそれらしく仕立て上げれば立派な怪談である。モデルとなった極東の文化のように百の物語を語るとまではいかないものの、中々満足できるものだったらしい。
    「知ってる? シラクーザって怪談にまでパスタが登場するんだよ。僕もう笑うのを堪えるのに必死で」
    「その場に居なくて良かった」
    「いやいや、勿体ないよ。ソーンズなんて怖い話の最中だっていうのにさ、あの顔、絶対夜食のこと考えてた」
     今頃になって面白くなってきたのか、含み笑いが静かな空間に溶けていく。ドクターもつられていた。
     そうやって披露された怪談をひとつ、またひとつなぞっていくうちに、あっという間に時間が過ぎていく。エリジウムのお喋りは鬱陶しがられることの方が多いが、ドクターには心地良く感じられた。立場上畏まられることも多いが、ドクターは真面目に馬鹿をやるのが存外嫌いではないし、賑やかな雰囲気に混じるのも好きだ。エリジウムと気が合うのも当然の帰結と言えた。まさか深夜に呼びつけるほどの仲になるとまでは予想できなかったけれど。なんだか酷く今更なことを考えていると、自室の前まで辿り着いてしまう。
     例えば明日が休息日であれば、このまま部屋に招き入れて、消費されるのを待つばかりのボトルを開けても良かったかもしれない。或いは寝物語に、話の続きを強請るのもいいだろう。名残惜しい。子供でもあるまいに。いや、子供でないから自覚できているのかもしれなかった。
     報酬なりご褒美なりをひとが求めるように、いい子でいるためには労いが必要だ。思慮深い大人の振りをするために、ドクターはささやかな願いを舌に乗せた。
    「なあ――」
     しかしそれに割り込むように、周囲が明滅する。天井に埋め込まれるようにして連なるベースライトがちかちかと点いては消えるのを繰り返していた。光量が絞られているとはいえ眩しいもので、ドクターは目を細めながら避けるように手を掲げる。天井は、数秒のちらつきの後、ぷつんと電源が切れてしまったかのように沈黙してしまった。
     あたりは真っ暗になった。
    「故障かな?」
    「この区画、先月メンテナンスが入ってなかったか?」
    「え? うーん、ホラー展開だね。ほら、よくあるでしょ。怖い話に幽霊が引き寄せられるって」
    「私たちは先程まで随分笑っていたと思うが」
    「それが却って癇に障ったのかも……ねえ、ドクター、あれ」
     暗闇のなか、とん、と肩を叩かれて、顔の近くに手の気配を感じる。方向を誘導するように指先が頬を掠めた。視線の先にはうすぼんやりと、何かが灯っている。
     奥行すら分からず、無限に続いているようにさえ思える通路の奥の奥で、何かが佇み、揺らめいていた。かすかな灯火のようだ。だというのにはっきりしていた。「見える」ドクターの声は自然と潜められていた。エリジウムがうんと頷く声もまた、耳を澄ませていないと聞こえない程小さい。
    「確か『出る』んだったか? こういうのは対処法があるものじゃないのか」
    「いや、違うよ。それにそもそもあの噂に対処法なんてないから」
    「違うって何がだい、君が言い出したんだぞ」
    「絶対違うって。だってその噂は……」
     そうしているうちにも、陽炎のような、或いは極東風に言えば人魂らしきそれは徐々に体積を増しているように見えた。大きくなっている。それは、こちらに近づいているということだ。その正体がオペレーターであればよい。例えばリードの尾に灯る炎だとか――室内でアーツを使う理由が無い以上これは無理矢理な話だ。もしくはアイリーニの「灯り」であるとか。否、彼女は今乗艦していないのでは無かったか? ドクターは壁に手を這わせて、目的の物を探り当てた。自室の扉付近にあるはずのカードリーダーの質感にこれほど安心したことはない。が、驚くべきことに装置が湛えているはずの光すらも消えている。これでは自室を開けることも儘ならない。
    「下がって」
     ドクターの肩に添えられていた手がそろりと動き、エリジウムが一歩前に出た。仮にこれが怪奇現象の類だとして、彼の剣術が通じるかどうかは全くの未知数だが――光は、十数メートル先のところまで近づいてきたというのに、足音ひとつしない。ドクターがいくらオカルトめいた話を一切信じていないと言っても、今、現実に起きていることは受け止めざるを得なかった。
     残業続きで疲れ切った頭といえど、生命の危機を前にすればよく働くものだ。それまでの人生で見聞きしただろう怪談話とその対処法が、さながら走馬灯のように脳裏を駆け巡っていく。なにか、なにか出来ることはないのか? 膨れ上がっていく光を睨みつけながら、ドクターはある種の閃きを得た。
    「エリジウム!」
     自身を庇うようにして立つ男の腕を引っ張る。そこから、ドクターの行動は早かった。振り返っただろう男の輪郭を掴むとリーベリの柔らかな羽が掌のなかに収まる。「屈んでくれ!」言うが否や、もう片方の手がエリジウムの後頭部を捉えた。ぐいと引き寄せ、その勢いのままに口づける。歯が当たりかけるも唇が緩衝材になった。舌がぬるりと相手の咥内へと入り込み、引っ込んで戸惑いを表す舌を捕まえて、それからはまるで捕食だ。かつてこれ程までに熱烈なキスをドクターから贈ったことがあっただろうか。後頭部を押さえる手はそのまま、もう片方は背中へと回り、決して離すまいと爪を立てている。
     呼吸音と水音が二人の視界を支配した。ドクターの肺が先に観念してしまったが、見えないながらに顔の至るところに唇をくっつけては離してを繰り返す。そのうちキスが甘噛みに変わった。頬も鼻先も例外でなく、最後には相手の上唇をかぷりと挟んでしまう始末だ。情欲にくぐもった声がどちらともなくあがり、二人の吐く息は熱かった。
     仕掛けたのはドクターだというのに、先に白旗を上げたのもドクターだ。彼は目の前の男に寄りかかるようにして脱力した。
    「ドクター、急になに!?」
    「明かりは、」
     声につられて天井のベースライトを仰ぎ見ると、沈黙していたはずのそれがまたちかちかと点滅をはじめていた。目と鼻の先まで近寄ってきていたあの光も、いつの間にか姿を消している。周囲の照明器具はあっという間に落ち着いて、時間帯に合わせた淡い光を遠慮がちに灯す作業に戻っていた。
     つまり、先程まで自分たちを襲っていた異変など無かったかのように、すべてが元通りになっていた。白昼夢を見たと言った方が余程信じられる。けれどもドクターは依然として息が上がっているし、彼の手には自然と抜けた羽が握られたままだ。
    「……とりあえず、中、入らない?」
     ドクターは頷いた。

     カードリーダーの稼働も問題なく、二人はドクターの自室に転がり込むように入り込むと、今日一番の大きな溜息を吐いた。背を預けたソファが軋んだ気がする。
    「なんだったんだろうね、あれ。いやそれより、ドクター。さっきのなに?」
    「昔どこかで聞いた。幽霊はいやらしい話が苦手らしい」
    「話飛び越えて実演しちゃってたけど」
    「急いでいたから」
    「それで帰ってくれたのは助かったよ。だけど、ドクター? ホラー映画の怪異の登場シーン、濡れ場は多分五本指に入るよ」
    「シャイな幽霊で助かった」
     くったりと身体の力を抜いて、ドクターは隣に座る男に全体重を預けた。まったく、肝が冷えた。あれに敵意がなかったにせよ、深夜が不安や恐怖を増幅させるのは間違いないのだから。
    「君、今日はどうするんだい」
    「えー……シャワー借りていい? 汗かいちゃった」
     エリジウムは摘まんだ襟に憮然とした視線を投げかけている。ドクターも先程まで首筋に冷や汗をかいていた。シャワーの温かさが、今は恋しい。
    「わかった。そうだ、一つ聞いておきたいことがあるんだが」
    「なに?」
    「『噂』の件だよ。どうして違うって分かったんだ」
     問いに対して淀みなく答えが返ってくるものと思っていたが、エリジウムは逡巡しているようだった。「あー、その、悪意は無かったんだけど」回りくどい前置きまで付けてくる。
    「別に怒らないよ」
    「うん、……うん、わかった。さっきの人魂と噂の幽霊が違うのは、当然なんだよ。だって幽霊は僕の隣にいたんだから」
    「ほう」
    「待って言い訳させて、僕も噂になるぐらい広まると思ってなかったんだって。皆与太話のつもりで怪談のネタを仕入れてきたんだよ。僕も折角だから力作をと思ってね」
     つまるところ、『噂』の怪談の正体は、夜中艦内をひっそり通るドクターそのひとのことらしい。
     暗闇の中で、タブレットの光がぼんやり浮かび上がり、それにかぶりつくように顔を近づけふらふらと彷徨い続ける男の怪談。遠目に見れば、先程目にした人魂のようにも映り、非常に怖がられたと。実際深夜の艦内でこの状態のドクターを目撃したオペレーターも居るらしく、噂はすっかり信憑性を帯びたものとして広がってしまった。
    「私をネタにするなんていい度胸だね」
    「いやいや、これはほんの出来心というか」
    「安心してくれ。怒ってないよ。だけど……」
     ドクターはシャワー室に繋がる脱衣所の扉を開けて、エリジウムを押し込んだ。
    「私も多少映画は見るから分かる。怪異、幽霊の登場シーン、水場は三本指に入るだろうね」
     そのまま、脱衣所の扉をぴしゃりと閉めると、壁の向こうから情けない悲鳴があがる。
     扉に背を預けて、ドクターは声を上げて笑った。
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    MOURNINGモブ視点多め
    みじかいテープ かの高名な宇宙ステーション『ヘルタ』に降り立つと、そこは慣れ親しんだ大学とは違う冷えた空気に満ちていた。空調の問題ではない。私は身も心も竦んでいた。
     世の学者、研究者にとって天才クラブの面々は憧れの的とも目の敵とも言える、非常に屈折した感情を向けられやすい相手ではあるのだが、いざカプセルの前で腕を組みこちらを見据える天才を前にすると緊張のあまり頭も口も働かない。まったく何を言えばいいのか――事ここに至っては、自身の発言など何も求められていない。それに気付きながらも尚、何かを言わなければならないという焦燥感に駆られるのは、己の自尊心が働いている証左であろう。
     ミス・ヘルタは己に実施した若返りの秘術そのもの、ヘルタ・シークエンスについて述べることで、カプセルの中の人を救う手段を提案した。一言一句が値千金ではあるにもかかわらず彼女はそれを惜しむことなく明らかにした。カプセルの中で眠る少年がナナシビトであることは既知の情報であり、彼がミス・ヘルタの研究に多大なる貢献をしたことも資料には記されていた。しかし天才に恩返しなる概念が存在していたことは、私にとっても非常に意外なことだった。けれどもその義理堅さに救われる命がある。当時の私の助手歴はまだ短く、Dr.レイシオについて知ることも伝聞が殆どではあったが、彼が自分より一回り以上小さな背丈の女性に頭を下げて協力を乞うさまは、今でも記憶に焼き付いている。
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    MOURNING极博♂ 統合戦略3が実装される前なので好き勝手しました
    灰の海のたびごころ 極東ではリコリスを指して彼岸花と呼ぶこともあるらしい。秋の夜長、暗闇の中にあってもはっきりとそうだと分かるほどに鮮やかな赤い花を咲かせ、夏に枯れる多年草である。害獣除けとして田の畦道に敷き詰めるように植える農家も少なくないとかで、秋めくにつれこれらが一斉に花開くさまは壮観の一言に尽きる。
    「君にも本物を見せてあげたかったな。本当に凄いんだよ。初めてあれを見たとき、ミノスの神話を思い出したもの。エリュシオン、死後の楽園、英雄の魂だけが逝ける場所」
     まったく縁起でもない。それとも冗談だろうか? ジョークのセンスがいいとは言えないだろう。そのうえ、
    「その話は前にも聞いた」
    「あれ? そうだっけ」
     ああでもやっぱり、惜しいなあ。茫然とした口ぶりで、それは前方に視線を投げた。この辺りは岩場も多く、街は遠く、輝く砂浜もなく、退屈な光景が広がっている。灰色の空を鏡に映し出したかのように水面は暗い。そこに揺蕩う水草たちはただ潮風に揺られるばかり。放射状に咲く花弁が波に呑み込まれては顔を出して、そのたび、生まれ変わったかのように白く洗われる。
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