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    ぱせり

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    ぱせり

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    8/20インテで発行予定本のサンプルです。

    #ドラマイ
    drabai

    記者会見で自慢したいくらい好きな人について「あの、すいません!」
    「あ?」
    「モデルとか興味ないですか!?」
     中学も卒業間近に迫ったある日。渋谷を歩いていると見知らぬ男に声を掛けられた。
    「ねぇけど」
    「そこをなんとか!話だけでも!」
     聞いた意味あったか?という押しの強さである。この見た目であまり人から友好的に話し掛けられることもねぇから、その勇気を称して足を止めてやった。
    「背も高いし足も長いし顔も小さいし、その上顔がいい!モデルやるために生まれてきたでしょ!?」
    「いや」
     足を止めなきゃよかったと思ったのはすぐだった。なんだコイツ、怪しいな。
    「興味なくてもちょっとやってみません!?」
    「いや」
     さっさと立ち去った方がいいと、断りを入れようとしたその時。
    「給料はずむんで!」
    「……いくら?」
     東卍が解散し割と時間があったことと、高校に進学しないことを決め働き口を探していたオレにとって、このセリフは魔が差しても仕方ねぇもんだった。
     この時のスカウトは、後のオレのマネージャーになる男である。

    「モデル?ケンチンが?」
    「おぅ、スカウトされた」
     マイキーに報告したところ、めちゃくちゃ爆笑された。
    「カメラの前でカッコつけポーズすんの!?」
    「うるせぇ」
     モデルをするオレを想像しては、はしゃいで笑い声をあげる。言わなきゃよかった。
    「ふふ……いいじゃん。ケンチンかっけーから似合う」
    「……そうかよ」
     ひとしきり笑った後に言われても説得力ねぇのに、すっかりその気になる程度にはオレはマイキーに心酔していた。
     張り切って初撮影を終えると、マネージャーやカメラマンからは絶賛してもらえたからなんとかなったんだろう。
     マイキーと元東卍のメンバーも、オレがモデルをすると言えば爆笑していたくせに、しっかり発売日には掲載雑誌を買ってくれていた。
     売り上げも好調だったようで、オレはコンスタントに雑誌のファッションモデルに呼ばれるようになった。マイキーはというと、実家の空手道場をたまに手伝っているらしい。
     二人して中学校を卒業してからも、暇を見つけては用事もねぇのに会っていた。マイキーの十六歳の誕生日に合わせて、二人でバイクの免許もとった。ケンチンの顔売れてるしとマイキーに言われたので、無免とノーヘルは卒業である。
     二人でどっかツーリング行こうなんて話していた矢先、オレにいつもと違う仕事が舞い込んだ。
    「ミュージックビデオ?」
    「そうそう。バンドの新曲でさ、ドラマ主題歌にもなるんだよ。共演者もいないしセリフもないから、どうかな」
     オレは仕事を選ぶ程偉い人間ではないので、基本的にスケジュールに無茶がねぇ限りオファーは受けていた。セリフを覚えなくていいならと思って引き受けたが、やはりいつもと勝手が違う。むしろセリフがない分表情の演技が必要だという。
     その曲は、別れた恋人を忘れられず二人で過ごした街を歩くという内容だった。演技をするには、その心情を理解しないといけない。なぜかオレの頭に浮かんだのは、恋人でもなんでもねぇマイキーだった。
     マイキーと離れることを想像して歩くオレの姿に、監督は予想以上だと興奮して手を叩く。オレは戸惑いしかねぇ。もっと驚くことに、そのミュージックビデオが街の大型ビジョンに流れるようになるとオレの存在まで話題になった。SNSで自分の名前が出回るというのは不思議な感覚だ。
    「なんか、知らねぇ人みてぇ」
     ポツリと呟いたマイキーは、いつも雑誌を見てカッコつけと笑う時とは様子が違っていた。
    「マイキー?」
    「今日道場の日だから、帰る!」
     わざわざ渋谷の大型ビジョンを見に来たマイキーは、そのままバイクに跨りとんぼ返りして行った。
     そうしてその日から、マイキーとの連絡が途絶えた。

     電話もメールも応答がなくて、家に押しかけようにもこんな時に限って仕事が入っていたりする。仕事が終わってからと思っても他の家族がいる家に夜中に訪ねるのも憚られ、結局マイキーのところに行けたのは二週間後だった。
    「マイキー!」
    「え〜?ケンチン〜?」
     部屋の扉ゴンゴン叩きながら名前を呼べば、のそのそと寝癖爆発したスウェット姿のマイキーが現れた。
    「オマエ、なんで連絡返さねぇの?」
    「……知らねぇ」
    「知らねぇわけねぇだろ」
     寝ぼけてるマイキーを押しのけ無理矢理部屋に押し入ってみるけど、肝心の携帯電話が見当たらねぇ。
    「オマエ携帯は?」
    「だから知らねぇって」
    「オマエのだろーが!」
     めんどくさいと駄々を捏ねるマイキーを囃し立てながら二人で部屋の中を探し回ると、ソファの隙間から充電の切れた携帯電話が発見された。
    「携帯電話は携帯しろよ」
    「ふんだっ」
     拗ねた様子でぷいと顔を背けるマイキーは、よく見たら目に隈が出来ている。
    「寝てねぇの?」
    「……夜更かししてゲームしてた」
     ゲーム下手くそなくせに、嘘も下手くそかよ。きっと飯も碌に食ってねぇんだろう。
    「とりあえず飯行くぞ」
     これまためんどくさいと駄々を捏ねるマイキーを無理矢理着替えさせ、髪を結んでやる頃にはむっつりしてるが諦めたらしい。腕を引くと素直にファミレスまで付いてきた。
     ドリンクバーのオレンジジュースを飲んで一息つく姿を見守って、逃げないなと確かめてから話を切り出す。
    「で、何やってたんだよ」
    「しんみりしてたの!」
     わけわかんねぇ答えに首を傾げると、マイキーがぽつりと呟いた。
    「大人になったら、みんな離れてっちゃうんだなぁって」
    「離れねぇよ」
     言われた言葉に、気付けば反射で反論していた。出会ってから今まで、思ったこともないことだ。
    「ケンチンだって、もう芸能人みてぇなもんじゃん。住む世界が違うっていうかさ」
    「オレが仕事辞めればいいの?」
     住む世界が違うって、どういう意味だよ。オレの世界の中心は、いつだってマイキーだ。仕事は金を稼ぐ手段なだけで、マイキーが嫌なら未練もねぇ。
    「それは違う。足引っ張りたいわけじゃねぇし」
     オレの言葉にしばしぽかんとした後、マイキーは慌てて首を振った。
    「一緒にいる時間が減るのが嫌ってこと?」
    「なんかそれも悔しいなぁ」
    「悔しいってなんだよ」
     真面目な話をしていたはずなのに、あまりのいい草に笑ってしまう。そしたらマイキーも笑い出し、いつの間にかいつも通りのオレたちに戻っていた。
    「なんかもやもや考えてたけど、バカらしいな!聞かなかったことにして」
    「そう言うなら連絡返せよ」
    「ほーい」
     話がひと段落ついたところで、注文していたマイキーのオムライスが運ばれてきた。それにいつも通り、忍ばせていた旗を立ててやる。
    「あっ、旗!」
     途端にマイキーの目がきらりと輝くのを見て、会えない間に硬くなっていたオレの心も綻んだ。オレはコイツのこんな顔を、間近で見れなくなるのが嫌なのだ。

     そんなことがあってからは、仕事で会う時間は減ったもののマイキーと連絡は取り合う日が続いた。
    『ケンチン聞いて!近所のまんじゅう屋で栗きんとん始まってた!』
    「秋だな」
    『ケンチンじじくさ』
     そんな近況報告の電話をしたりだとか、実際食べかけの栗きんとんの写メが送られてきたりだとか。
     昔みたいに、夜にバイクを流したりもした。ちゃんとメット被って法定速度守ってんのに笑えるけど。会話なんてしなくても、お互いどう走るかなんとなくわかるのが気持ちよかった。
     そうやって過ごしていると、秋にまた新しい仕事が決まった。また会える時間が減るかもしれねぇから、マイキーをいつものファミレスに呼び出し報告した。
    「ヤンキードラマ?」
    「おぅ」
     なんでも以前やったミュージックビデオを見てくれた監督が、ぜひとも出演して欲しいと声を掛けてくれたらしい。大きい仕事が決まり、マネージャーが大興奮で電話をかけてきた。
    「演技っていうかまんまじゃん」
    「まだ気が楽だわ」
     恐らく見た目がイカついから声を掛けてくれたんだと思うが、喧嘩シーンのアクションなんかも経験と勘でなんとかなりそうで安心している。
    「間違って相手殴んねぇようにしなきゃ」
     そんなことを言って笑っているマイキーも、ミュージックビデオを見た時とは違って楽しそうだ。それもまた、オレの安心材料になった。
     今度は脇役とは言えセリフもあるから、貰った脚本を必死に読み込み撮影に臨んだ。周りはオレより年上ばっかりだったが、オレの方がタッパもあれば筋肉もあるしでビビられてんだろうな。髪下ろしてるからタトゥーは隠してるけど、周りに人が寄ってこねぇ。
    『ねぇねぇ、ケンチン。ダチできた?』
    「いや、特に」
     空き時間にマイキーと電話しながら、そういや中学通ってる時は周りから遠巻きに見られてたなと思い出した。授業も出ずに、マイキーとずっと一緒にいたな。
    『ケンチン喋ったら優しいのに。もったいねーの』
    「オレが寂しがってるみてぇなノリやめろ」
    『んふふ』
     惰性での付き合いなんて面倒なことはしたくねぇし、仕事だからって忖度もしたくねぇ。自分が一緒にいるヤツは自分で選ぶ。そうやって自分で、今までマイキーの隣を選んできた。
    「会いてぇなぁ」
     仕事で疲れた時。ふと一人になった時。会いたいと思うヤツは、やっぱりマイキーだけなのだ。

     撮影が進むにつれ、他の俳優や周りのスタッフとも徐々に打ち解けるようになった。喋ると意外と礼儀正しいというのが、ここでのオレの評価らしい。オレの年が十六だと告げると、一様に驚かれるのにも慣れてきた。
     他の俳優との写真がドラマの公式SNSや俳優のSNSにアップされると、オレのこともそこそこ話題になったらしい。
    「龍宮寺くんも公式SNSアカウントを作りましょう」
     マネージャーがこんなことを言い出すのも、必然的な流れだった。
    「言うことねぇんだけど」
    「日常生活の話をすればいいんですよ。親近感持ってもらえるし。龍宮寺くん見た目怖いから」
    「スカウトしたのアンタだろ」
     マネージャーから見た目怖いって言われるってどうなんだ。言われるがままに宣材写真をアイコンにした、公式アカウントを作成した。プロフィールを書けと言われて、自分で言うのも抵抗があるなと思いながら『モデル兼俳優』と入力する。そんな大したもんじゃねぇと思うんだけど、それが今の仕事だからしょうがねぇ。ついでに『趣味バイク』と書いておいた。
     適当にバイクを流した時に撮った夜景だとかを投稿することにする。その話をすると、マイキーも気が向いた時に協力してくれるようになった。
    「ケンチン、これ写真撮っていいよ」
    「一口食ってんだろ」
     休みの日ツーリングで寄った道の駅で食ったソフトクリームの写真とか。
    「オレがケンチンの写真撮ったげる!モデルポーズして!」
    「どんなだよ」
    「ひゅーひゅーかっこいいー」
     下手くそすぎてブレたりマイキーの指が写り込んだオレの写真とか。
     そんなものを気ままに投稿したり共演者とコメントを飛ばし合ったりしていると、気付けばそれなりにフォロワーも増えていった。

    「ケンチンドラマいつから放送すんの?」
    「一月」
     クリスマスにはケーキが食いたいと言うマイキーと、仕事終わりにオレの部屋でコンビニのケーキをつついた。
    「ケンチン脇役ってことは負ける役?」
    「どうだろうな」
     ネタバレになるようなことを放送前に口にするわけにもいかねぇ。
    「うちで鑑賞会する?」
    「やめろ」
     ミュージックビデオの時も思ったけど、演技をしている自分を見られるのはなんとも気恥ずかしいのだ。だけどマイキーはオレの返事を聞きもせず、勝手にオレの部屋のカレンダーに赤丸をつけていた。

    「あの、龍宮寺さんですよね?」
    「はぁ」
     元旦は仕事がなかったから、マイキーと初詣に行った。そこで見知らぬ女性の二人組から声を掛けられた。
    「ファンなんです!いつも雑誌買ってて。ドラマも楽しみにしてます!」
    「どうも」
     モデルとして雑誌に載った時もファンレターを貰ったことはあるが、こうやって声を掛けられるのは初めてだった。神社で回りも混雑してたからすぐに離れたものの、実際知らない誰かに応援されているという実感が湧く出来事だった。
    「ケンチン、芸能人ぽい」
    「住む世界違うとか言うなよ」
    「もう言わねぇもん!」
     参拝の順番が回ってきて、マイキーが五円玉を投げ入れ手を合わせる。
    「ケンチンがビッグになりますよーに!」
     ぎゅっと目を瞑って願われた言葉に、オレの心臓もぎゅっと締め付けられる心地がした。
    「自分のこと願えよ」
    「オレはすでにビッグな男だからいーの」
     そうやって勝気に笑うマイキーに、オレは心の中でこっそりと『離れたくない』と願った。

     年が明け、ドラマの放送が始まった。自分で見るのも居た堪れなかったが、マイキーの部屋に呼び出され結局ソファーに並んで座り二人で鑑賞することになった。
    「いけー!そこだー!」
     マイキーは思う存分ドラマを楽しんでるようで、喧嘩シーンでは歓声をあげている。
    「やっぱりケンチンが一番強そう」
     嬉しそうなマイキーに、オレ脇役だからもうすぐ負けるぞとは言えなかった。
     回が進むごとにオレの知名度も上がり、SNSのフォロワーもどんどん増えていった。テレビというのはすごいらしい。
    『某ヤンキードラマに出てるモデル出身のヤツ、ガチのヤンキーだったよ』
     知名度が上がったことに伴い、そんな言葉と共にオレの東卍時代の写真がSNSに投稿された。みるみるうちに拡散されていくことに、思いの外マイキーがショックを受けていた。
    「ケンチン不良だったの、みんな嫌なんだ」
     率直に言えば、なんだそれと思う。オレのことをよく知りもしねぇヤツらがオレを嫌うことよりも、オレたちの宝だった東卍を過去の汚点だと思われることの方が、よっぽど腹が立った。
    『いや〜、ドラマも放送中なのに嫌な話題が広まっちゃって困りますね』
    「なんも困んねぇよ。オレが元不良とか見たまんまだろ」
     マネージャーからも電話が掛かってきて、オレは開き直ることにした。学校も碌に行かずに不良だったことも、知られてねぇけど親に捨てられてヘルスに住んでることも、オレにとっては隠すようなことじゃなくてオレの人生そのものだ。
    『拡散されていることは事実です。中学時代不良チームを作り、大事な仲間と過ごしていました。解散した後も大事なヤツらに、胸を張れねぇことは今までもしたことはありません』
     勝手にこんなことを言ってマネージャーは怒るかもしれねぇなという考えが頭をよぎったが、そのままSNSに書き込んだ。これで嫌われようが仕事がなくなろうが、これがオレなんだからしょうがねぇ。
     そんな思いで翌日マネージャーからの電話をとると、事態は思わぬ方向に進んでいた。
    『概ね好意的なコメントがきてます』
    「はぁ?」
    『男同士の絆というのに弱い人は多いですからね。酒やタバコが写ってるわけじゃないし、何より女性問題じゃないのがよかった!』
     オンナ関係より酒とタバコの方がダメだろと思うが、よくわかんねぇ世の中だなと納得することにした。いつだって世の中はままならないものなのだ。
     マイキーは何も言わなかったけどオレの部屋に貼られた東卍時代の写真を嬉しそうに眺めていたから、きっとこれでよかったんだと思う。
     結局ヤンキードラマでオレの役がボコボコに殴られて負けたからしょんぼりしてたけど。脇役でごめんな。

     こうしてドラマ放送も終わった春。新しい仕事の話が舞い込んだ。
    「映画?」
    「そう、ミステリーらしい」
     あいも変わらずファミレスで飯を食いながら、マイキーに報告する。
    「ケンチン、探偵?」
    「いや、オレ主役じゃねぇから」
     マイキーにとってミステリーと言えば探偵ものらしい。昔はよく場地と火サスの話してたよな。
    「犯人!?」
    「ネタバレしねぇ」
     見る前に犯人知りたくねぇだろ。でもマイキーは映画館で見ても寝るかもな。
    「死ぬ!?」
    「おい」
     おかしな三択を迫られたが、口をつぐんでやり過ごす。本題はそこじゃねぇ。
    「山でロケなんだよ」
    「……湖で逆さまに沈むやつ?」
    「死に方はいいから」
     映画はドラマ撮影より金を掛けているらしい。ドラマの時は都内での撮影ばかりだったが、今回は他県で泊まり込みだと言われた。
    「しばらく会えなくなんの?」
    「撮影ない日はこっち帰るつもりだけど」
     マイキーは拗ねてんだか寂しいんだか、むっつりした顔をしている。
    「オレも忙しいからいいよ。道場来てる子がさ、この前黒帯取ったんだよ」
    「すげぇな」
     マイキーはじいさんの空手道場を手伝っているが、生徒からはよく好かれている。総長やってた時のカリスマ性考えると当たり前だけど。
    「オレ、教えんのも天才だからな」
    「うーん」
    「ケンチン、なんで黙んの!?」
     マイキーは自分は感覚で出来るからなのか、言葉で教えるのは下手だ。『びゅってやってみて』とか擬音のオンパレードである。
    「まぁそんなことだから、お互い頑張ろうな!」
    「おぅ」
     仲間に胸を張れねぇことはしねぇと宣言している通り、オレだって手を抜くわけにはいかねぇ。マイキーに背中を押す言葉をもらい、気合いを入れてロケ地に向かった。

     しかしロケに入って数日。マイキーの様子がおかしい。
    『ケンチンのお土産なにかなー』
    「気が早ぇ」
     いつも通り電話で近況を話していたが、マイキーはオレがロケにきている場所を調べたらしい。美味しい食いモンを色々教えてくれる。
    「もらった弁当ばっか食ってるわ」
    『えー、もったいねぇ!オレはね、今日横浜で肉まん食べた』
     そこで感じた、ふとした違和感。
    「一人で?」
    『ウン』
     マイキーは一人でバイク流すのは好きだけど、そこで美味いモン食いたいとかはあんま聞かねぇから。電話終わって齧りかけの肉マンの写メが送られてきたから、思わず笑っちまったけど。いつもマイキーが食いモンの写真撮る時、なんでか齧りかけなんだよな。待ちきれねぇんだろうか。
     離れていても、オレにとってはまた明日も頑張ろうと思える時間。

     それからもマイキーからは、どこそこへ行ってきたと観光名所の写真や飯の写真がよく送られてきた。
    「オマエ色んなとこ行ってるけど、なにしてんの?」
    『ぶらり一人旅!』
     少し前から感じていた違和感。マイキーは、根無草みてぇにバイクで色んなところへ旅しているみてぇだった。このままどっか行っちまうんじゃねぇかと思うと居ても立っても居られなかった。
    「オレ、明日撮影ないから東京戻るから。オマエも帰ってこい」
    『んー、夕方には着くと思う!』
     こっちの不安も知らねぇで、呑気な返事である。
     
     翌日落ち着かず朝一で東京に戻ったものの、マイキーは電話にも出やしねぇ。運転中だったのか、ようやく電話が繋がったのは昼過ぎだった。いつものファミレスに呼び出し、久しぶりにマイキーに会えた。
    「ケンチンおかえりー」
    「こっちのセリフだ。どこ行ってたんだよ」
     心なしか、最後に会った時より日に焼けてる気がする。
    「京都」
    「は?」
     メニュー見ながら、はい土産なんて八ツ橋の包みを渡された。
    「オマエ、なんで最近そんな一人でどっか行くの」
    「ケンチンがいねぇから」
     離れることなんて考えたこともない。それでも別々の道を生きて、ずっと一緒にはいられねぇ。以前マイキーに尋ねた、オレが仕事を辞めればいいのかという言葉を思い出す。それでもオレは、モデルをやって、ドラマや映画に出させてもらって、一つの作品を作り上げるのにたくさんの人が関わっていることを知ったから。もう、簡単に投げ出してしまおうとは思えなくなっていた。
    「あ、悪い意味じゃねぇよ」
     何も言えねぇオレに、マイキーが言葉を紡ぐ。
    「ケンチンが最初にミュージックビデオ出た時さ。画面越しに見たケンチンが知らねぇヤツみたいに見えて、ケンチンがどっか遠くに行っちゃうような気がした。でもさ、前も言ったけど、ケンチンの邪魔には死んでもなりたくねぇし、ケンチンが前に進むって時に、立ち止まってオレんとこ戻ってきてもらうなんてぜってーヤダ」
     昔憧れた、マイキーの意思の強い目がオレを射抜いた。
    「そしたらさ、オレもケンチンと一緒に進むしかねぇじゃん」
     いつだって、今だって、オレはオマエの背中ばっか追ってる気がするけど。
    「会えないの寂しいなって思ったけど。色んなトコ行って、色んな景色見て。ケンチン今どんな空見てるかなとか、何食べてんのかなとか考えたら、寂しくなかった」
     なんでかわかんねぇけど、今、無性にマイキーを抱き締めたかった。
    「ケンチン、誕生日おめでとう」
    「へ」
     そういえば今日は、五月十日か。マイキーのことばかり考えて、他のヤツらからのメールも開いてなかった。オレもマイキーのこと怒れねぇな。
    「今日、会えてよかった。はい、プレゼント」
    「ありがとう」
     笑顔と共に手のひらに乗せられたものを、まじまじと見つめる。
    「……何これ」
    「京都で買った手裏剣」
     ゴム製らしいそれで、ぷすりと手を刺される。
    「刀のキーホルダーとどっちにするかめちゃくちゃ悩んだ」
    「どっちもダセェな」
     こんな使い道もねぇオモチャで、こんなに嬉しくなるオレがおかしいんだろうか。
    「誕生日、もう一個欲しいモンある」
    「なんだと!手裏剣じゃ不満か!」
     手裏剣持ったマイキーの手を、ぎゅっと握り締める。オレがいない時も、オレになにあげようって考えてくれた証。
     一緒にいれなくても離れないって、こういうことなんじゃねぇのかな。
    「マイキー」
    「なに」
     きょとんとするマイキーに、もう一度繰り返す。
    「マイキーが欲しい」
    「へ」
     今までなんで気が付かなかったんだってくらい、好きだって気持ちが溢れておかしくなりそうだった。
    「結婚して」
     そうして堪らず口にした言葉に、マイキーが驚いたように目を見開いた。
    「けっこん」
     マイキーが言われた言葉を確かめるように、オレの言葉を口にした。
    「念の為聞くけど、オレたち付き合ってねぇよな?」
    「……そうだな」
     昂っていた気持ちが、瞬時に平静を取り戻した。オレ付き合ってねぇのにプロポーズしたヤツになってる?
    「うーん、ダメー!」
    「……そうか」
     それでめちゃくちゃあっさりフラれてる?
    「オレたちまだ十八歳じゃねぇからな」
    「え」
     今度はオレがきょとんとする番だった。
    「オレの誕生日プレゼント、婚約指輪でいいよ!」
     そうして笑ったマイキーの顔は、世界で一番可愛かった。
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