涙「どっちが化け物か、分からないじゃないかっ!」
少年の悲鳴にも取れる言葉は、大量の濁った液体を被ったまま動かない灰原に、無粋にも放たれた。
少年が背負っていたランドセルは、粉々になり原型はもはや、足元にあるその黒い革一枚だけだった。
自身の物を破壊された驚きよりも、呪霊となった動物が目の前で消された事実のほうが、この少年は余程傷ついたのだろうか。
「こんな、の…うっ、…僕の友達だった…のに」
「その友達が、貴方を襲いますか?」
酷く冷たい声だなと我ながら、思う。
だが、この少年の先程の言葉はどうしても許せなかった。幼さ故の思考がそうさせているのだろうか、そんなことは知ったことでは無い。
私の言葉が聞こえたのか分からないが、少年は灰原への恨み言を止めて、ただ泣き崩れていた。
そして数分後に駆け付けた補助監督に、その少年は保護され、連れられて行った。
私達はまだ他に呪霊がいないか確認したいと、補助監督に申し出、この場に残らせてもらった。
本当はこの場所にはもう呪霊の気配など無いことは分かりきっていたが、灰原も、特に何も言わなかった。
私はゆっくりと彼に近付き、タオルを手渡す。
「ありがとう、七海」
そう力無く笑う灰原に、私は無性に腹が立って仕方ない。
常に前向きな思考で笑う彼を好ましく思っていたが、この時ばかりは、彼を肯定できない。
「灰原」
「七海、怖い顔してどうしたの?僕は平気だよ?大丈夫」
「灰原」
「あはは、だから大丈夫だって!」
「灰原」
「…七海?」
「私の前では、笑顔を作らないで下さい」
「え?」
「化け物は、あの呪霊です。それを祓うのが、私達の仕事だ。貴方ではない」
「な、なみ」
「貴方が傷つくことはない」
「でも」
「灰原の真っ直ぐな所は良い所だと思っていますよ。ですが」
「ですが?」
「その、無理やりの笑顔は大嫌いです」
「大嫌いって、はは、酷いな」
「酷くて結構。私は、貴方に、泣いて欲しいんですから」
「え、と?」
「だからっ」
「ま、待って!何で七海が泣いてるんだよ?」
「うるさいっ!声がでかい!泣いてません!」
「ええ…泣いてるじゃん」
「うるさいんですよ!単細胞馬鹿!」
「ええー悪口…ふふ、七海は優しいなぁ」
「優しくなんかありません」
「そう?…でも僕、嬉しい」
「…灰原、」
「嬉しいっ、ななみ、ありが、と」
僕の為に泣いてくれて、と小さく呟いた灰原の大きな瞳から、ボロボロと涙が流れている。
両手で顔を擦りながら、子どものように泣きじゃくる彼の姿を、この時に初めて私は見たのだ。
その彼があまりにも人間らしく、
私は、灰原を愛おしいと思った。