芸能パロ石乙 出演させてもらったドラマの打ち上げに参加した乙骨は、気がついたら自宅のベッドにいて「あれ?」となった。自分はいつどうやって帰宅したのかまったく覚えていない、昨日はドラマの関係者に挨拶ついでにしこたまお酒を飲んでしまい、打ち上げの途中から記憶が完全に途切れていた。内心こわすぎる……と思いつつ、マネージャーに連絡を取ったら、どうやらマネージャーが車で自宅まで送ってくれたらしい。
『あと、石流さんも』
「え、龍さんも一緒だったんですか!?」
『というか、憂太くんが石流さんから離れてくれなくて……ちゃんと後でお礼言って下さいね』
マネージャーにそう言われ、背中にだらだら汗を掻きながらも「はい……」と乙骨は頷いた。
(龍さんにまで迷惑掛けちゃったんだ…)
そのことは申し訳なく思うし、自分は変なことをしてないよな??とちょっと心配になってしまう。
石流のインスタグラムを見てみると、昨日の打ち上げの話が投稿されているが、載っている写真は最初に撮ったドラマ関係者との集合写真だけだったし、特に乙骨に言及されたコメントもなかった。
その後、最後の記憶で一緒にいた主演俳優に連絡を取ってみたら、飲み過ぎてふらふらしてたけど、特に変なことはなかったぞ、と言われてホッとした。
『ああでも、石流さんに』
「え……龍さんに何か……」
『いや、石流さんの腕に抱きついて離れなくなってたなと』
「マジですか……」
『その後はもう石流さんに任せちゃおと思ってどうなったかは知らないなー』
「そんな……」
無責任な、と思いつつ、主演である彼が多忙で自分の相手ばかりしてられないのは分かるので、それ以上は何も言えなかった。思わず頭を抱えたし、石流にもちゃんとお礼を言わないといけないのは確かのようだ。
(LINEとかインスタのDMでもいいけど、直接話とか出来ないかな…)
そんなことを考えつつ、一先ずメッセージで先に一言お礼を伝えておくことにした。
その日は午後に仕事があり、ドラマの撮影で何度か行ったことのある撮影所に向かった。ただし、今日はドラマの撮影があるわけではなく、今度参加するドラマの公式YouTube向けの動画を撮影しに来ていた。
その撮影所は時代劇の撮影にも使われるし、もしかしたらうっかり石流に会えたりしないかなと思っていたのだけれど、着物姿の役者とは何度か擦れ違ったが、石流の姿はなかった。そう上手くは行かないかーと思いつつ、撮影終わりに何か飲んでいこうと思って休憩スペースに立ち寄った。すると。
「あ」
休憩スペースの横にある喫煙所に、煙草を吹かしている石流を見つけた。石流も撮影あがりなのか私服姿で、髪型は時代劇の時のちょんまげ頭でも、刑事ドラマのヤクザ役の時のリーゼントでもなく、長い髪を下ろしていて、その姿にドキンと胸が高鳴った。
(……やっぱり龍さんかっこいいよな……いや、役に入ってるときもかっこいいけど、普段もなんか、役とは違う色気があるよね……)
加えて着ているシャツの上からでも浮き出た胸筋がよく分かる。その鍛え上げられた肉体にいいなぁと思ってしまう。
(僕はあんまり量食べられないし、筋肉も付きづらいんだよな……筋肉が付きやすい鍛え方でもあるのかな…)
そしてその腕を肩に回されて、その筋肉に触れた時はその程よい柔らかさがたまらなかったことを思い出した。もっと彼に触れたい、触れられたい、思いっきり抱き締めて、抱き締められたい──ぼんやりと石流を見ながらそんなことを考えてしまって、乙骨は思わず顔を伏せて溜め息を吐いた。
(僕……やっぱり好きなんだよな、龍さんのこと、そういう意味で)
自覚は前々からあった。傍にいるとドキドキしたのは、石流が乙骨にとって憧れの目標としたい俳優だったから、というのもあるけれど、ドラマでの共演がきっかけで、交流を重ねるうちに、石流にもお茶目な部分があるんだなとか、自分の知らなかった姿をいくつも見られるようになった。
お互いに『龍さん』『ゆう』と呼び合い、インスタグラムにあげる写真を撮るためと物理的な距離感も近づいていくうちに、憧れはいつしか恋心に変わっていた。
(不毛なのは分かってるよ、だって龍さんには奥さんも子供もいるんだから)
石流が結婚したのは、乙骨がまだ小学生だった時だ、当時はすぐに分からなかったが、良く時代劇を見ていた祖母が、あの岡っ引きをやってる人じゃないか、と言って初めて結びついた。自分が石流をそういう意味で好きだと気付いてから思い出したことでもある。
(だからま……こうやって眺めるだけでも好きにさせて欲しいよね)
そんなことを考えながら石流の姿を見つめていた。煙草を吸いながらスマホを見ている石流は、こちらの存在にまだ気付いていないようだった。気付いて欲しいような、気付かれないままその姿を眺めていたいような、そんな複雑な気分だった。
だが、煙草を吸い終わった石流が顔をあげたところで、乙骨の姿に気付いたようだった。乙骨がペコリと頭を下げれば「おう」と言うように手をあげてから、喫煙ブースから出てきた。
「オマエも撮影か?」
「はい、ドラマの、じゃなくて、YouTube用の動画ですけど」
「はぁ~~最近そう言うの多いよな」
「龍さんは時代劇の撮影ですか?」
「ああ、この後もう一つ取材が入ってるけどな」
こうやって、普通に会話できるだけで嬉しい。そんな風に思いつつも、乙骨は「そういえば」と言って、石流と話したかった内容を切り出した。
「……昨日の打ち上げのことなんですけど、龍さんにもご迷惑掛けたようで、すみませんでした」
「………………ああ」
ペコリと頭をさげてそう言えば、石流の返しは随分と間があった。そのことに「あれ?」と思って顔をあげれば、眉間に皺を寄せている石流の顔があって、不機嫌そうと言うよりは、戸惑っているような。
「……龍さん?」
「……ようでって、オマエは覚えてねぇのか?」
するとそう問い返されて、乙骨は「うっ」と胸を抑えた。
「すみません……打ち上げの途中から記憶がなくて、気付いたら自宅のベッドの上にいたもので…」
「……そうかよ」
また少し間があったので、乙骨は少しいやな予感がしてきた。
「……あの、やっぱり昨日、龍さんに何か迷惑になることしたんですか?僕…」
昨晩のことを覚えてないのかなんて言うってことは、覚えてないとおかしいと思えることをしでかしたのではと思えたのだ。だから、不安げに石流を見つめながらそう言えば。
石流はやはり眉を寄せながらも、乙骨の頭に手をポンと乗せて撫でてきた。
「……いや、大したことじゃねぇ。オマエが覚えてないならそれでいいんだ」
「そう……ですか?」
ほんとに…?とは思ったけれど、そう言いきられてしまったら、それ以上は自分も踏み込めなかった。その日は、石流に昨晩のことをもう一度詫びて、それからお礼を言って、石流とは別れた。
共演したドラマが終わってしまったので、石流と会う機会も減ってしまうかなと思った。けれど、何となく連絡を取って、食事や遊びに誘うと、石流は思ったよりそれに乗ってくれて、何だかんだで、ちょくちょく会っていた。
そのうち共演した刑事ドラマの映画化が正式に発表されて、出演者の中に石流の名前を見つけたときは、本当に嬉しかった。
(また、龍さんと共演出来るんだ)
その事実に、その時の乙骨はただただ胸を躍らせていた。
※まだつづく
※ちなみに乙骨くんは石流が離婚済みなのを知りません。