自分で望んだ結果だというのに、悟空の心のからっぽ感は想像以上だった。
あの日、幼い姿のまま神龍の背中に乗って、大地と空に融けた。
そこからは眠ることが多くて、時折目を覚ましては、自分が大切だと思った人を見守るようなことを繰り返していたが、何度目かの目覚めでその最も大切だと思っていた人物がどこにもいないことに気が付いた。
人の目には映らない姿で彼女を捜して、気を探るものの感じることができない時点で予感はしたが認めたくはなかった。
彼女は天寿をすでに全うしていた。
予感はしていたし、普通の地球人である彼女がいつまでも生きていられるわけがないと分かっていたつもりだった。それでも理解した瞬間の喪失感と哀しみは途方もなく、彼の声なき方向は晴れているにも関わらず雷の轟音となり大地を撃った。
「おじいちゃん、かな…?」
轟きの音に、我が子を抱くパンが蒼い空を見上げる。
いつだったか、優しい祖母が亡くなったあと、父に叔父が話していたことを思い出す。
『どんな形かは分かんないけど、お母さんがもうこの世にいないことを父さんが知ったら、なんか荒れそうな気がするんだよね。地球を割るとかはしないだろうけどさ、カミナリくらいは落としてそう』
叔父のその言葉をよく覚えているのは自分がおじいちゃんっ子だったからとパンは自覚している。
そしてその後、叔父からかけられた言葉もとても印象的だった。
『もし、父さんがさ、そんな感じで荒れてたらさ、パンちゃんちょっと頼むよ』
もしかしたらボクや兄ちゃんもいないころからもしれないからね。
そう話す叔父は、贔屓目を覗いても、祖父によく似ていた。
パンは我が子を夫に預けると、久しぶりに舞空術を使ってパオズ山へと飛んだ。
空は晴れているのにも関わらず相変わらず轟音が鳴り続けていて、それが慟哭のようである。
パンはかつての孫家があった大地に立ち、父、悟飯から託されていた包みをそっと開いた。
「おじいちゃん、おばあちゃんがおじいちゃんのために遺していたものだよ。おばあちゃんは、亡くなる前に、ちゃんとおじいちゃんのことを考えてこれを遺していたのよ」
開いた包みの中には白髪の混ざった遺髪が在った。
言うまでもなく、孫悟空の妻、チチのそれである。
「きゃっ!?」
遺髪をまとめていた紙帯をほどくと、強い風が吹いてチチの遺髪は空へと攫われていった。
それを見送り、パンは思わず苦笑する。
「おじいちゃん、せっかちすぎ。全くもう、おばあちゃん大好きすぎるんだから」
腰に手をあてて肩をすくめて。ちょっと呆れたような様子を見せるパンだったが、その表情は嬉しそうで、晴れやかで。
不可思議な空の轟音はぴたりとやみ、澄み切ったどこまでも高い空を再び飛んで、パンは己の家族の元へと戻っていった。