プレゼント考えておいて「あ、日付変わった。誕生日おめでとう」
「お前はそれが今発言すべき内容だと本気で思っているのか?」
ドクターの乗った車両が襲撃を受けたのは、作戦を無事とは言えずともなんとか終え、臨時に築いた拠点から引き揚げるまさにさなかであった。負傷者を先に帰還させるために大型車両で出発させ、警備が手薄であったところを狙われたのだ。相手は漁夫の利を狙うために敵陣営を見殺しにした地元の武装組織である。というところまでわかっている通り、現在は危機的状況であるとはいえ、おおむねドクターの想定の範囲内のトラブルではあった。かと言って油断が出来るかというと勿論そんなわけではなく、移動都市外縁部スラムの廃墟の一角で、ドクターはPRTSの端末を片手にエンカクと二人きりでクリスマスを迎えているのである。
「念のためドローン上げたままにしておいて正解だった」
「合流までどのくらいかかる」
「距離としては近いんだけど、そもそもこのあたり彼らの庭だからね、慎重に動くに越したことはないよ」
彼のこぼす舌打ちとて、普段と比べればずいぶんと小さなもの。嫌なことに、夜の静けさは音をよく通す。ましてや人の住んでいないはずの廃墟からの物音など、逆に罠かと怪しまれてしまうレベルだ。彼の本音としては、さっさと私を別部隊に引き渡して迎撃に出たいところだろう。だが、突然の襲撃にエンカクがドクターの襟首を引っ掴んで飛び出してくれなければ、ドクターは今頃ターキーの代わりに丸焼けになって彼らのアジトのテーブルに並んでいたはずなので、感謝も兼ねて誕生日を祝ってみたのだがどうもまた失敗したらしい。
「うーん、合流予定の部隊が足止めされている。気付かれたか、医療班のメンバーにやってもらってる囮が逆効果になってしまったか」
「人数は」
「こちらが十一人、だからその倍はいるものと見たほうが良い。時間をかけるとさらに集まって来てしまうだろうな」
「お前の首はよほど魅力的らしい」
「そんなの、あんな奴らより君のほうが良く知ってるだろう? じゃあ今から指揮を執るから、周囲の警戒をよろしく」
不幸中の幸いとでもいうべきか、この距離ならば十分に通信は繋がる。だからヘッドセットの周波数を調整してひとこと、震える声でかえってきた各々の返答から素早く情報を組み立てつつ、刀を抱えた隣の男の腕をとん、とつつく。相変わらず刺し貫くような眼差しにホッとしながら唇の動きだけで伝えた言葉を、彼は正確に読み取ってくれたらしい。その証拠であるしかめっ面ににっこりと微笑みながら、ドクターは反撃のための最初の一手をその舌にのせたのだった。
「だからって本当に好きなだけ飲むとかやる!!??」
「誕生日プレゼントなんだろう?」
「そうだけど!! あらためてお誕生日おめでとう!!」
「上司の金で飲む酒は美味い」
「それはその通りこの世の真理ではあるんだけど畜生」
すっからかんになった財布を手にとぼとぼと移動速度-五十%で歩くドクターの後ろを、上機嫌に(しかも尾まで振りながら!)続くエンカクは、じっとりと睨みつけてくるドクターのことなど意にも介さずに悠々と歩みを進めている。あれだけ飲んだはずなのに足取りにはブレもなく、対するドクターはといえば付き合いで飲んだ数杯でもう千鳥足である。ずるい。顔も良ければお酒も強くて足も長いとかどうなってるんだこの男。自身の思考がふらふらなのは一応自覚できているので、ドクターは大人しく口を閉ざして自室への通路を突き進んだ。どうせ背後には有能な護衛だっているんだ、少々自分が前後不覚であったとしても問題はないだろう。
そうして自室の面倒なセキュリティを解除して扉を開けると、何故だか彼まで入って来た。珍しい、いつもはねだってもゆすっても頑として来てくれないのに、どういった心境の変化だろうか。それともそんなに今にも倒れそうに見えるのだろうかとちょっとだけ不安になったドクターは、大丈夫だということをアピールしようと男の顔を見上げた。正確には見上げようとした。
「――――え」
ぐい、と押し付けられたぶ厚い胸板はいつもより体温が高くて、あんな見た目でも酔っ払ってはいたのかと感心する。と同時に彼がこんな挙動をとった理由がわからなくて、ドクターは、ねえ、と彼の名前を呼んだ。
「お酒、美味しかった?」
「あぁ」
「眠くなった?」
「あぁ」
「じゃあさ、一緒に寝る?」
これでも、だいぶん勇気を振り絞ったのだけれど、彼はといえばくつくつと人の悪い笑みを浮かべながら、いいやと返してきた。なんだよ、まったくもう。ひとがどんな気持ちでと憤慨を露わにして酔っ払いの耳元で喚いてやろうと息を吸い込んだ途端、エンカクの大きくて熱い手のひらが、明確な意図でドクターの臀部に触れた。
「大人しく寝かせてやれるとでも?」
「……君さぁ、あれだけ飲んでおいて使い物になる? イイところで一人で放り出されるのなんてまっぴらごめんなんだけど、って、え、嘘。なんであんなに飲んでたのに元気なの」
ぐ、と腰に押し付けられたエンカクのそこは通常と変わらずというかむしろその凶悪さを増しているくらいにはご立派様で、流石のドクターも酔いが醒め始めるくらいには動揺した。
「なんだ、くれないのか」
「~~~~ッ! 私がプレゼントなんて死んでも言わないからな!」
なおもぎゃあぎゃあと顔を真っ赤にしてわめくドクターにうるさいと眉間にしわを寄せつつ、エンカクは黙らせるための実力行使としてまずは最初にそのよく動くくちびるを奪いに来たのだった。