芸能パロ石乙 その日、乙骨が目を覚ましたのは石流の部屋だった。昨日が金曜日だったから仕事帰りに寄ってそのまま泊まったのだ。
付き合っている相手の家に泊まったのだから昨晩はもちろんお楽しみだったので、乙骨は気怠い身体をもそもそ動かしながらベッドから起き上がった。
「……龍さん?」
呼び掛けても石流の声は返ってこなかった。今日も朝から仕事だと言っていたからもう既に出かけたのかもしれない。少し寂しいなぁと思いつつ、乙骨は自身のスマホ画面を見て──それから眉を寄せた。
「……ナニコレ」
乙骨のスマホには大量のメッセージ通知が来ていて、しかも特定の相手ではなく、あらゆる方面の人からメッセージが届いていた上に、インスタの通知も凄まじい数が来ていた。
いやなんだこれ、何があったんだよと思いながら、その一つを確認すればこう書かれたいた。
『トレンドウソですよね、それともマジなんですか?』
それは以前ドラマで共演した同年代の俳優である伏黒から来たもので、乙骨がトレンド…?と思いながら、伏黒が教えてきたSNSを開き、そこのトレンドワードを確認した。するとそこに並んでいた文字は。
『エイプリルフール』
『石流龍』
『再婚』
「……は?」
石流が再婚する?誰と?というか、エイプリルフールだからウソってこと?
伏黒がウソですよね、と聞いてきたのはこのせいかもしれない。エイプリルフールになんて話題があがってんだと思っていれば、その伏黒から着信があった。
「…もしもし?」
『あ、すみません。メッセージに既読がついてたので。メッセージの件、確認しました?』
「確認したけど、ナニコレ、龍さんが再婚するみたいなウソが出回っているってこと?」
『あ、やっぱりウソなんですね』
「そりゃあ…」
『石流さんと乙骨さんが結婚するって話』
「………ん????」
今なんかとんでもないワードが出てこなかったか?
「……ごめん、今誰と誰が結婚するって言ったの…?」
『え、だから、石流さんと……乙骨さんが?』
「………なんでそんな話になってるの?」
乙骨は頭を抱えたし、同時に自分のスマホに溢れるメッセージ数々にやっと合点がいったのだ。
伏黒の話によれば、2時間くらい前に、SNSであの時代劇俳優石流龍が再婚…!!お相手は共演した若手俳優…!!みたいなニュースがあがり、石流が最近共演した若手俳優で特に仲がいいのが乙骨だったので、お相手は乙骨なのでは、という話題が一部で広がったようなのだ。さすがに乙骨の名前はトレンドには挙がっていなかったが、オススメトレンドに関連ワード:石流龍で出てくる程度には話題になっているようだ。
「なんでそんなことに……というか、龍さんの再婚ニュースだって突然すぎるでしょ」
『そこは、石流さんが最近参加している楽座のエイプリルフール記事が歪曲されたみたいですね……って、さっき家入さんから連絡来ました』
「やっぱりウソなんじゃん……」
そのことに正直ホッとしていた。石流が誰かと再婚しようとしているなら、自分は明らかに邪魔だし、何より自分と付き合っていながら別で結婚を前提に付き合っていた相手がいたなんて考えたくもない。
乙骨が頭を抑えながら「うーん」と思っていれば、伏黒が『あの』と話を続けてくる。
『それで、石流さんの再婚相手が乙骨さんってなっている1番の原因なんですけど』
「え……そこも何かあるの…?」
乙骨がげっそりとなりながら相づちを打てば、伏黒は『はい』と頷いた上で。
『たぶん虎杖が……石流さんの再婚記事に『お、遂に憂太とゴールインするんだ!』って呟いてしまったせいかなと……』
そしてその内容に。
「悠仁くん………」
乙骨はベッドの上で蹲り、その言葉だけを吐き出していた。
乙骨が自分のところに来たメッセージを改めて確認すれば、真偽を確認するものと草を生やしたお祝いに二分していた。とりあえず、お祝いメッセージはスルーしつつ、真偽を確認してくるメッセージには『エイプリルフール!!』とだけ返して一息ついた。
石流からはなんの連絡も来ていないが、ちゃんと仕事が出来ているのか心配になる。
(僕は今日休みだったからよかったけど…龍さんはあれこれ言われてないかなぁ…)
いやまぁ言われても、あの人だったら悪ノリして「おう、ゆうと結婚するぜ!」なんて笑って返してそうな気がしないでもないけれど。
(男同士の僕らが……結婚できるはずなんてないのに)
そう考えたらちょっと凹んでしまう。石流と結婚できるものならしたい、それくらい好きだし、それくらいの気持ちで付き合っている自覚はあるのだ。
(なんだっけ……エイプリルフールに吐いたウソって実現しないんだっけ?)
別に石流と結婚するなんて嘘は吐いていないし、実際出来ないのだけれど、実現しないと断言されるとそれはそれで腹立たしい。
乙骨はムッとして顔をしつつ、新たに来たメッセージを適当にあしらっていた。
その日の夕方になって石流が帰宅した。
「いやいや参ったぜ、俺が再婚するなんてウソがネット上で出回っていたみたいでな。エイプリルフールだっていうのに、悪ノリしてくるやつが多くてよ」
夕食は乙骨が適当に作ったものを一緒に食べた。そして石流は案の定、あのウソに翻弄されていたようだ。
「加えて、その再婚相手はゆうなのかって聞いてくるやつまでいてさ、そんなウソ誰がついたんだろうな」
「……なんか、悠仁くんが、僕じゃないかみたいな呟きをしたみたいです」
「あーーー…虎杖か。あいつ悪ノリ好きそうだし、無邪気に火に油を注ぎそうだもんな…」
石流がぼんやりとそんなことをいい、龍さんも悠仁くんのこと分かってきたな、と乙骨は密かに思っていた。
「ま、俺だって、オマエと結婚できるならさっさとしたいと思っているがな」
そしてさらりと言ってきたことに、ドキンと胸が高鳴った。乙骨は口の中のものをごくんの飲み下した後、箸を一旦置いてから、真っ直ぐ石流を見た。
「……そのことなんですけど」
「ん?」
「……結婚しませんか、本当に」
乙骨の言葉に、石流もポロリと箸からご飯の塊を落とした。
「は、あ…!?」
「…確かに、男女の婚姻とは同じものは結べませんけど、養子縁組とか、今ならパートナーシップとかありますし」
ぎゅっと膝の上に置いた手で拳を作りぎゅっと力を入れた。
「僕……龍さんと、家族になりたいです」
静かにそう断言すれば、石流は目を見開き、乙骨を見つめていた。それから目元を抑えて、ハーーーッと息を吐いた。
「……情けねぇ」
「は?」
「オマエから先にそれを言われちまうなんてよ」
それから石流は椅子から立ち上がると、乙骨との間にあったテーブルを回り込んで、乙骨の隣まで来る。そしてそこに跪くと、乙骨の手を取りその手の甲に口付けた。
「……憂太、俺と結婚してくれ」
「……っ…!!」
そして乙骨を真っ直ぐ見つめながら言ってきたことに、乙骨の中でぶわっと何かが湧き上がった。思わず、ぎゅっと石流に抱きついていた。
「…っ、ぼくも、したい、です…!」
「…ああ」
そんな乙骨の身体をぎゅっと抱き締め返しながら石流もそう言って、それがどうしようもなく嬉しくて。
ウソから出た誠というのか、エイプリルフールに、その日出回ったウソが切欠で、ふたりは結婚の約束をしたのだった。