すれ違う廊下冬休みが終わり、雪がまだ残る校舎の裏庭を抜け、スティーブとバッキーは並んで寮へと戻ってきた。
手にはそれぞれ、実家から持ち帰った荷物。少し重たいけれど、肩を並べて歩くこの時間が、楽しくもあった。
ドアを開けると、二人の部屋は数週間前と変わらずそこにあった。
スティーブがバッグをベッドに置きながらちらりと視線を向けると、バッキーの手元の鍵にふと目が留まる。
黒革に《B》の刻印が入った、あのキーチェーン。
スティーブが年末、少し緊張しながら渡したプレゼントだった。
「……ちゃんと、つけてくれてるんだ。」
思わずこぼれた言葉は、自分でも気づかないくらい小さな声だった。
けれど、すぐそばにいたバッキーには、しっかりと届いていたようで。
「当たり前だろ。」
振り返った彼の声はいつも通りで、それが逆にスティーブの胸をあたたかくする。
「お前こそ、俺があげたマフラー気に入ってくれたんだな。よく似合ってる。」
マフラー。
今も首元にふわりと巻かれている、青地に赤のラインが入ったそれを、スティーブはふいに指先でなぞった。
褒められるなんて思ってなかった。嬉しくて、けれど素直には返せなくて、照れ隠しに小さく笑ってしまう。
「ありがとう、バック。」
言葉はそれだけだったけど、部屋の空気はどこかほんのりと甘かった。
新しい季節、新しい日常。
再び始まった寮生活の中で、二人の距離はまた少しだけ近づいた気がした。
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《アイツが笑ってた》 バッキー目線。
新学期が始まってからというもの、スティーブは以前よりもずっとクラスに馴染んでいた。
最初こそ物静かで真面目な印象だったが、今では廊下でも教室でも、誰かに話しかけられては笑顔を返している。
――そんな様子を、バッキーは少し離れたところから見ることが増えた。
この日もそうだった。昼休み、忘れ物を取りに教室へ戻る途中。
廊下の端で、スティーブがクラスメイトのペギー・カーターと話しているのを見かけた。
ふたりは何か楽しそうに笑っていて、スティーブはペギーの言葉に肩をすくめながら、頬を赤らめていた。
(……なんだ、あの顔)
スティーブがあんな風に照れて笑うのは、自分の前ではあまり見たことがなかった。
声をかけようとした足が止まり、バッキーはその場で立ち尽くしてしまった。
(……そうか、ああいう子が…)
不意に心の奥がきゅっと締め付けられた。自分の知らない表情、自分の知らない会話。
胸の奥で小さな、でも確かなモヤが芽生えた。
ふと数日前のスティーブの様子を思い出す。
──《気になる人の心を掴むには》なんて特集の載った雑誌を、真剣な顔で読んでいた。
(……そうか、あいつにも、好きなやつができたんだな)
妙に納得してしまった自分がいた。
だからこそ、最近自分に妙に優しかったことも、やたらと気が利く行動も、どこか合点がいった。
(だからあんな雑誌、読んでたんだな……)
思わず、小さく息をつく。
胸に浮かぶのは少しの寂しさと、ちょっとした納得。
「……がんばれよ。スティーブ。」
独り言のように呟いて、バッキーは荷物を取り元来た道を静かに帰って行った。
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《大切な相談》 廊下話、スティーブ目線。
賑わっている昼休み。
スティーブは先日の出来事をペギーに話していた。
「……へぇ、それって“親友”に贈るプレゼントの範囲、超えてない?」
そう言って、ペギーはからかうように笑った。
「いや!彼はたぶん …そ、そういう意味じゃ……!」
スティーブは顔を赤くして言葉に詰まる。
けれどペギーはそんな様子に驚くでもなく、ただニヤリと口角を上げた。
「でも、嬉しかったんでしょ。キーチェーン、ちゃんと付けてくれてたんでしょ?」
「……うん。見た時、正直すごく嬉しかった」
食い気味に答えた自分に、自分でも驚く。
でも、事実だった。マフラーも、キーチェーンも。
何より、「また映画行けたらいいな」――その一言が、スティーブにとってどれだけ希望になったか。
しかし、
「……バッキーのやつ、まだ気づいてくれないんだ」
ぽつりとこぼしたスティーブの声に、隣で寄り添うペギーが思わず目を見開いた。
「えっ、あんなにアプローチしてるのに!? 私から見たら丸わかりよ?」
「うそ。…え、ペギー、気づいてたの!?
はぁ……気づいて欲しい相手には全然手ごたえないのにな……」
スティーブは思わず壁にもたれ、重いため息をついた。
「俺なりに頑張ってるんだけど……貢ぎ物(主にお菓子とか)も、忘れ物をそっと用意するのも、アイツ普通に“ありがとう”で終わるし……」
「そりゃもう、ただの"親友"で終わってるわね」
ペギーは苦笑しながらも、真剣なまなざしでスティーブの肩に手を置いた。
「……どうしよう、ペギー!」
情けないほど素直に頼るスティーブに、彼女は小さくため息をつきながらも、きっぱりと言った。
「こうなったら、“当たって砕けろ”よ。次の映画の日に告白しなさい」
「砕けたら困るんだけどなぁ……」
弱々しく返しつつも、スティーブの心にはその言葉が真っ直ぐに届いた。
ペギーの後押しで、ようやくその決意に少しずつ火が灯っていく。
(……次の映画の日。今度こそ、ちゃんと伝えるんだ!スティーブ!)
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