灰原雄は術師としては✕✕✕「東京都立技能育成専門学校から来ました、灰原雄です!よろしくお願いします!!」
「隣に同じです。…七海建人と申します、よろしくお願い致します。」
見慣れないブレザー姿が、妙にしっくりくる灰原は、教壇の前に真っ直ぐに立ち声を張り上げた。
私も同じように無難に挨拶をすると、教室を見渡す。高専に入ってから忘れていたが、普通の教室というのは賑やかなもので、何十人もの視線を一新に感じる。
「という事で、2人は一週間交流生としてこのクラスに在籍する。皆よろしく頼むなー」
担当教師は軽く説明すると、騒ぐ生徒達を無視し授業を始めた。
淡白な性格の教師で良かったが、急な交流生という登場に、当たり前だが学生達は驚きを隠せず呆気に取られ、授業が終わると、一斉に私と灰原の前に集まり質問攻めに合う羽目になった。
交流生というのは当然だが嘘で、今回の任務はこの高校にまつわる噂話の呪いだ。
行方不明者はいないものの、遊び半分で近付いた女子生徒に数名負傷者が出ている。しかしその場所を聞こうにも、記憶が消されていて分からなかった。
その為灰原と私はこの高校に通い、第一に呪いの居所を突き止め、第二に可能ならその呪霊を祓うことが依頼内容である。
「なあ灰原、放課後一緒にゲーセン行こうぜ!ま、東京と違って小さいけど」
「行きたいけど。ごめん!レポートとか書かないといけないんだー」
数日の間、授業にも出席し、生徒のいない放課後から夜中まで2人で徹底的に探したが、未だ見つからず。
天性の明るさからか、灰原はクラスにすぐに馴染み、こうして休み時間には引っ切り無しに話しかけられている。
最初は情報収集に役立つと思い、放っておいたが、今は何故だかつい苛立ってしまう。
高専の制服を着ていない灰原を見ると、違和感なく、まるで初めからここの生徒のように錯覚してしまうからだ。
「そっか、でももうすぐ東京に帰るんだろ?ちょっとぐらい遊んでも良いじゃんかー」
「そうなんだけど、本当にごめん!」
「じゃあ明日は?」
「明日もなんだ」
「そっかぁ、あ!じゃあこれから校庭行こう!ほらバスケだバスケだ!」
「俺も行くー!」
「あ、俺も」
「仕方ないな、今日の僕のシュートは何本入るか、ちゃんと数えてよ?」
「はー?ふざけんなよ!灰原ー」
「あははっ」
「七海は?」
「私は遠慮しときます」
「そっか、じゃあ行ってくるね!」
数人の足音が笑い声と共に廊下に響き渡る。それを聞きながら窓からの情報に目を通す。
しかし目が追っているだけで、まったく頭に入ってこない。
校庭からまた先程と同じ、大きな笑い声が何度も耳に障り、集中出来なかった。
「よしっ」
「すげー!」
「また入ったよ」
「灰原ほんとに人間かぁ?」
「当たり前じゃん!」
灰原の声はうるさい程よく目立ち、嫌でも耳に入ってくるのだ。
私以外の学生達と楽しそうに過ごす灰原を見ると、だんだんと腹の奥から煮え立つような感情が迫り上がってくる。
私達は学生ではあるが、呪術師でもあるのだ。
与えられた時間は数日で、まだ何の情報も掴んでいない。焦っているのは私だけだろうか。
「はぁ…放課後、今度はどこを探せば良いのか」
灰原と高専ではない一般の高校で出会っていたら、こんなに親しい仲にはならなかっただろうと、くだらない考えも巡り、溜息ばかり出してしまう。
だからか、こんな事を言ってしまったのは、自分でも驚いている。
「は?放課後に?…なんで貴方が行かなければならないんですか?」
「いや、でも少しの時間だけだし。校庭の整備、園芸部だけじゃ足りないから、バスケ部の子達も手伝うって言ってて」
「灰原、貴方はここの生徒ではない」
「そんなの分かってる、でも」
「分かっていないから言っている!」
「…え?」
明るく単純で、人が良い彼の性格を出会ってから好ましく思っていたが、今はどうしてか腹が立って仕方ない。
「…放課後は私だけで探します。灰原は勝手に、お好きにどうぞ」
「ねぇ、なんで七海怒ってるの?」
「…。灰原、ここに遊びに来た訳ではない。貴方こそ、なんでそんな呑気なんです?」
「僕が、…遊んでるだけだって?」
失言だと分かっていながら、私の口は止まらなかった。
「そう見えるから言ってるんです!」
ガンッとわざと鞄を机に叩きつけ、私は椅子から勢いよく立ち上がり、灰原の顔を見ずに足早に教室を出た。
✳✳✳
「クラスの子からの情報も大事でしょ?古井戸の場所だって、園芸部の子しか知らなかったんだ、だから」
灰原は園芸部の女子学生から、校庭の奥にある雑木林に古井戸があるという話を聞いたらしい。もしかしたらその場所かもしれないとの連絡を受け、共に深夜の学校へと入った。
午後10時、誰もいなくなった校庭は懐中電灯のみが頼りで、灰原の顔は暗くよく見えない。
「そうですね、それはありがとうございました。貴方のお陰です、灰原」
「七海、なんか今日変だよ?」
「たった数日でこんなに馴染んで。まるでここの生徒のようで」
「…なにそれ」
ずっと聞こえていた足音が消える。後ろを歩いていた灰原の足が止まったのだ。
「失礼な事を言いますが、…はぁ。聞き流してくれてもかまいませんよ。貴方は…灰原は高専に入って良かったのですか?」
「七海?何言ってるの?」
「私は、妹さんの件も知っている。貴方が進んで入学した事も理解しています。…でも」
「でも?」
「灰原は、こちら側に」
「それ以上言わないで」
「灰原っ」
「僕は、前に言ったよね?そりゃあ先輩達には到底敵わないけど、自分に力があるって分かって嬉しかったって」
「……」
「七海はさ、僕に呪術師なんて出来ないって思ってる?」
「そんな事はないが」
「じゃあなんで…」
「は、」
「七海、後ろっ!」
「っ…」
『グ、ガ、ガアアアア』
「闇より出でて、闇より黒くその穢れを禊ぎ祓え」
赤黒い醜い呪霊が2体、古井戸から這うように出てくる。すぐに灰原が帳を降ろし、術式の構えに入る。
「灰原っ!」
私もすぐに鉈で呪霊の弱点を探る。動きが早いものが一体、鈍いのが一体。
等級にしては2級ぐらいだが、片方の呪霊の攻撃が思ったより素早く、何とか攻撃を防ぐ。
「………黒い焔より生まれし、」
「こいつがっ」
「常闇より、我の下にて、」
「くっ」
「這い出ろ…カグツチ」
右手を地面に当て、黒い炎が灰原の辺り一面に広がる。灰原の身体を媒介に、霊獣が降りてくるのを待つ。
灰原は降霊術師であるが、まだ霊獣を使役してから半年も経っておらず、呪力の不安定さからも召喚するのに時間が掛かってしまう。
時間が掛かる程呪霊の攻撃を受けやすく、命取りになる。
それまで自分が打撃を与え時間を稼ぎ、灰原の降霊術で攻撃するか、弱点を見付けた私が仕留めるかどちらかだ。
なので2人で任務に赴く件も多く、今回もそうだった。
「さあ、始めようか」
全身に青黒い炎を纏った灰原の攻撃が効いたのか、呪霊は甲高い悲鳴を上げて崩れ始めた。
✳✳✳
「はあー…疲れたぁ」
「今日も時間が掛かったな」
「うん、ごめんね。…僕ってまだまだだなー」
何とか互いにカバーし合いながら、呪霊達は消滅した。
気が付けば、夜が明け辺りは明るくなり、地面に転がっている灰原とようやく目が合う。
「灰原、さっきは」
「僕も怒ってごめん」
「いや、灰原は呪術師だ」
「七海もね」
「そうだな」
「帰ろう、僕達の学校に」
「一緒に、ですよ?」
「何言ってんの七海、当たり前じゃん!」
朝日を浴びて、彼の黒髪が反射し輝いている。
呪術師は基本、夜に行動する存在である。
しかし灰原雄という男は、その真逆である眩しい程の朝が、とても良く似合うのだ。