石乙散文「……乙骨」
そう呼ばれて、振り返って、石流さんの顔を見て、あ、これはキスされるって気付くときがたまにある。
部屋にふたりきりでいるときもそうだけれど、任務で呪霊を討伐した後、という時もたまにある。その時、その目は獣みたいに鋭くて、熱くこちらを求めてきていて、とても背筋がゾクゾクしてしまう。
求められたり、必要とされるのは嬉しい。それが自分の好きな人なら尚更。
それでもそういう時の石流さんは、キスして来ても触れるだけのもので済ませることが多い。もちろんその後、寮の部屋に戻ってから、呼吸を奪われるくらいのキスをされるし、身体も求められるけれど。
外だから?という気もするが、石流さんがそこまでTPOを気にするタイプとも思わないし、寮の部屋に戻った直後はやはり触れるだけのもので、がっつり深くシツコク求められるのは、一旦シャワーを浴びてからだ。たまに我慢出来なかったのか、身体をまさぐられることはあるけれど、そういう時はキスをしない──なんでだろう、ってちょっと思った。
だから、任務を終えて寮に戻ってすぐ、石流さんにキスされたとき、そのまま僕からも彼を求めた。
「ん、っ…お、い……」
石流さんが少し戸惑うような声を出したので「…どうしました?」と問えば。
「……続きは飯食ってシャワー浴びてからにしようぜ?」
そんなことを言ってくるものだからムンとしてしまう。
「…もう少し、したいです」
「う……それは俺もそうだけどよ」
「というか、石流さんからしてきたんだから勝手に止めないで下さいよ」
そう言って再び彼の唇に触れようとしたのだが。
何故か頭にコツンと何かが当たって、唇まで到達できない。
「……あれ?」
視線を向ければ、頭につかえていたのは、石流さんのポンパドールだった。
「ん?」
いつもキスされる時はこんなことないのになんでだろうと思っていれば、石流さんが「ああもう」と言って顔を傾けた。
「…この髪型の時は、こうでしかキスできないんだよ」
顔を傾けたことで、髪の先端がずれて唇が合わさった。なるほど、と思うと同時に、そういえば、石流さんが顔を傾けたこの角度は何度も見たことがあった。
(……もしかして、いつも髪型がこれの時は、わざわざ顔を傾けてキスしてた…?)
僕がそれを理解してすぐ、唇が離れた。石流さんの顔を改めて見て、その瞳がもっとこちらを求めて来ているのが分かって、僕ももっと欲しいと思った、けれど。
今更ながらに、なんで任務の直後や部屋に戻ってすぐのキスが軽いのかが分かった。髪型が邪魔で深いキスが出来ないからなのか。だから。
「……シャワー浴びに行くぞ乙骨」
石流さんに肩を抱かれ、部屋を出て、シャワー室の方へずんずん進んでいく。
「飯食うのも、身体を洗うのも我慢できねぇ、オマエもそうだろ?」
耳元でそう囁かれて、もちろん否定するつもりなんてなかった。
僕も早く、あなたと思いっきり触れ合いたい。