ツンデレポメガの恋模様今日は二階堂永亮にとって厄日だった。
連日の部活とバイトで疲れていた自覚はあった。
案の定寝坊していつもは乗らない混んでる時間帯の電車に乗ったら痴漢に遭うわ(降りる時ガンっと音が響く程強く足は踏んづけてやった)、天気予報はハズれて土砂降りの中走ることになるわ、横を通る車に盛大に泥をかけられるわ‥とにかく散々だったのだ。
(あーもーやだ‥疲れた‥)
頭の中でそう考えた時、ボンっと大きな音とともに自分の視界が急に低くなったのを感じた。
『あー‥やっちまった』
覗き込んだ地面の水溜りには、プラチナシルバーの毛並みとマライバトルマリンの目を持つ、一匹のポメラニアンが映っていた。
『ポメ化するとかまじねーわ、クソ‥』
悪態をつくも、まわりには「クゥーン‥」と悲しそうな鳴き声が響くだけだった。
この世界にはポメ化する人間とポメ化しない人間が存在する。前者は200万人に1人と比較的数は少なく、疲れたり悲しいことや辛いことがあった場合など、強いストレスを感じた時にポメ化すると言われている。人間に戻るためにはまわりからチヤホヤされて可愛がられることが必要になる為、「マスター」と呼ばれるポメを可愛がり、ストレスを取り除くことに長けた人間がポメガの側に1人は存在してるのが一般的だ。自分の場合は叔父の茂幸だ。
『また叔父さんに迷惑かけちまう‥』
辻峰に入ってからは自分のストレスを溜め込まないようにコントロールをして、マズいタイミングでポメ化することは無かった。なので自分がポメガバース性なことを周りには言ってなかった為、叔父に頼るしかなかったのだ。
『確か鞄のこの辺に‥あった』
短い足をなんとか駆使して鞄の中から肉球が描かれたボタン装置を取り出した。これは国から支給される緊急連絡ボタンというもので、ポメ化してる時に押すと「マスター」の元にすぐ連絡がいくというポメガにとってのライフラインだ。
『ごめん、叔父さん‥』
ボタンを押そうとした時、そういえば今日は叔父さんの検査入院の日だったことを思い出した。そんな状況の叔父さんに迷惑をかけるわけにはいかなかった。
『‥1人でなんとかするか』
ボタンを鞄の中に押し込み、まわりに落ちてる服を口に咥えてズリズリと引っ張っているとこちらに近づく足音が聞こえた。
「え、犬?ポメラニアン?が、なんで二階堂の服やら鞄やらにまみれてんの?」
聞き覚えがあり過ぎるその声の持ち主は同じ弓道部の不破晃士郎だった。
『』
不破は更に近づいて来てポメ化した自分を覗き込んできた。
「もしかしてだけど‥お前、二階堂?」
『うるさい、どっか行け』(キャンキャン)
「あー‥この生意気な反応は二階堂で間違いないな」
そう言いながら不破はヒョイと俺を両手で持ち上げてきた。
『離せ、降ろせ』
「あーもー暴れないで。落ち着いて、な?」
滅多に聞かない不破の優しい声音に戦力を削がれ、大人しくなった俺を自分の制服が汚れることを気にすることもなく不破は抱き締めてきた。
「こんな状態じゃ学校どころでもないし、イヤかもしんねーけどとりあえずウチに連れて帰るから。大人しくしてろよ?」
頭を撫でる不破の手と温かな体温に包まれたことにとても不本意だが安心してしまったようで、不破の心音を子守唄にして俺は眠りについた。
「二階堂〜って、寝てるし‥さっきまで威嚇してキャンキャン吠えてたのに現金なやつめ」
そう言われながら鼻先をちょん、と突つかれた気がして
『クゥーン‥』
と夢の淵から遺憾の意を表明する。
「うーわ‥かわいいからなんでも許すわもう‥」
頭を撫でるあたたかな手を感じながら俺は優しい夢の中に本格的に旅立った。
目を覚ますと知らない部屋の中のクッションの上だった。知らない部屋だがこの部屋の匂いは知ってるものだったのでクンクンと鼻を鳴らしているとガチャ、と扉の開く音がしたのでそちらの方を見るとビニール袋を手から下げた不破が立っていた。
「お、二階堂起きたかいつ人間に戻るかわかんねーし一応必要なもん買って来た。」
そう言って犬用の品々を床に置いていく。そんな不破を見ながらどうしてこんな状況にも関わらず落ち着いてるのかと疑問に思う。
『どうしてお前そんな落ち着いてる、つーか慣れてんのポメガの扱い』
「おいおい二階堂、今はキャンキャンとしか聞こえねぇよ」
そうだった。今は言葉が何にも通じないのだ。これからどうしようかと思案に暮れていると、
「ポメ化しても俺の言ってることはわかるんだよな今から質問するからイエスかノーで答えてくれ。イエスの場合は1回吠える、ノーの場合は2回吠えて。わかった?」
「キャン」
「よーしいいコだ」
そう褒められワシャワシャとお腹を撫でられ満更でもない気分だ。仕方がない、これは犬の本能だ。
「じゃあまず、お前は二階堂永亮で間違いないな」
「キャン」
「お前に「マスター」はいるか」
「キャン」
「その「マスター」は茂幸さん」
「キャン」
「茂幸さんに連絡は取ったか確か緊急連絡ボタンってのがあるんだろ」
「キャンキャン‥」
「連絡を取れない事情があるのか」
「キャン‥」
叔父さんのことを考えてシュンと項垂れてしまった俺を不破は抱き上げ膝の上に乗せ顔を向かい合わせた。
「そっか。じゃあ俺が仮の「マスター」になってお前を甘やかして人間に戻すってことでいい」
「キャンキャンキャンキャン」
『ふざけんな、断固お断りだ』
「えーじゃあどーすんだよ~いつまでも二階堂がポメのままじゃ全国大会どころじゃねーじゃん」
確かにその通りだった。それを言われるとぐぅの音も出ない。
「‥‥‥‥キャン」
ものすごく不本意であることをポメラニアンなりに表情に出して肯定の意を伝えた。
「おもしれーポメってこんな嫌そうな顔出来んだな、写真撮っとけば良かった」
爆笑する不破にポメパンチを食らわせるもその暴力的な動作も不破の笑いを悪化させただけだった。
ポメ化したのが金曜日だったので土日の間学校がないのは幸いだった。家には不破からメールで連絡を入れてもらい(放任主義な家だから連絡はいいかと思ってたが思ったより不破が常識的だった為勝手に連絡された)、そして不破の家には知人から預かった犬として話は通してもらった。後はこの2日間で人間に戻るだけだ。
『やるしかねーけどアイツで本当に大丈夫か‥』
叔父さんはポメガの自分の為にマスターになる勉強もしてくれたし何より俺が懐いていた。マスターの勉強もしてないただの部活仲間にその役目が出来るのか甚だ疑問だった。
「なにをクゥンクゥンしてんだかわいいだけだぞー」
ワシャワシャと顔の周りを撫でた後、俺を持ち上げて自分のお腹に乗せた不破はそのままずっと俺を撫でている。‥悪くない。というか落ち着く。
「その顔は満更でもないって顔だな」
不破は嬉しそうに笑った。
「二階堂、お前マスターの勉強してた俺に感謝しろよな~」
『マスターの勉強してたって、なんでだ』
通じないのはわかってはいたが聞いてみた。
「えーと、多分なんでマスターの勉強してたんだ、って聞いてる」
「キャン」
「それはヒ・ミ・ツ♡‥って、わーかったわーかったから腹の上でドスドスすんな」
不破のキモい返答にキレて強めのポメパンチをお見舞いしてやると話す、話すから落ち着けと胸に抱え直された。
「すごく頑張ってる人がいてさ‥1人で色々抱え込んでて心配でずっと見てて。ある日もしかしてポメガバース持ってるんじゃねって思うことがあってからいつか助けになるんじゃないかって勉強してた」
相変わらず俺を撫でる不破の手は優しいし聴こえてくる心音は心地良い。なのにその話しを聞いて急に淋しい気持ちになって無意識にクゥーンと鼻を鳴らしてしまった俺に不破は「腹が減ったのか」などと見当違いなことを聞いてくる。ムカついた俺は「キャンキャン」とつよめに吠えてからベッドの布団の中に潜り込んだ。
『お前なんかマスター失格だ全然イヌのキモチわかってねーからもっと勉強しやがれ‥その、好きなヤツの為に‥』
あの話をしてる時の不破の顔はどうみても恋する男の顔だった。犬は人の機微に鋭いのだ、気が付かないわけがなかった。でもどうしてそれで自分が淋しいと感じたのかまではよくわからず、今はポメ化をして心が不安定になってるせいだと無理矢理結論づけた。
「なぁ~二階堂、はやく機嫌直して布団から出てきてくれよ〜もう俺はお前をモフモフしないと生きていけない身体にされちまったんだ」
不破の情けない声を布団越しに聞きながらそろそろ本当にお腹が減ったと思った時、俺のスマホが着信を告げた。
「二階堂、茂幸さんから着信。どうする俺出て説明する」
「キャンキャン」
「りょーかい。でも心配すんじゃね連絡つかないとさ」
「‥‥‥クゥーン」
「迷惑かけたくない、か。どーしてお前はポメになってまで1人で抱え込むかねぇ‥ポメラニアンなんて可愛くて存在してるだけでエラいんだからもっと人間をこき使えばいいのに。俺はお前の為ならなんでもするぜ」
『嘘つけ、いつもいい加減なことばっかり言うくせに』
「あ、今絶対俺の愛を疑ったなホントホント。俺はいつでもマジだから」
『うざいしきもい』
「うざいしきもいって今言っただろ」
不破にはキャンキャンとしか聞こえてないはずなのに不思議と会話が成り立っていた。
「二階堂のレスバはワンパターンだからな。でも俺、お前とあんな感じのしょうもない会話して過ごす時間も好きだったからさ、はやく人間に戻ってくれよな」
そう言って笑う不破に不覚にもトキめいてしまい慌てて顔を隠すも、嬉しい嬉しいとブンブン揺れる尻尾は隠しきれていなかった。
早いもので日曜日がきた。
明日からは学校も始まるので今日のうちに人間に戻らないとヤバい状況だ。
「うーん‥何がいけねーんだろ」
不破はマスター入門編なるテキストを隅々まで確認してはあらゆることを試してきた。でも依然として俺はポメのままだ。
「まだ戻らないってお前どんだけストレス溜めてたんだよ‥つーか、俺が未熟なだけか‥」
「キャンキャン」
不破が自分を責め出したのでそれは違う、と伝える為に2回吠えて否定する。なぜなら不破のマスターとしての能力は茂幸さんにも負けずとも劣らない程心地良く安心出来るのだ。
「おお‥二階堂が優しい‥もうポメのままウチの子になるか」
猫吸いならぬポメ吸いをしながらそんなふざけたことを言い出したので後ろ足でポメキックを不破の顔にお見舞いしていた時、来客を知らすチャイムが鳴った。
「多分俺だ。ちょっと行って来る」
部屋を出て行く不破に“離れないで、側にいて”と思ってしまう。自分が人間に戻れない理由はもう、なんとなくわかっていた。
***
「永亮、久しぶりだね」
不破に連れられて入ってきたのは今検査入院してるはずの叔父さんだった。
『叔父さんなんで病院は』
「ああ、検査だけだったからすぐに退院したよ。そのことを伝えようと電話したら出なかったから心配してたんだよ。そしたら不破くんから電話をもらって事情を聞いてね。今日はお邪魔させてもらったんだ」
「二階堂は絶対迷惑かけるって嫌がると思ったけど‥てか、やっぱりこの姿でも二階堂の言ってること全部わかるんですね。敵わねぇ‥」
「永亮は心配症だからいつもそう言われてるだけだよ」
ふふふと朗らかに笑う叔父さんと、どこか悔しそうな顔をしてる不破を交互に見る。
「それにしても永亮、随分と不破くんに甘やかしてもらったようだね。毛並みもフワフワでツヤツヤだし目もキラキラしててとても満たされてるようだ」
叔父さんは俺を抱き上げて撫でてくれた。やっぱり安心するし心地よい。でも何か物足りなさを感じていた。そんな様子の俺を観察して「なるほど‥」と何かに気がついたようだった。
「不破くん、ちょっと永亮のこと撫でててくれないかな」
「うっす」
叔父さんから不破に渡され、優しい手付きで撫でられる。するとさっき感じた物足りなさが一気に満たされたのである。クゥーン‥と無意識に鼻を擦りつけて甘えてしまう。
「やっぱり。わかったよ、永亮が人間に戻れない‥いや戻らない理由」
「まじっすかどうすれば二階堂は人間に戻りますか」
「それを私が教えるのは永亮に悪いかなね、もう永亮も自分でわかってるんだろう」
『わかってるから不破には言わないで』
「ふふ、わかったよ」
「俺はなんもわかんないんですけど‥結局俺は何をすればいいんですか」
ちょっと拗ねた顔をした不破が聞いた。
「不破くん本当にすまないんだが、もう少しだけ永亮のこと頼めないかな。必ず今日中には戻るはずだから」
「え、俺でいいんですか」
「不破くんじゃないとダメだと永亮が言ってるからね。私は御役御免になったようだ」
『なんで言うんだよ叔父さん』
爆弾発言を投下して叔父さんは帰って行った。
***
俺はあれから恥ずかしくてずっとベッドの布団の中に潜り込んでいた。その間もずっと布団の上から不破は撫でてくれている。
不破は優しい男だと思う。胡散臭い笑顔の食えない男、それが不破の第一印象であり今もそう思ってる部分はあるが、本質はとても優しいのだ。その優しさが隣にあることが当たり前で気が付いてなかった。そのポジションが自分のものでないということを。
(不破の好きなヤツ‥誰だよソイツ)
人間に戻らない理由、それは不破の隣を今だけでも独占したいというただのワガママだった。
「二階堂、寝ちゃった」
「キャンキャン‥」
「良かった。ちょっと聞いて欲しい話があるんだ。‥俺の好きな人の話」
(嫌だ、聞きたくない)
そう思うだけで声には出なかった。無言を肯定と受け取った不破は落ち着いた声音で話しだした。
「出会ったのは1年の春先、いきなり机の前に現れて「弓道部に入れ」って命令してきてさ。それだけでも十分面白いのに辻峰みたいな弱小弓道部で本気で全国目指してて、誰よりも弓に本気で、いつも1人で色々抱えてて‥最初は面白がってただけなのにいつの間にか心配で目が離せなくなってた。それが俺の好きな人」
俺は何を言われたのか一瞬わからなかった。ゆっくり不破の話を反芻してひとつひとつ噛み砕いて理解していくと、一気に頭が沸騰した。不破の好きなヤツって‥
「二階堂、俺はお前が好きだよ」
不破の突然の告白にあまりにもびっくりして布団から顔を出した俺をみて「やっと出てきたなこの引きこもり」と言って頭を撫でられる。
「お前が「俺じゃないとダメ」って言ってた理由知りたいからさ、いい加減人間に戻って教えてよ二階堂」
抱き上げられ不破の胸にすっぽり収まった俺は悩んでいた。戻る方法は確かに知っている。ただめちゃくちゃ恥ずかしいのだ‥その方法というのが「好きな人とのキス」というどこのお伽噺だよというものだからだ。
本来ポメガが人間に戻るには周りからチヤホヤされ可愛がられることでストレスを発散する方法をとるが、相手が好きな人だった場合はキス1つで人間に戻れてしまうのだ。逆に言うと、キスをしないと人間に戻れない。
二階堂は自分の気持ちを自覚した時から日曜の夜、不破が寝てる隙にキスをして人間に戻る作戦を立てていた。
「二階堂どうした」
ずっとだんまりな俺を心配して顔を覗き込む不破と目が合う。知ってはいたが本当に整った顔をしている。切れ長の目に美しいカーブを描く鼻梁、その下にバランス良く配置された形の良い唇‥この唇から自分への愛の告白がされたのだと思うと自然にそこに吸い込まれて、気が付いた時には俺は不破にキスをしていた。
ボンッと大きな音がして俺は無事人間に戻ることが出来た。‥のだが、
「二階堂‥これはラッキースケベってことで良い」
全裸で不破の上に乗っかる形で人間に戻ってしまったせいで、絵面が非常にヤバいことになっていた。俺はすぐ不破の上から退いて布団に包まった。
「なんでもいいから、服くれ‥」
「はいよ」
渡された服を着て、不破が入れてくれたココアを飲み甘さと温かさにほっと息をつく。
「さっき戻ったのって、二階堂が俺にキスしたから」
こちらの様子を伺っていた不破がタイミングを見計らって聞いてきた。
「そーだよ‥」
「待って、俺もその方法は知ってる。本で読んだし‥でもそれって、」
「ああ。好きな相手限定の方法」
「好きな相手‥好きな相手」
「〜〜〜〜そうだよお前だよ」
「まじでまじで言ってるじゃあ俺達晴れて両思いじゃん」
嬉しそうな顔でガッツポーズを決める不破をみて陽キャうるせぇと悪態をつきながらも悪い気分ではなかった。というか自分も柄になく浮かれていたのかもしれない、普段なら絶対口にしないことを言い出してしまうくらいには。
「おい不破、お前俺がポメガってた時、俺の為ならなんでもするって言ってたよな」
「言った。で、俺にどーして欲しいの」
「お前の隣はずっと俺だし、俺のマスターはずっとお前。いいな」
「なにそれ役得だしご褒美じゃね」
全然可愛げのない、なんなら命令口調な物言いにこう返す不破がちょっと心配になる。これではどっちが犬かわからない。
「二階堂が俺を頼ってくれたのが嬉しいんだって。お前なんでも1人で抱え込むからさ」
頭をポンポンしながらこんな事を言ってくる。不破晃士郎、お前そういうとこだぞ。
「で、俺からも二階堂にお願いあんだけど」
「なんだよ」
「キスしていい」
「」
「ポメ二階堂からのキスもすげー嬉しかったんだけど。やっぱり俺からもしてぇなって」
不破の真剣な顔に俺が弱いことを知ってか知らずかこういう時だけ絵に描いたようなイケメンになるのが本当にムカつく。けど好き悔しい。
「‥するならさっさとしろ」
「ん、サンキュ」
ゆっくりベッドに押し倒され、ちゅ、ちゅ、と音をたてて啄むだけのキスをする。
「ね、二階堂‥口開けて」
「ん‥」
唇を薄く開いた瞬間、不破の舌が入り込んできて深く深く溶けるような感覚に陥る。
「顔真っ赤になっちゃって‥かーわいい」
「お前の‥キスが長い、からだろ‥」
涙目で息も絶え絶えにそう言うと、不破は俺の顔を見て「ヤバい‥」「まじでかわいい‥」「無理‥」などとブツブツ言い出したと思ったら、俺の上から退くと部屋を出て行った。どこかに行ったのかと思ったらドアを背中につけて座っているようだった。
「お前、急になんだよ」
「あー、今頭を冷やしてる。あのままじゃちょっとマズいことになりそうだったし‥大事にしたいんだよ二階堂のこと」
「‥不破」
「あともーすぐ全国大会だぜ優勝して見返すんだろ練習に本腰入れよーぜ」
「‥そうだな、絶対優勝するぞ」
「(あと茂幸さんの目の黒い内は怖いからな)」
最後に何か言っていたようだが、小声で内容までは聞こえなかった。
ー辻峰高校弓道部 射場ー
「ねーねー、なんか二階堂と不破って前からあんなだっけ」
「あんな、とは」
大田黒が日課の筋トレで汗を流しながら樋口に聞き返す。
「今までは不破の方が二階堂にベッタリしてる感じだったんだけどー、今は二階堂も不破にくっついてて相思相愛って感じー」
樋口の言葉を聞いて荒垣と大田黒は的前に立つ2人を見る。言われてみれば確かに距離がバグってる気もするが、いつものように不破が二階堂をからかって怒らせる、という様式美が繰り広げられていた。
「まぁ、いいんじゃないですか、険悪よりは」
「おけ。」
「そーだねー。あっ、そーいえばこの間めちゃめちゃかわいいポメラニアンこの近くでみたんだー。色はー‥ちょうど二階堂の髪みたいな色でーすっごくふわふわだったー」
「案外それ二階堂だったりして」
「えー二階堂はあんなにかわいくなーい」
「冗談っすよ」
「笑えない。」
そんな話をマイペース3人組でしてた2日後、不破と珍しく口論した二階堂が突然ポメ化したのを目撃してしまい、3人は色々と察した。
この日から辻峰高校弓道部部室兼用具室には犬グッズが常備されることとなった。
おわり